金剛輪寺
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| 金剛輪寺 | |
|---|---|
本堂(大悲閣、国宝) |
|
| 所在地 | 滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺874 |
| 位置 | 北緯35度9分40.5秒 東経136度16分59秒 |
| 山号 | 松峯山 |
| 宗旨 | 天台宗 |
| 本尊 | 聖観世音菩薩(秘仏) |
| 創建年 | (伝)天平13年(741年) |
| 開基 | (伝)行基、聖武天皇(勅願) |
| 中興 | (伝)円仁 |
| 文化財 | 本堂(国宝) 三重塔、二天門、阿弥陀如来坐像、慈恵大師坐像ほか(重要文化財) 、明寿院庭園(名勝) |
| 公式HP | 湖東三山まん中のお寺 - 天台宗 金剛輪寺 |
金剛輪寺(こんごうりんじ)は、滋賀県愛知郡(えちぐん)愛荘町にある天台宗の寺院。山号は松峯山(しょうほうざん)。地名から松尾寺ともいう。本尊は聖観音、開基(創立者)は行基とされる。西明寺、百済寺(ひゃくさいじ)とともに湖東三山の1つに数えられる。
目次 |
[編集] 歴史
琵琶湖の東、鈴鹿山脈の西山腹に位置する金剛輪寺は、奈良時代の僧・行基の開創と伝える。行基は河内国家原(現・大阪府堺市)の出身で、出身地の河内を中心に多くの寺を建て、架橋、治水灌漑などの社会事業にも尽くし、民衆の絶大な支持を得ていたとされる。行基の開創を伝える寺院は現在の大阪府や奈良県を中心に各地に多いが、当寺もその1つである。行基がこの地に一寺を建立したのは、文献によって天平9年(737年)とも言い、あるいは天平13年(741年)とも伝える。
その後、平安時代前期の嘉承年間(848-851年)には天台宗の高僧・慈覚大師円仁によって再興されたと伝え、寺では円仁を中興の祖としている。行基の創建伝承についてはどこまで史実を伝えるものか定かでないが、当初は観音を祀る小堂であったものが、平安時代に入って近江国の多くの寺院と同様、比叡山延暦寺の勢力下に入り、天台寺院として発展したものと思われる。また、金剛輪寺の所在地は、昭和の市町村合併以前は秦川村といったことから、渡来系氏族の秦氏とも何らかの関係があるとみられている。
平安時代から中世にかけての金剛輪寺の歴史は必ずしも明らかでないが、寺内には平安時代後期から鎌倉時代の仏像が多く残り、現存する本堂は、弘安11年(1288年)、近江守護佐々木頼綱の寄進を得て建てられたもので、この頃の金剛輪寺はかなりの規模をもっていたと思われる。天正元年(1573年)、織田信長の兵火で湖東三山の1つである百済寺は全焼し、金剛輪寺も被害を受けるが、現存の本堂、三重塔は寺僧の尽力で焼失をまぬがれたという。当寺の本堂をはじめとする中心堂宇は総門や本坊のある地点から数百メートルの石段を上ったはるか奥にあるため、見落とされ、焼き討ちをまぬがれたのではないかという説もある。
[編集] 境内
西面する総門を入るとすぐ左に塔頭(たっちゅう、子院)の常照庵があり、石段を少し上ると左に本坊の明寿院がある。そこから石段を数百メートル上った地点に二天門、本堂、三重塔がある。かつてはこの石段に沿って多くの僧坊が建ち並んでいた。
- 本堂(国宝)
- 入母屋造、檜皮葺(ひわだぶき)の和様仏堂で、中世天台仏堂の代表作として国宝に指定されている。須弥壇の金具に弘安11年(1288年)の銘があり、堂自体もそのころの建築と思われる。本尊を安置する厨子も本堂の「附」(つけたり)として国宝に指定されている。本尊の聖観音立像は、滋賀県内の多くの天台寺院の本尊と同様、秘仏である。この像は一見、未完成像かと思われるほど、体部の彫りが荒々しく、行基の作であるかどうかは別としても、専門仏師でない行者の制作である可能性もあるという。
- 二天門(重文)
- 様式上、室町時代末期の建築。元来は楼門(2階建て門)だったが、近世に2階部分が取り払われている。
- 三重塔(重文)
- 本堂の左(北)の一段高い場所に建つ。寺伝では鎌倉時代の寛元4年(1246年)の建立というが、様式的には南北朝時代~室町時代の建築とみられる。織田信長の焼き討ちはまぬがれたものの、近世以降は荒廃し、塔の初層と二重目がかろうじて残るだけで、三重目はなくなっていた。現状の塔は欠失部分を補って1975年から1978年にかけて復元されたものである。
- 明寿院
- 金剛輪寺の本坊。桃山時代から江戸時代にかけて整備された池泉回遊式庭園がある。1977年の火災で書院、玄関、庫裏(くり)が焼失し、現在の建物はその後に再建されたものである。他に上記の火災をまぬがれた護摩堂(正徳元年・1711年建)と茶室水雲閣(安政年間・1854-1860年)がある。
[編集] 文化財
[編集] 国宝
- 本堂
[編集] 重要文化財
- 二天門
- 三重塔
- 木造阿弥陀如来坐像-貞応元年(1222年)作
- 木造阿弥陀如来坐像
- 木造十一面観音立像
- 木造不動明王立像・毘沙門天立像
- 木造四天王立像
- 木造慈恵大師坐像-弘安元年(1286年)作。東京国立博物館に寄託。
- 木造慈恵大師坐像-正応元年(1288年)作
- 木造阿弥陀如来坐像(常照庵所有)
- 木造不動明王二童子像(常照庵所有)
- 木造大黒天半跏像(明寿院所有)
- 銅磬
- 金銅蓮華唐草文透彫華鬘(けまん)3面
[編集] 名勝
- 明壽院庭園
[編集] 所在地
滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺874番地
[編集] 交通アクセス
- タクシー:JR稲枝駅から15分、JR彦根駅から25分
- 車:名神高速八日市インターチェンジより国道307号線経由15分、彦根インターチェンジより20分
- バス:JR稲枝駅・近江鉄道豊郷駅より彦根観光バス蚊野線利用(ただし平日のみ)[1]
[編集] 周辺施設
- 愛荘町立歴史文化博物館 - 寺に隣接
[編集] 参考文献
- 井上靖、塚本善隆監修、岡部伊都子、濱中光哲、濱中光永、北角良澄ほか著『古寺巡礼近江6 湖東三山』、淡交社、1980
- 『週刊朝日百科 日本の国宝』80号(西明寺、金剛輪寺ほか)、朝日新聞社、1998
- 『日本歴史地名大系 滋賀県の地名』、平凡社
- 『角川日本地名大辞典 滋賀県』、角川書店
- 『国史大辞典』、吉川弘文館

