鶴竜力三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鶴竜 力三郎
四股名 鶴竜
本名 マンガラジャラブ・アナンダ
生年月日 1985年8月10日(23歳)
出身 モンゴルウランバートル
身長 187cm
体重 138kg
所属部屋 井筒部屋
成績
現在の番付 前頭5枚目
最高位 西前頭筆頭
生涯戦歴 219勝189敗(41場所)
幕内戦歴 79勝86敗(11場所)
優勝 三段目優勝1回
技能賞1回
データ
初土俵 2001年11月場所
入幕 2006年11月場所
備考
2008年9月8日現在
  

鶴竜 力三郎(かくりゅう りきさぶろう、1985年8月10日 - )は、モンゴルウランバートル出身(呼び出しではモンゴル・スフバートル出身、父の出身地)で井筒部屋所属の現役大相撲力士。本名はマンガラジャラブ・アナンダ。身長187cm、体重138kg。得意手は右四つ、下手投げ。趣味はスポーツ観戦。最高位は西前頭筆頭(2008年3月場所)。

四股名の「鶴」は部屋ゆかりの四股名「鶴ヶ嶺」から、「力三郎」は尊敬する井筒部屋の大先輩・寺尾が新十両場所だけ名乗っていたゆかりの四股名「源氏山力三郎」に由来する。

目次

[編集] 来歴

子供の頃はテニス・バスケットボール・レスリングをやっていた。同郷の旭鷲山などの活躍に憧れて力士を志し、花籠部屋の力士選考会に参加したが不合格となってしまった。しかし、どうしても力士になりたかったため雑誌、グラフNHKの広告で相撲愛好会(日本相撲振興会)の存在を知り、父が大学で教授をしていたため、同じ大学で日本語を教えていた職場仲間に頼んで翻訳してもらい、(日本相撲振興会 会長 時田一弘氏)に送った。それを受け取った時田氏は熱烈なる入門希望のエアーメールを読み、同志鈴木賢一氏とで井筒親方(元関脇・逆鉾)に相談し井筒部屋に入門させる。2001年5月に来日。同年11月場所に初土俵を踏んだ。

着実に番付を上げて行ったが、なかなか体重が増えず、三段目の下位で苦労した時期もあった。しかし、徐々に体重も増えだしてからは三段目の上位でも勝ち越せるようになり、2004年7月場所に7戦全勝で三段目優勝を果たし、翌9月場所は一気に幕下14枚目まで番付を上げた。1度は跳ね返されたものの同年11月場所から6場所連続勝ち越しを続け、2005年9月場所では東5枚目で5勝2敗という微妙な成績ながら11月場所には十両に昇進した。しかし十両では軽量が災いし成績が伸びず、1場所で幕下に陥落した。翌2006年1月場所に東幕下3枚目で5勝2敗と勝ち越し、十両に戻った3月場所は3勝6敗から6連勝し、9勝6敗と関取として初の勝ち越しを果たした。

その後は勝ち越しを続け、2006年9月場所では西十両筆頭で9勝を上げ、翌11月場所には新入幕を果たした。この際、同様の地位・成績では極めて異例となる東8枚目まで昇進し、その後も驚異的な番付運で西前頭2枚目まで番付を上げた。序盤に出遅れるが、終盤に巻き返す後半型の力士で、新十両以来長らく2桁勝利は1度も無かったが、2008年1月場所では11勝をあげ、初の技能賞を獲得した。

2008年9月場所から出身地を父の出身地であるスフバートルに変更した。

[編集] 幕内での場所別成績

鶴竜力三郎[1]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2006年
(平成18年)
x x x x x 西 前頭 #8
8–7
 
2007年
(平成19年)
東 前頭 #8
6–9
 
西 前頭 #11
9–6
 
西 前頭 #5
6–9
 
東 前頭 #8
9–6
 
西 前頭 #2
7–8
 
東 前頭 #3
4–11
 
2008年
(平成20年)
東 前頭 #8
11–4
西 前頭 #1
6–9
 
西 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #7
8–7
 
東 前頭 #5
7–8
 
東 前頭 #6
5–6–4
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下

三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口

幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

[編集] 主な成績

2008年7月場所終了現在

  • 通算成績:219勝189敗(41場所)
  • 幕内成績:79勝86敗(11場所)
  • 技能賞1回(2008年1月場所)

[編集] 各段優勝

  • 三段目優勝:1回(2004年7月場所)

[編集] エピソード

  • 十両昇進の際、幕内昇進時には「逆鉾」を襲名するという話もあったが、立ち消えとなった。
  • 2006年7月24日付の毎日新聞で、同じ十両の安壮富士と共に星取を間違えられた(間違えられたのは14日目の星取で、勝ったはずなのに、「●」と書かれていた)。翌日、星取表の訂正版が掲載された。
  • 初土俵、新十両、新入幕はいずれも11月場所である。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ "Rikishi in Juryo and Makunouchi" (English). szumo.hu. 2007-09-24 閲覧。

[編集] 外部リンク

他の言語