ビール純粋令
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ビール純粋令(ビールじゅんすいれい)とは、1516年にバイエルン公のヴィルヘルム4世がビール醸造業者に布告した法。「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という内容の一文で知られる。
[編集] 概要
1516年にバイエルン公国にてヴィルヘルム4世が制定したビール純粋令では「ビールは大麦、ホップ、水以外の原料を使用してはならない」と原料を定め、1マース(約1リットル)あたりの価格制限を定めている。またそれらを故意に破った醸造業者に対しては、生産したビール樽全てを押収すると罰則も定めている。
制定には大きくわけて二つの理由があり、ビールの品質の向上と、小麦の使用制限を目的としていた。
16世紀当時のビールは、麦芽、水、ホップの主要な原料の他、香草、香辛料、果実が用いられていた。時には毒草さえ混じる粗悪なものや、そもそもビールとすら呼べないものさえ横行していた。 バイエルンでは国内のビール需要に対し質の良い北ドイツのビールを輸入していたが、当然のように割高になるため、自国内で安価で質の良いビールを生産、供給し、またそれにより税収を得ようとした。
小麦は、主要な食糧のパンの原料であったため、ビールへの使用を禁止することで食料を確保する狙いがあった。しかし宮廷醸造所や一部修道院での小麦の原料への使用を認めたので、貴族や富裕層が小麦のビールを独占することとなり、その利益は莫大となった。このことがヴァイツェンビールが「貴族のビール」と呼ばれる一因となっている。
1556年には、製法の研究から原料として新たに酵母の使用が許されている。
1871年にプロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝に就きドイツを統一した際に、バイエルンは統一の前提条件として、ドイツ全土へのビール純粋令の適用を求めた。これには他の地方の醸造業者が強く反発したものの、1906年にはドイツ全土でビール純粋令が適用された。ピルスナータイプのビールが流行と相まって、スパイス等を使用したビールのほとんどがドイツから姿を消すことになった。
第一次世界大戦敗戦後のワイマール共和国やナチス・ドイツにおいてもビール純粋令は継承されていたが、EC発足に際して非関税障壁として問題となり、1987年に非合法化され効力を失っている。
現在でもドイツ国内の醸造所の多くは、この法律の内容によりドイツビールの品質が支えられ、市場競争力を得ているものと考えており、これを指針としてビール作りを続けている。
[編集] 酵母に関する制限
ビール純粋令では、大麦麦芽のみを使う場合には下面発酵酵母を、小麦やライ麦の麦芽を使う場合には上面発酵酵母で醸造しなければならないと決められている[1]。
[編集] 脚注
- ^ 高橋康典 『マイスターのドイツビール案内』 幻冬舎ルネッサンス、2007-08-28、初版、19ページ。ISBN 978-4-7790-0219-9。

