V型6気筒

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V型6気筒(ブイがたろっきとう)はピストン式内燃機関レシプロエンジン)の形式の1つで、クランクシャフトを中心にV字型に6本のシリンダーを配置した形式をいう。直列4気筒に次いで広く自動車用エンジンに用いられている。

6気筒以上のシリンダーを持つ「多気筒エンジン」の場合、直列または並列にシリンダーを並べると、どうしてもエンジン単体の全長が長くなり、車体への搭載方法や重量配分などに制約を受けてしまう場合が多かった。その為、幅は広くなってしまうものの、V型化して全長を約半分につめ、車体へ搭載する際の自由度を増したのがこの形式である。

現在では中~大型の高級乗用車スポーツカーなどに、縦置き・横置き(前輪駆動などの場合)を問わずに広く採用されている。また、トヨタクラウン日産スカイラインなどのように、直列6気筒を採用し続けてきた車種がモデルチェンジを機にV型に切り替える例などが出てきている。これはV型6気筒だと直列では難しい横置きにも対応でき、エンジンの種類を減らすことが出来るためである。市販車に搭載された最小のV型6気筒エンジンは、三菱・ランサーの1600cc(6A10)であるが、2008年現在新車で購入可能なものでは、2500ccのもの(ティアナなど)である。

目次

[編集] 歴史

自動車用エンジンとして採用されたのは他の形式のエンジンと比較して比較的新しく、1950年ランチア・アウレリアが最初であるとされる。バンク角は60°であった。

V型6気筒エンジンの採用が広まったのはオイルショック後のアメリカ車のダウンサイジングにともなってであった。それらはV型8気筒(以下V8)エンジンを元に設計されており、バンク角は90°であった。燃焼間隔もV8のそれをひきずっており不等間隔であった。

プジョールノーボルボ共同開発PRVエンジンもV8を設計変更したもの(V8はお蔵入りとなった)で90°バンクのV6で、燃焼間隔は不等であったが、途中で位相クランクピンに改良され、等間隔に改められた。

[編集] V6エンジンのバンク角

4ストロークエンジンでは2回転、720°で1サイクルとなるために720°を6等分した120°バンクがもっとも振動バランスがよい。向かい合うシリンダーでクランクピンを共有してエンジン全長を短くすることも可能である。しかし実際には120°バンクを採用するとエンジンの幅が広くなりすぎるため、その半分である60°バンク角を採用してクランクピンを60°オフセットさせることで120°バンクと同等の効果を持たせている。一方、90°は車載時の全高が低く抑えられることや、V8エンジンとの生産設備共用化のメリットがあるために用いられることが多い。また、それ以外のバンク角も用いられることがあり、60°より狭いバンク角はエンジンのコンパクト化のために用いられる。なお、一見半端にみえるバンク角でもクランクピンをオフセットさせることで等間隔爆発にすることが可能である。

[編集] モータースポーツでのV6エンジン

前述のように自動車用エンジンとしてV6が登場したのは1950年であり、モータースポーツでは以降からV6が見られるようになった。ランチアと同じイタリアのフェラーリがF1用エンジンとしてV6を採用した。当初フォーミュラ2用に排気量1.5リッターの156(15は排気量1.5リッターを意味し、6は気筒数が6を意味する)として開発され、排気量を2.4リッターまで拡大し246としてフォーミュラ1に用いられた。バンク角は65°であった。60°としなかったのはキャブレター等の吸気系統をバンク内に収めるためであった。1961年からレギュレーション変更によりF1用エンジンの排気量は1.5リッターとなりフェラーリは新規にエンジンを開発したが、これもV6エンジンであった。バンク角は120°となり、これにより左右の気筒でクランクピンを共有化した上で等間隔燃焼をすることが出来た。またバンク角を大きくすることにより低重心化にも貢献した。

[編集] F1-1.5リッターターボ時代のV6エンジン

自然吸気エンジンの排気量が3リッター、過給器付きエンジンが1.5リッターのレギュレーション下で初めてターボチャージャーで過給したエンジンをF1グランプリに登場させたのは1977年ルノーでバンク角が90°のV型6気筒エンジンであった。1979年に初めて優勝し、F1でのターボ過給の有効性を示した。以後、各チームがターボエンジンを開発し、V6以外にも直列4気筒、V型8気筒のターボエンジンが現れた。しかし、V6エンジン以外は淘汰され、1989年にターボエンジンが禁止されるまでに、燃料搭載量規制、過給圧規制とターボに対して規制が強化された中、生き残ったのはV型6気筒エンジンであった。

[編集] 関連項目