長岡市
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長岡市(ながおかし)は、新潟県の中部(中越地方)に位置する市である。新潟県下第2位の人口を擁する、国から特例市に指定されている。
目次 |
[編集] 概要
長岡地方中核都市圏を形成する、中越地方および長岡都市圏の中心都市である。都市圏人口としては栃木県の小山地方中核都市圏に次いで全国39位に位置する。
旧長岡市は、江戸時代には長岡藩の城下町として栄えた。戊辰戦争と第二次世界大戦(長岡空襲)の二度にわたって市街は壊滅的被害を受けるが、不撓不屈の精神により復興を遂げ、現在に至る。それに因み、市の紋章は不死鳥をイメージして、「長」の文字を図案化したものになっている。参考
花火王国として有名であり、市の中心を流れる信濃川では、毎年8月1~3日に長岡まつり(長岡大花火大会2、3日)が開かれ、正三尺玉花火も上がる。また2005年の長岡まつりでは、市民などからの協賛金を募って、新潟県中越地震からの復興祈願花火「フェニックス」を打ち上げ、喝采を浴びた。この「フェニックス」は、同年10月23日の中越地震からの「復興の集い」や年末年始のカウントダウンイベントでも打ち上げられ、長岡を象徴する花火になった。この花火は、翌年以降の長岡まつりでも継続して打ち上げれている。
この地域は元内閣総理大臣 田中角榮の地盤であり、現在でも一部で影響が残っている。
[編集] 地理
上越新幹線で東京から約80分、関越自動車道で東京から約3時間の位置にあり、特に経済面において関東地方との結びつきも強い。
元来の都市としての長岡は内陸の都市であるが、2005年と2006年の二回に渡る大規模合併以降、行政区画としての長岡市は日本海に面する自治体となっている。
南北に信濃川が縦断し、中心部では川の両岸に市街地が発展している。
[編集] 気象
人口30万人級の都市としては、世界的に見ても珍しい程の豪雪地帯であり、過去に記録的な豪雪を何度も経験している。市街には雁木(がんぎ)が整備されているほか、市では「無雪都市」を宣言し、長岡駅前大手通り(旧国道8号等)には、雁木を改造した大規模なアーケードが設置されている。又、道路には消雪パイプが設置され、国道・県道・市道や公共施設の敷地内に至るまで広い範囲で散水消雪を行う。寺泊地域や和島地域は、海岸部または海岸に近いため比較的積雪が少ない。
地理的に、大部分が盆地で占められており、冬は寒く、夏は暑い傾向がある。信濃川流域には遮蔽物が少なく、夏ごろは突風が吹くため、洗濯物などは非常に早く乾く一方、強風により洗濯物が空を飛んでいる光景も目にする。
[編集] 隣接している市区町村
※北から東回りに
※この他、佐渡市とは海を隔てて接しており、航路により結ばれている。
[編集] 人口
| 長岡市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 長岡市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は長岡市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
- 長岡市役所(本庁)
- 幸町分室
- 柳原分庁舎
- 大手通分室
- 大手通西分室
- 城内町分室
- 支所
- 小国支所
- 越路支所
- 寺泊支所
- 栃尾支所
- 中之島支所
- 三島支所
- 山古志支所
- 山古志支所 長岡事務所
- 与板支所
- 和島支所
2007年4月1日に特例市に移行。更に今後、周辺市町村との合併によって中核市への移行をも視野に入れている。又、新潟市は同日に政令指定都市に移行しており、その際に新潟市は県からの独立性が高くなった。それも踏まえて、県の中部に位置する長岡市へ県庁を移転させようという構想がある[1][2]。ただ、長岡市民も含めて一般の関心は低く、道州制施行に伴いこの構想は凍結される可能性が高いのが現状である。
[編集] 歴代市長
| 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|
| 牧野忠篤 | 1906年8月29日 | 1908年5月22日 |
| 河島良温 | 1908年6月23日 | 1919年7月10日 |
| 豊島愿 | 1919年8月7日 | 1926年11月16日 |
| 岩田衛 | 1927年1月28日 | 1929年10月26日 |
| 木村清三郎 | 1929年12月26日 | 1937年12月25日 |
| 松田耕平 | 1938年3月17日 | 1944年7月31日 |
| 鶴田義隆 | 1944年10月12日 | 1945年8月1日 |
| 田村文吉 | 1945年9月29日 | 1947年3月31日 |
| 松田弘俊 | 1947年4月9日 | 1951年4月4日 |
| 1951年4月28日 | 1955年1月3日 | |
| 内山由蔵 | 1955年1月25日 | 1959年1月21日 |
| 1959年1月22日 | 1962年12月2日 | |
| 上村清五郎 | 1962年12月21日 | 1966年11月25日 |
| 小林孝平 | 1966年11月26日 | 1970年11月25日 |
| 1970年11月26日 | 1974年11月25日 | |
| 1974年11月26日 | 1978年11月25日 | |
| 1978年11月26日 | 1982年11月25日 | |
| 1982年11月26日 | 1984年5月31日 | |
| 日浦晴三郎 | 1984年6月11日 | 1988年6月9日 |
| 1988年6月10日 | 1992年6月9日 | |
| 1992年6月10日 | 1996年6月9日 | |
| 1996年6月10日 | 1999年10月20日 | |
| 森民夫 | 1999年11月22日 | 2003年11月20日 |
| 2003年11月21日 | 2007年11月20日 | |
| 2007年11月21日 | 現職 |
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 日本以外
フォートワース市(アメリカ合衆国 テキサス州) - 1987年11月9日姉妹都市提携
トリアー市(ドイツ連邦共和国) - 1995年10月12日友好都市提携、2006年4月1日姉妹都市提携
ロマンモティエ町(スイス連邦) - 1986年6月4日姉妹都市提携(旧小国町より引き継ぎ)
西タイアラプ連合村(フランス領ポリネシア) - 1991年8月29日姉妹都市提携(旧和島村より引き継ぎ)
バンベルク市(ドイツ連邦共和国) - 1995年10月10日友好都市提携
[編集] 沿革
明治維新以前の長岡の歴史については、越後長岡藩を参照。
長岡市に編入合併した旧市町村の歴史については、各旧市町村のページを参照。
[編集] 明治期
- 1869年5月1日 長岡藩が四郎丸村の昌福寺に国漢学校を開校。
- 1869年6月22日 版籍奉還し、藩主の牧野忠毅が長岡藩知事になる。
- 1870年5月 長岡藩に支藩の三根山藩から100俵の救援米(米百俵)が送られる。
- 1870年6月15日 三根山藩から送られた米を売却して得た資金などをもとに、国漢学校を昌福寺から坂ノ上町(当時の表記)に移設。洋学局と医学局を新設。
- 1870年10月22日 廃藩置県に1年先立ち牧野忠毅が藩知事を辞任。長岡藩は廃藩となり、柏崎県に編入される。
- 1871年5月 長岡藩の廃藩により国漢学校が柏崎県に移管され、分黌長岡小学校となる。
- 1872年11月23日 坂ノ上町(当時の表記)に長岡洋学校(新潟県立長岡高等学校の前身)開校。
- 1873年6月 坂ノ上町に長岡会社病院(長岡赤十字病院の前身)が開院。
- 1873年6月10日 柏崎県が廃止され、新潟県に合併。
- 1876年10月20日 信濃川最初の有料橋として木製の長生橋が完成。
- 1878年 三島億二郎、岸宇吉らによって第六十九国立銀行が設立される。
- 1879年 士族や有志により長岡城跡が整地され、城跡公園となる。
- 1879年 郡区町村編制法により、越後国古志郡の領域は新潟県古志郡の管轄となり、長岡町の国漢学校跡に古志郡役所が置かれた。初代郡長は三島億二郎。
- 1888年4月 小坂松五郎が北越石油会社を設立。東山油田の開発が始まる。
- 1889年 町村制の施行により、古志郡が51町村、三島郡が43町村となる。
- 1891年12月19日 長生橋の所有が県に移り、無賃橋となる。
- 1892年6月23日 松田周平、小坂松五郎、殖粟順平、山田又七が長岡鉄管会社を設立。
- 1893年 山田又七、殖粟順平らが宝田石油株式会社を設立。
- 1894年 長岡鉄管会社により、東山油田(浦瀬)と中島の精油所を結ぶ送油用パイプライン完成。
- 1898年6月16日 北越鉄道(現信越本線)が延伸し、長岡停車場(長岡駅)開業。
- 1899年10月 反町新作商店(現丸福証券)が創業。
- 1901年11月1日 長岡本町・長岡町・千手町・草生津町・新町・王内村の6町村が合併し、新しい長岡町となる。
- 1903年5月1日 長岡町大字新町(現新町1丁目)に古志郡立長岡高等女学校(新潟県立長岡大手高等学校の前身)開校。
- 1906年4月1日 古志郡長岡町が市制施行により長岡市となる。
- 1906年12月 長岡郵便局内に電話交換局を設置、長岡市内に電話開通。
- 1907年4月27日 田村文四郎、覚張治平らが稲わらを原料としたボール紙の生産を目的として北越製紙を設立。
- 1908年4月 古志郡上組村大字宮内に古志郡立上組農学校(新潟県立長岡農業高等学校の前身)開校。
- 1909年4月1日 中蒲原郡村松町から長岡市東千手町(現南町)に新潟県立工業学校(新潟県立長岡工業高等学校の前身)が移設。
- 1910年4月 長岡市立長岡商業学校(新潟県立長岡商業高等学校の前身)開校。
[編集] 大正期
- 1915年11月28日 二代目の長生橋が完成。当時、木製の橋としては日本一の長さの約872.73メートル。
- 1916年1月 長岡鉄道の西長岡~寺泊間が開通。
- 1916年12月 栃尾鉄道の長岡~栃尾間が開通。
- 1917年5月20日 長岡開府三百年祭が行なわれる。
- 1919年5月24日 悠久山公園完成。
- 1921年10月 宝田石油が日本石油と合併、本社跡地と10万円を長岡市に寄付。本社跡地を宝田公園とする。
- 1921年12月1日 古志郡四郎丸村を編入。
- 1924年4月 四郎丸町(現学校町)に長岡高等工業学校(新潟大学工学部の前身)開校。
- 1924年5月1日 栃尾鉄道の長岡~悠久山間が開通。
- 1926年 古志郡役所廃止。
- 1926年4月1日 市制20周年を記念し、長岡市歌を制定。
- 1926年8月 大野甚松が長岡市に公会堂を寄付。
- 1926年9月14日 中川繁治により、長岡大花火大会で初めて正三尺玉が打ち上げられる。
[編集] 昭和・戦前戦中期
- 1927年10月27日 関原地震が発生、マグニチュード5.2。負傷者2人、家屋半壊23戸。
- 1931年7月11日 長岡操車場が開業。
- 1931年8月21日 上越線全線開通を記念して、上越線全通記念博覧会が開催される。
- 1931年9月1日 上越線(宮内~高崎)が全通。
- 1934年2月 工業の強化を目的とした「長岡市工業5ヵ年計画」をまとめる。
- 1936年12月31日 馬高遺跡で火焔土器が発掘される。
- 1937年6月11日 ヘレン・ケラー、長岡聾唖学校を訪問。
- 1937年10月20日 三代目の長生橋(鉄橋)が完成。
- 1945年8月1日 長岡空襲により市中心部被災。空襲被害では甲信越地方で最大規模。
[編集] 昭和・戦後期
- 1946年12月24日 日本機械製作所内の精密機械部が独立し、日本精機となる。
- 1948年 三島郡深才村の一部(大字大島)を編入。
- 1950年12月1日 古志郡栖吉村を編入。
- 1951年1月1日 古志郡富曽亀村を編入。
- 1951年8月1日 悠久山公園に長岡市立科学博物館が開館。
- 1953年3月3日 長岡教育放送が放送開始。
- 1954年2月1日 古志郡上川西村を編入。
- 1954年3月1日 古志郡宮内町(旧上組村)を編入。
- 1954年5月1日 三島郡深才村を編入。
- 1954年9月15日 ラジオ新潟(現新潟放送)長岡放送局開局。
- 1954年11月1日 三島郡日越村、王寺川村、古志郡十日町村、山本村、黒条村、新組村、福戸村、下川西村及び六日市村の一部を編入。
- 1955年8月1日 長岡駅に地下道が完成、開通式が行なわれる。
- 1956年 古志郡山古志村の一部(大字蓬平・濁沢)を編入。
- 1957年10月1日 三島郡関原町を編入。
- 1958年8月1日 表町に「まいまいひめの像」完成。
- 1958年10月18日 大和長岡店オープン。
- 1958年11月3日 玉蔵院町(現坂之上町3丁目)に山本記念公園開園。
- 1958年11月20日 大手通1丁目に長岡市厚生会館竣工。
- 1959年11月21日 信越本線浦鉄橋を改修した越路橋有料道路(片田町~来迎寺間)が開通。
- 1960年 日産化学工業長岡工場(現長岡市営陸上競技場周辺)が操業開始(1972年3月撤退)。
- 1960年4月1日 三島郡二和村(大積村と宮本村が合併した村)、与板町の一部(大字成沢)を編入。
- 1960年12月15日 大手通に丸専デパートが開店。
- 1960年12月(~1961年年1月) 三六豪雪で交通機関が麻痺、新潟県は自衛隊に救援を要請。
- 1961年2月2日 長岡地震が発生、マグニチュード5.2。被害は死者5人、負傷者30人、家屋全壊220戸。
- 1961年4月1日 国立長岡工業短期大学(長岡工業高等専門学校の前身)開校。
- 1962年7月13日 悠久山に県営長岡水泳競技場(現長岡市悠久山プール屋外水泳場)完成。
- 1963年1月 記録的豪雪(昭和38年1月豪雪、サンパチ豪雪)。
- 1967年2月1日 越路橋有料道路が一般県道区間として無料開放される。
- 1967年5月31日 長岡市悠久山野球場竣工。
- 1968年4月20日 悠久山に長岡市郷土史料館開館。
- 1968年12月16日 新潟総合テレビ開局。1991年10月まで長岡に演奏所(長岡放送センター)が置かれる。
- 1969年2月12日 浪花屋製菓の創業者今井與三郎から譲渡された消雪パイプの特許を長岡市が公開。
- 1970年11月3日 長岡セントラルパークが完成。
- 1970年11月16日 長岡大橋開通。
- 1971年7月1日 市内電話の局番が2桁になる。
- 1972年10月7日 長生橋に歩道橋を設置。
- 1973年10月24日 幸町2丁目に長岡市立劇場オープン。
- 1973年12月1日 長岡市営スキー場オープン。
- 1975年3月31日 越後交通長岡線旅客営業廃止(貨物輸送は1995年3月31日廃止)。
- 1975年8月24日 「米百俵之碑」除幕式が行われる。
- 1976年6月6日 緑町1丁目に長岡市営陸上競技場オープン。
- 1976年10月1日 長岡技術科学大学開学。
- 1977年9月30日 幸町2丁目に新市庁舎竣工。
- 1977年10月11日 新市庁舎で業務開始。
- 1978年2月20日 新潟県陸運事務所長岡支所が設置され、長岡ナンバー誕生。
- 1978年6月26日 6・26梅雨前線豪雨で災害発生。
- 1978年6月27日 信濃川河川敷地域を「千秋が原」と命名。
- 1978年9月21日 北陸自動車道、長岡―新潟間開通。
- 1980年3月31日 学校町にあった新潟大学工学部が新潟市へ移転。
- 1980年4月17日 長岡駅新駅オープン。
- 1980年7月2日 長岡駅に駅ビル「セゾン・ド・ナガオカ」(現CoCoLo長岡)オープン。
- 1980年7月3日 西津町に長岡市営希望が丘プールオープン。
- 1982年10月 長岡東バイパスが暫定2車線で全線開通。
- 1982年11月15日 長岡駅に上越新幹線開通。
- 1983年4月1日 喜多町に新潟県立長岡向陵高等学校開校。
- 1985年7月23日 大手大橋開通。
- 1986年3月9日 厚生会館脇広場にて「第1回ながおか100だるま大会」開催。
- 1986年11月11日 長岡バイパスが暫定2車線で開通。
- 1987年3月6日 学校町の新潟大学工学部跡地に長岡市立中央図書館が開館。
- 1988年11月25日 城内町2丁目に城内地区再開発ビル(イトーヨーカドー丸大長岡店)完成。
[編集] 平成期
- 1989年10月31日 長岡駅地下街、営業を終える。
- 1989年12月31日 長岡大橋4車線化完成。
- 1991年10月5日 寺島町に米百俵の群像が完成。
- 1991年10月16日 寺島町(当時)にハイブ長岡(正式名・長岡産業交流会館)開館。
- 1992年2月14日 千秋が原にて第1回長岡雪しかまつりを開催。
- 1993年7月15日 宮関町(当時)に新潟県立近代美術館オープン。
- 1994年4月 宮関町(当時)に長岡造形大学開学。
- 1996年9月16日 日浦晴三郎市長宅に男が侵入し、市長夫妻を刃物で脅して13時間にわたり監禁、約4000万円を脅し取る事件発生。
- 1998年7月29日 FMながおか開局。
- 1998年7月30日 国営越後丘陵公園オープン。
- 1998年10月18日 三島億二郎像除幕。
- 1999年4月18日 呉服町1丁目に山本五十六記念館開館。
- 2000年8月1日 関原町に新潟県立歴史博物館オープン。
- 2001年10月1日 大手通2丁目にながおか市民センターオープン。
- 2002年10月5日 第1回米百俵まつりを開催。
- 2002年12月22日 ながおか市民センター内に「まちなか花火ミュージアム」オープン。
- 2003年2月1日 長岡市役所がメールマガジン 「米百俵メール」配信開始。
- 2003年7月12日 大手通2丁目の「まちなか・考房」内に長岡戦災資料館オープン。
- 2003年11月19日 長町1丁目に河井継之助史跡広場オープン。
- 2004年7月12~13日 平成16年7月新潟・福島豪雨(7.13水害)が発生、中之島地域(当時中之島町)を中心に大きな被害。
- 2004年10月23日 午後5時56分頃、新潟県中越地震(新潟県による呼称は「新潟県中越大震災」)が発生、当時の長岡市では震度6弱、小国地域(当時小国町)では震度6強を記録。南部を中心に被災。
- 2005年2月 北陸地方で19年ぶりの記録的豪雪。
- 2005年4月1日 南蒲原郡中之島町、三島郡越路町、三島町、古志郡山古志村、刈羽郡小国町を編入。
- 2005年8月2日 新潟県中越大震災 復興祈願花火「フェニックス」誕生。
- 2006年1月1日 栃尾市、三島郡寺泊町、与板町、和島村を編入。編入時の人口は283,392人。
- 2006年4月1日 市制施行100周年。
- 2006年12月27日 長町1丁目に河井継之助記念館開館。
- 2007年4月1日 特例市に移行。
- 2007年4月20日 千秋にリバーサイド千秋オープン。
- 2007年7月16日 午前10時13分頃、新潟県中越沖地震が発生、小国地域では震度6強を記録。西部を中心に被災。
[編集] 経済
市街地は、オフィスやホテルなどのビル街を形成する。新潟県のほぼ中部に位置し、商圏人口は60万人を超えると言われる。しかし、平野に位置してるので、郊外のロードサイドショップの進展もあり、また新潟市への一極集中に悩まされてもいる。(長岡駅#駅周辺も参照)
[編集] 商業
全国的な傾向ではあるが、商業施設の郊外化が顕著であり、中心市街地の空洞化が深刻である。市ではこれまでアーケードの架け替えや地下駐車場の整備などを行ってきたが、思わしい成果は得られていない。
新潟市と比べると、中心市街地の求心力には歴然とした差がある。郊外店は充実しており買い回り品には不便はないかもしれないが、都市型商業施設が貧弱であり、嗜好品の購買やいわゆる「ハレ」の場は新潟市内(もしくは東京)に依存しているのが現状である。
[編集] 金融機関
(長岡市に本店(※印)、支店を置くもの。証券会社、保険会社等を除く。)
- 北越銀行(※)
- 大光銀行(※)
- 第四銀行
- 富山第一銀行
- りそな銀行
- 長岡信用金庫(※)
- 新潟縣信用組合
- 新潟大栄信用組合
- 新潟県労働金庫
- 日本政策金融公庫
- 商工組合中央金庫
- ゆうちょ銀行
- 越後ながおか農業協同組合(※)
- 越後さんとう農業協同組合(※)
- にいがた南蒲農業協同組合
- 柏崎農業協同組合
- この他東京スター銀行、セブン銀行、イオン銀行、新潟県信用農業協同組合連合会が市内にATMを設置している。
[編集] 物流
書籍・雑誌といった出版物は、(中央での)発売日より1日遅れて店頭に並ぶ物が多いが、物によっては発売日あるいは発売日前日に店頭に並ぶ物もある。音楽CDは通常、発売日前日には店頭に並ぶ。
[編集] 産業
明治20年頃の石油採掘にともない、機械産業が発達し、現在も精密機械や工作機械を生産している企業が多い。鉄道と河川を備え、古くから交通の要衝であったことから卸売業などの商業活動も栄えている。また、米菓の生産などを主とする食品製造業も盛んである。
- 長岡市に本社等を置く企業
- 長岡市を主な業務拠点等とする企業
[編集] 鉱業
天然ガスの産出量が日本一であり、越路地域を中心とした地域には、埋蔵量が日本屈指の片貝ガス田がある。明治20年代から大正期にかけては、東山地区で産出した石油の採取が盛んに行なわれていた。
[編集] 名産
[編集] 教育機関
小学校
[編集] 国立大学法人
[編集] 市立
- 阪之上小学校
- 中島小学校
- 表町小学校
- 神田小学校
- 新町小学校
- 川崎小学校
- 四郎丸小学校
- 千手小学校
- 富曾亀小学校
- 黒条小学校
- 新組小学校
- 桂小学校
- 浦瀬小学校
- 柿小学校
- 栖吉小学校
- 前川小学校
- 宮内小学校
- 上組小学校
- 石坂小学校
- 太田小学校
- 六日町小学校
- 山谷沢小学校
- 十日町小学校
- 大島小学校
- 才津小学校
- 深沢小学校
- 日越小学校
- 関原小学校
- 福戸小学校
- 下川西小学校
- 上川西小学校
- 宮本小学校
- 大積小学校
- 希望が丘小学校
- 豊田小学校
- 川崎東小学校
- 青葉台小学校
- 中之島中央小学校
- 上通小学校
- 信条小学校
- 越路小学校
- 越路西小学校
- 日吉小学校
- 脇野町小学校
- 山古志小学校
- 上小国小学校
- 渋海小学校
- 下小国小学校
- 桐島小学校
- 島田小学校
- 寺泊小学校
- 大河津小学校
- 与板小学校
- 上塩小学校
- 下塩小学校
- 栃尾東小学校
- 栃尾南小学校
- 中野俣小学校
- 西谷小学校
- 東谷小学校
中学校
[編集] 国立大学法人
[編集] 市立
- 東中学校
- 南中学校
- 北中学校
- 栖吉中学校
- 宮内中学校
- 東北中学校
- 西中学校
- 江陽中学校
- 堤岡中学校
- 山本中学校
- 岡南中学校
- 太田中学校
- 関原中学校
- 大島中学校
- 青葉台中学校
- 旭岡中学校
- 中之島中学校
- 越路中学校
- 三島中学校
- 山古志中学校
- 小国中学校
- 北辰中学校
- 寺泊中学校
- 与板中学校
- 秋葉中学校
- 刈谷田中学校
私立
[編集] 高等学校
[編集] 大学・短期大学・高等専門学校
[編集] 特別支援学校
- 新潟県立長岡聾学校
- 新潟県立柏崎養護学校のぎく分校
- 長岡市立養護学校
[編集] 環境
下水道の整備に早い段階から取り組んでおり、普及率が95.14%と旧長岡市よりは低下したものの、それでも全国でも有数の高さである(当時、全域に避難指示が出されており人の住んでいなかった旧山古志村の区域は除く)。尚、上下水道工事の同時着工としては長岡市が全国初であった。
電線の地下化にも比較的早い段階から取り組んでいたため、長岡駅周辺や大通り沿りを中心に既に地下化が完了しており、現在もその範囲を広げつつある。しかし、新潟県中越地震の際、電力の復旧が早かったのは電線が地上に出ていた為で、長岡市の電線の地下化が完全に完了していたら復旧に時間が掛かっていたのではないかとの見方もある。
自然環境がよいためか、夏の夜は山間部を中心に多数のコウモリが活動するのを見かける。
[編集] 施設
[編集] 図書館
- 中央図書館
- 西地域図書館
- 南地域図書館
- 北地域図書館
- 中之島地域図書館
- 寺泊地域図書館
- 寺泊地域図書館大河津地区図書室
- 栃尾地域図書館
- 互尊文庫
- 文書資料室
[編集] 博物館・美術館
- 新潟県立近代美術館
- 新潟県立歴史博物館
- 科学博物館
- 郷土史料館
- 藤橋歴史の広場
- 戦災資料館
- 栃尾美術館
- まちなか花火ミュージアム
- 与板歴史民俗資料館
- 中之島民俗資料館
- 越路郷土資料館
- 三島郷土資料館
- 小国民俗資料館
- 小国芸術村
[編集] 文化施設
[編集] 娯楽施設
(運動公園以外の公園を除く)
(屋内ゲートボール場、塩泉)
- 長岡市悠久山野球場
- 与板野球場
- 中之島野球場
- 三島野球場
- 陸上競技場
- 市営スキー場
- 古志高原スキー場
- 市民体育館
- 北部体育館
- 南部体育館
- 新産体育館
- 与板体育館
- みしま体育館
- 中之島体育館
- 中之島北体育館
- 越路体育館
- 浦体育館
- 三島体育センター
- 小国勤労者体育センター
- 山古志体育館
- スポーツ広場
- 第二スポーツ広場
- 与板スポーツ広場
- 北部運動公園
- 乙吉運動広場
- 中之島スポーツ広場
- 中之島リバーサイドパーク野外活動施設
- 与板河川公園
- 越路河川公園
- おぐに運動公園
- 長谷川運動公園
- 成出運動広場
- 三島運動広場
- 山古志運動広場
- 希望が丘テニス場
- 東山テニス場
- 与板テニス場
- 中之島テニス場
- 小国ゲートボールコート
- 長岡ドーム(バッティングセンター)
まちの駅
- まちの駅「ながおか まちの駅」
[編集] 交通
市民の交通手段としては自家用車が主。バス路線も長岡駅を中心として広範囲に路線網を持つ。特に道路はよく整備されており、鋪装区間延長が全国上位である。
[編集] 日本海側の「上り」
本州日本海側では、国道7号や国道8号などの道路元標は新潟市(本町交差点)にあるが、「上り」という場合には長岡方面を指す事になる。
これは、鶴岡などの旧出羽国(東北地方日本海側)から東京に向かう方向と、上越市や富山などから新潟市に向かう方向の双方が、長岡で突き当たるためである。