燕三条系ラーメン

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燕三条系ラーメン

燕三条系ラーメン(つばめさんじょうけいラーメン)とは、新潟県県央地域燕市三条市)を中心に作られ、親しまれているラーメンの総称。

目次

[編集] 概要

うどんと見間違えてしまうほどの極太麺を使用。煮干しなどの魚介類出汁が効いた、やや醤油味の濃いスープに、丼から湯気が上がらないほどに大量のの背脂が掛けられるのが特徴。長ネギの代わりに玉ネギのみじん切りが薬味として使用される店も多い。また乗せられる背脂の量に応じて、「大油」・「中油」とメニューが区別されている店舗もある。地元では、杭州飯店以外のラーメンを背脂チャッチャ系と呼ぶこととしている。

[編集] 歴史

元々は燕市の「福来亭[1]が、周辺の洋食器や金物の工場への出前の際に要求された、

  1. 力仕事の多い工場労働者向けに塩辛いスープで(やや醤油味が濃い)、
  2. 不規則な労働時間で時間が経っても伸びにくく(極太麺)、
  3. 冷めにくく、また単にしょっぱいだけではないまろやかなスープ(背脂で覆う)

ラーメンを作ったということが始まりとされている。やがてこのスタイルが冬場の積雪も多い同地区で広く受け入れられることとなり、定着していった。

現在全国にあるいわゆる「チャッチャ系」の元祖とも言われ、このスタイルのラーメンにインスパイアされて作られているラーメンも多い。[要出典]

近年では東京都など、県外に進出する店舗も登場。三条・燕両市には多くのラーメン店がひしめき合い、同地区は一大ラーメン激戦区の様相を呈している。

2005年初頭には、インスタント食品メーカーのエースコックがこれをヒントにしたカップラーメン、「新潟で見つけた煮干背脂系醤油ラーメン」をコンビニエンスストア・スーパーマーケット向けに(以後秋冬の季節限定で発売)、春先には同じくカップラーメン「麺の街」シリーズで「新潟背脂しょうゆラーメン」をサークルKサンクス限定で発売している。

2007年夏に、元祖とよばれた福来亭(本店)が閉店。

[編集] 主な店舗

[編集] 燕市

  • 福来亭(本店):閉店
  • 福来亭白山町店
  • 杭州飯店
  • まつや食堂
  • 大むら食堂
  • 酒麺亭潤(らーめん処潤の本店)
  • 大むら支店
  • らーめん勝
  • 三友軒
  • くま屋
  • 花岡食堂
  • 分水中華亭
  • 目黒食堂
  • ライオン食堂
  • どさん娘(吉田店)
  • 王風珍

[編集] 三条市

  • いこい食堂
  • 侍ラーメン
  • 龍華亭(福来亭三条店が移転改称)
  • 中華亭
  • 松本商店
  • やすどん
  • 麺道楽天狗屋(2008年3月19日開店)

[編集] その他市外

[編集] その他

  • 対外的には定着しつつあるこの「燕三条系」との名称だが、自然発生的に出来上がった物ではあるものの、ラーメン王と呼ばれるライターの石神秀幸が便宜上命名した物である。石神秀幸による新潟四大ラーメンの分類では燕三条流背脂ラーメンである[2]
    • 地元では普通に「福来亭系」「杭州飯店系」「燕系」(燕市)、「大油」「中油」(三条市)などと呼ばれているケースが多い。
    • そもそも「燕三条」という名は隣接しあう燕市三条市にまたがった上越新幹線の駅名として便宜的に考え出された造語の類であり、地元では「燕三条駅の近く」という意味合いで燕市井土巻、三条市須頃近辺のみを指し、両市のエリア全体を指してこの名が使われる事はほとんどない。
    • 両市の間には歴史的な確執も存在し、両市民の中には「燕三条系」と一括りにされることに抵抗感を抱く人も少なからず存在する。尚、両市の関係についてはそれぞれのリンク先を参照。
  • 「次にヒットするであろうご当地ラーメンの最有力候補」として雑誌にも頻繁に取り上げられるなど、マスコミ等に注目され始めてはいるが、見た目のインパクトの強さからこれまで永らく他地域からは受け入れられてこなかった事もあり、地元自治体などでの対外的広報への関心は今一歩の模様。大量に脂が乗り量も多めであることから近年消費者が求める低カロリー志向、健康志向にも(実際のカロリー等はともかく)見た目のイメージが反する事も原因の一つとして考えられる。
  • 三条市には、燕三条系ラーメンとは別に「三条っ子ラーメン」(千切りの長ネギが大量に乗った味噌ラーメン)というメニューも存在し、市内では10店舗が同ラーメンを提供している。

[編集] 脚注

  1. ^ 「杭州飯店である」という説も時折見られるが同店は福来亭から経営者親族が独立した兄弟店であり開店時期は福来亭より遅いのでこの説は誤りである。杭州飯店は、本来兄弟店たる福来亭とは差別化を図って本格中華料理店として開店しており、2階には宴会用の貸席も存在し送迎用のマイクロバスも所有していた。だが福来亭より駐車場が広いなど自家用車での来店がしやすい条件が整っていたためにこちらへラーメンを食べに来る客が増加、宴会への対応が出来なくなってしまったために貸席を止めてしまった事情がある。
  2. ^ 月刊 新潟こまち 2007年10月号 34p