ブラック・アイド・ピーズ

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Black Eyed Peas から転送)
左からウィル・アイ・アム、タブー、アップル・デ・アップ(2001年)
・アップル・デ・アップとファーギー

ブラック・アイド・ピーズThe Black Eyed Peas)はウィル、アップル、タブー、ファーギーの4人からなるアメリカ合衆国ヒップホップミクスチャーグループ。これまでにグラミー賞を2度受賞している。日本でのキャッチフレーズは「猿でも分かる〇〇」(例:良い音楽など)

目次

[編集] メンバー

※芸名はすべて小文字で「will.i.am」が正しい表記。

※ウィル同様、アップルも芸名はすべて小文字表記。

[編集] 経歴

1988年に同じ学校に通っていたウィルとアップルが出会い、ブレイクダンスグループのトライバル・ネイション(Tribal Nation)に入る。

1989年、ウィルとアップルはトライバル・ネイションを脱退し、ヒップホップグループのアトバン・クラン(Atban Klann)を結成する。

1992年、イージー・E(Eazy-E)が社長だったことで有名なRuthless Recordと契約。『Grass Roots』をリリース。

1995年のイージー死去を機に彼らはRuthless Recordを離れる。この頃にダンサーのタブーが加入し、ブラック・アイド・ピーズ(以下BEP)をグループ名を改める。ロサンジェルスを中心にライブ活動を始め、評判が広まっていった。

1997年にBEPのパフォーマンスは多くのレコード会社の間で話題となり、契約合戦となった。最終的にインタースコープ(Interscope)と契約。

1998年6月、1stアルバム『ビハインド・ザ・フロント(Behind the Front)』をリリースする。また、この頃にファーギーがロサンジェルスでのBEPのライブを見てファンになる。

2000年9月、2ndアルバム『ブリッジング・ザ・ギャップ(Bridging the Gap)』をリリース。同年、渋谷オンエアー・イーストでのイベントのため初来日した。

2001年にウィルが1stソロアルバム『ロスト・チェンジ(Lost Change)』をリリース。※日本盤なし

2003年4月頃、ファーギーが加入しグループ名をBlack Eyed PeasからThe Black Eyed Peasに改める。6月に3rdアルバム『エレファンク(Elephunk)』をリリースし、1stシングルの「ホエア・イズ・ザ・ラヴ?(Where Is The Love)」が大ヒットした。11月にはiPodCM曲に「ヘイ・ママ(Hey Mama)」が起用されてヒット。人気を確立する。

2004年9月、DVD『ビハインド・ザ・ブリッジ・トゥ・エレファンク(Behind The Bridge To Elephunk)』をリリース。

2005年6月、4thアルバム『モンキー・ビジネス(Monkey Business)』をリリース。年間アルバムトップセールスで5位を獲得した。

2006年5月、リミックスアルバム「リネゴシエイションズ:ザ・リミキシーズ(Renegotiations:The Remixes)」リリース。7月に来日し、大阪城ホールと武道館での公演を果たす。7月17日放送のSMAP×SMAPに出演、「ロンドン・ブリッジ」と「パンプ・イット」を披露した。また、番組トークにてSMAPへ「クチ・クサイ・ソング」を提供すると伝えたが、中居正広からやんわり断られた。ウィル曰く「50セントバスタ・ライムスなども欲しがった」というその曲は2008年に日本限定で発表されたウィルの客演ベストアルバムに収録されることになった(勿論SMAPは歌っていない)。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] オリジナル・アルバム

[編集] リミックス・アルバム

  • リネゴシエイションズ - Renegotiations:The Remixes (2006年)

[編集] 日本公演

2月11日 恵比寿ザ・ガーデンホール
7月24日 横浜国際総合競技場、25日 大阪ドーム
9月16日 STUDIO COAST
7月11日 大阪城ホール、13日,14日 日本武道館
8月11日,12日 千葉幕張メッセ、大阪舞洲サマーソニック特設会場

[編集] 外部リンク