那須温泉郷

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那須温泉郷(なすおんせんきょう)は、栃木県那須郡(旧国下野国)にある那須岳(活火山)の周辺に点在する温泉の総称(温泉郷)で、俳人松尾芭蕉殺生石を訪れた頃から塩原温泉郷と並んで那須地域の顔となっている温泉地である。 現在は温泉街の手前付近に皇室が静養に訪れる那須御用邸があることで有名。 湯本温泉以外は小さな温泉で、広々とした那須岳斜面のあちこちに点在している。

目次

[編集] 交通アクセス

郷内の温泉地により異なるが、何れも東北本線黒磯駅からバスの便がある。 黒磯駅発より本数は限られるが、東北新幹線那須塩原駅からも出ている。 那須温泉旅館協同組合加盟旅館に宿泊した場合は、JR那須塩原駅より無料の送迎バス「りんどう号」を利用することもできる。 [1]

黒磯駅・那須塩原駅等、那須地域自体へのアクセスは那須の項を参照のこと。

[編集] 郷内の温泉

[編集] 湯本温泉

九尾の狐伝説で有名な殺生石近くにある温泉街。 那須温泉郷で最も古く、温泉神社を中心に温泉街を形成している。

「湯本温泉」は他にも多数存在する。湯本温泉を参照のこと。

泉質
  • 硫化水素泉等。
温泉街

那須温泉郷のシンボル的共同浴場『鹿の湯』がある。

歴史

開湯伝説によれば、鹿が温泉で傷を癒しているところを発見したとされ、共同浴場の名前にその由来が残る。

江戸時代黒羽藩が管理し、また松尾芭蕉奥の細道の途中で那須湯本温泉に宿泊している。

1858年に温泉街を流れる湯川左岸が氾濫して温泉街が壊滅し、現在の右岸高台側に移転した。

[編集] 大丸温泉

那須ロープウェイ山麓駅の少し下に、数件の宿がある。 小川をせき止めた露天風呂『川の湯』が有名。明治時代の軍人乃木希典夫妻が良く訪れた宿がある。 那須御用邸に注ぐ湯の元湯はこの付近に湧いているとされる。

[編集] 弁天温泉

大丸温泉と湯本温泉の間にある1軒宿。湯量も豊富。

[編集] 北温泉

泉質
  • 単純泉
  • 弱食塩泉
  • 鉄泉

湯量も豊富で、プールのように大きな露天風呂がある。

温泉地

余笹川の谷合深くひっそりと建っている一軒宿である。建物傍まで車では行くことができず、バス停から徒歩30分、県営の無料駐車場からも5分程深い谷と絶景を見ながら歩くことになる。木造3階建ての建物は江戸時代、明治時代、昭和の建物が渾然と一体となってとてもレトロな雰囲気を醸し出している。

歴史

江戸時代から続く湯治場である。

[編集] 高雄温泉

かつては廃業した旅館跡地に野湯が存在した。 現在は別経営者によるホテルが営業しており無料で入れる野湯は消滅してしまったが、代わりに内湯等が整備され日帰り入浴ができるようになっている。

[編集] 三斗小屋温泉

ロープウェー山頂駅から茶臼山を越えた向こう側にあり、歩きでしかたどり着けない。 旅館2軒。詳細は三斗小屋温泉を参照のこと。

[編集] 板室温泉

他の温泉と少し離れた那珂川沿いにある温泉、那須塩原市にある。昭和46年3月23日国民保養温泉地に指定されている。

[編集] 周辺

那須岳の斜面はツツジの名所。特に湯本温泉から大丸温泉の間(弁天温泉周辺)は、初夏には一面真っ赤に染まるほどに咲き誇る。ツツジの群落の中に遊歩道があり、歩きながらゆっくり花を堪能できる。北温泉のから30分ほど旭岳側へ登った登山道沿いには白い花の咲くヤシオツツジの群落がある。ツツジと言えば普通樹高2~3mの灌木だが、ここのヤシオツツジは幹の直径10cm以上樹高5m以上の大木が多い。「これはツツジだよ」と教えられても一瞬信じられない大きさである。

[編集] 歴史

温泉郷で最も古い歴史を有するのは那須湯本温泉で、630年には既に温泉神社が創建されとされ、738年正倉院文書にも『那須湯』という記述で登場している。江戸時代は『那須七湯』と呼ばれた。温泉郷と呼ばれるようになったのは、戦前の鉄道省が出版した『温泉案内』にて那須温泉郷と紹介されてからである。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク