寺尾悟
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寺尾悟(てらお さとる、1975年7月25日 - )は、愛知県豊田市出身のショートトラックスピードスケートの選手。中京大学社会学部卒。トヨタ自動車所属で2002年までトヨタ自動車のシンボルアスリートだった。
1984年にアイスホッケーでスケートリンクデビュー、翌1985年ショートトラックに転向。
1994年リレハンメル五輪に18歳で出場し、男子1000mで4位入賞を果たす。以後、1998年長野、2002年ソルトレークシティー、2006年トリノと、計4度の冬季オリンピックに出場。10年以上にわたって、日本のショートトラック界を牽引している。
[編集] ソルトレイクシティオリンピックでの誤審
2002年のソルトレイクシティオリンピックの男子1000mで寺尾は予選、準々決勝を通過して準決勝へ進出した。準決勝レースは前回長野の同種目の金メダリストである韓国の金東聖と同じく長野の同種目の銀メダリスト中国の李佳軍が先頭争いを展開。しかし、ファイナルラップの最終コーナーで3番手だったカナダのマシュー・ターコットが先頭2人を巻き込んで転倒。巻き込まれなかった寺尾はガッツポーズし、悠々とゴールした。寺尾の決勝進出は確実と思われたが、このレースの審議の結果、なんと全く接触に関係のなかった寺尾が、ターコットを後ろから押して転倒させ、李を巻き込んで転倒させた原因として、まさかの失格となった。接触直前の映像を見る限り、寺尾とターコットとの間には完全に空きスペースがあり、寺尾は前の選手に触れてもいなかった。しかし、当時のショートトラックの審判判定にはビデオ判定が導入されていなかった為、このような事態が起きてしまった。日本チームの抗議も却下され、結局判定は覆らず、李が繰り上がりでターコットが救済措置によって決勝へ進出となり、寺尾は審判の誤審によって不可解な失格となった。この誤審が起こった事により、日本は国際スケート連盟にルール改正を求める文章を提出した。その後、次のトリノオリンピックではルールも改正し、ビデオ判定も導入されている。ちなみにこのレースで寺尾についで2着でゴールしたのはこの後の男子1000mの決勝で大波乱のレースを制した、オーストラリアのスティーブン・ブラッドバリーだった。

