麒麟 (お笑いコンビ)

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田村裕 から転送)

麒麟(きりん)は吉本興業・東京本部所属のお笑いコンビ2006年9月30日の単独ライブ「麒麟デシタ」を最後にbaseよしもとを卒業。当面はどこの劇場及び団体にも拠点を置かずに活動する模様(ヨシモト∞より)。

目次

[編集] メンバー

[編集] 概要

  • 1999年10月おなる結成(尚、「M-1グランプリ2001ではコンビ結成年を1997年10月と紹介、他に1997年12月や1999年12月等諸説ある。)
    • 上記のようにコンビ結成年度には諸説あるものの、M-1グランプリ2008のスタッフブログによると、2008年のM-1では「麒麟は、来年がラストイヤーであるが、今年最後の年という心意気で挑んでいる 」と記載。そのため、1998~99年結成という形になる。
  • 共に大阪NSC第20期生。同期にアジアンソラシド吉本新喜劇西科仁らがいる。
  • 互いの第一印象は、川島→田村「アホ」、田村→川島「気持ち悪い」とあまり良いものではなかったが、川島のネタの発想を気に入った田村が、悩んだあげく声を掛けたのがコンビ結成のきっかけである。川島としては、明るくてどんどん前に出る人間が苦手だったため、当初田村の積極性がイヤだったが、断る勇気もなくズルズルとコンビを続けた。
  • 最近は、「川島は自分が考え込む性格のため、自分と同じように考え込む性格だとコンビとして成立しないのではないか、と思い“何も考えないアホ”を探していた。ある日、川島がNSCで1人でネタをやっていると自分のネタで1人大笑いしている田村を見つけた。だが、本当にアホかどうかわからない、と慎重にいこうとしていた。その日にNSCの講師にネタを褒められ、川島が帰ろうとしていると、後ろから肩を叩いて『お前面白いなぁ、コンビ組んだってもええで』という声がした。振り返ってみると田村がいた」というエピソードを話していることが多い。このときの田村の「上から目線」に川島は「(探していた)アホが現れた」と感じ、田村とコンビを結成することに決めたと話していたこともある。
  • 舞台登場の挨拶時に必ず川島がマイクに口を近づけ低音ボイスで言う「麒麟です」が掴みの基本ギャグだが、最近はそのバリエーションが増えている(下記「ネタ」参照)。安定感のある漫才が特徴。また、短めの漫才をパターンを変えて繰り返す2部構成、3部構成の漫才もある(「漫才に小説の要素」「コンビの仲」など)。川島がボイスを田村がジェスチャーを担うことや、川島が田村をいじり倒すようなボケを放ち、それに田村が抵抗のツッコミをするといった形が多い。また、漫才の終わりに田村が「もうええわ」と言った後、川島がもう一度ボケて、田村が突っ込んだ後にそのまま礼をする漫才もある。
  • ネタの中で川島は、田村をかりんとうや10円玉など茶色いものに例えることが多い(下記「茶色いもの」参照)。また、田村の願いが「2本脚で立てたらいいな」や「早く人間になりたい」であると言ったり、服を着ていて「珍しい」など、人間ではないような言い方をする。さらには、後頭部がえのきに似ているとして「妖怪えのき小僧」、「妖怪小豆小僧」と呼んだこともある。
  • 結成当初はコント中心の活動であまり認められなかったが、漫才中心にしてから徐々に頭角を現し、2000年頃よりbaseよしもとの舞台に出演し始めた。
  • M-1グランプリとの関りは深く、2001年の第1回大会で吉本興業社員にも知られていなかった無名のダークホースとして決勝進出を果たし、5位に入る。審査員の松本人志には「(麒麟の出番までに登場したコンビの中で)一番良かった」、島田紳助からは当時のファイナル出場ができる「上位2組に入ったと思った」と評された。そのことから、後にM-1の決勝に進出した無名コンビは「麒麟枠」と称されることとなった。以降、度々決勝(第1回・3回・4回・5回・6回)・最終決戦(第4回~第6回)へ進出しているが、最終決戦ではまだ票を獲得したことがなく、第5回では決勝1回戦で笑い飯に大差を付けて2位になったものの最終決戦で逆転されて3位になってしまったこともあって、「2本目(最終決戦)のネタが弱い」と評されている。
  • 2008年7月11日(水)ヨシモト∞水曜2部MC:POISON GIRL BAND(神保町花月舞台出演の為休演)MC代行を行い、2008年2月1日付でサブ・レギュラー昇進。隔週水曜日1部担当を行う事になった。 

[編集] エピソード

  • コンビ名の由来は、2人とも長身・面長でどことなくキリンっぽい風貌を持つことと、結成時に自分たちの知っている一番難しい漢字であったからである。しかし、田村が「麒麟」と書けなかったり、間違って「麟麟」と書いたこともある。また、将来が期待される少年という意味の言葉である麒麟児からとったが、ミュージシャンのキリンジとカブってしまうため、「児」を取り「麒麟」となったとも話している。田村曰く「コンビ名はカタカナが多いため漢字で目立とうとした」と言われるが、本人が考えたコンビ名は「月と砂」「銀色の鈴」という簡単な漢字ばかりの名前だったらしい。そこで知っている中で一番難しい漢字を組み合わせていき、最終候補となったのが「薔薇園」「侮辱」「醤油愛好家」「麒麟児」。その中から「麒麟児」を選び「麒麟」となったのは前述のとおりである。
  • 川島は高校時代ずっと空想していたシュールな世界をコントで表現しようとNSC入りしたものの、仲間うちにはウケても講師にはまったくウケなかった。コンビ結成後もNSCのクラス分けでは、最低のCクラスに最後まで在籍。講師に「お前ら、やめた方がええで」とまで言われたが、なんとかNSCを卒業して、自分たちをバカにした講師を見返してやるという思いからしばらくコントを続けたが、どうにもしっくりこなかった。そんなとき、オーディションのためにその場しのぎで作ったネタがかなりウケたのが漫才を始めるきっかけとなった。それまで「コント=自由」「漫才=制約があり不自由」という固定観念が2人を漫才から遠ざけていたが、型にはめることで自分たち独自の発想が観客にもわかりやすく伝わるということがわかり、このとき初めて観客というものを意識したともいえる。
    • 一度だけ単独ライブで田村が考えたネタで漫才をやったが、あまりにウケなかった。そのため、ネタ終了後に川島から「もうこんなことしないようにね」と説教された。
  • 川島が電気グルーヴのファンということもあり、出囃子にShangri-Laを使用している。
  • 田村は、漫才やライブでのアドリブに強い。学生時代に父親の事情で家族が離散し、住む家がなく一時は公園に寝泊りして生活していたことがあったということを『笑いの金メダル』中で明かした。まる1週間、水だけで過ごしたことや、趣味は自動販売機の下に落ちている小銭集めで、貧乏な頃に始めて今でも止められないことを語っている。他にも、昼食が白ごはんのみだったため、友人にふりかけを持ってきてくれるよう頼んだが、冗談だと思った友人がなかなか持ってこなかったために激昂したことがあることや、床や地面に落ちた食べ物でも3秒以内ならOK(ピーク時は最長15秒まででもOK)など、様々な貧乏エピソードを多数の番組中トークで語っている。
  • この田村の貧乏エピソードは2007年に『ホームレス中学生』としてまとめられ、刊行された。本は大ブレイクし、2008年には単発番組枠にてドラマ化された。さらに、小池徹平が主演の田村裕役を演じ映画化された。
  • 2007年1月に放送された『お笑いオーケストラ』、『爆笑ヒットパレード』で、川島は東京進出を見込んで引っ越したと発言している。なお、田村は資金不足で東京進出に失敗し大阪に残留していた(川島は「お笑い芸人の東京進出失敗は少なくないが、資金不足で失敗したのは前代未聞」と語っている)が、同年12月、田村も著書の『ホームレス中学生』出版後に東京に引っ越した。
  • ロンドンブーツ1号2号田村亮は共演した際に、彼らが改名の話を一切していないにもかかわらず、番組終わりに「改名だけはしないでほしい」と言っていた。(「よしもと本物流」)
  • かつて同じbaseよしもとのトップ組だった笑い飯千鳥とは非常に親交が深い。ちなみにこの3組で「ワラキチ(笑麒千)」となる。しかし、その「ワラキチ」をタイトルにしたイベントのとき、笑い飯は字の形的に「キ」を「モ」だと思っていたというボケをされた。
    • ほかにもダイアン・千鳥・笑い飯と組んで、「ダイ麒千飯」でコントをしたこともある。また、『笑いの金メダル』の企画で、笑い飯と「麒麟飯」を結成したこともある。そのときは、ボケは笑い飯の2人と川島で、田村1人がツッコミだった。

[編集] ネタ

[編集] 麒麟です

川島が掴みとして、漫才中に必ず言う「麒麟です」のバリエーション。

  • いきなり川島が無関係な話を始め、肝心な所で「麒麟です」。
  • 怖い話を始め、「振り向くと、そこには……あ、忘れてた。麒麟です」。
  • 馬のモノマネをしてからの「麒麟です」。
  • 通常は低音の声であるところを、普通の声で「麒麟です」。
  • 大きく息を吸って勢いをつけての「麒麟です」。
  • 低音の声のまま、「麒麟です、よろしくお願いします」まで言ってしまう。
  • 「えっ、麒麟って誰?」
  • (賞レースで「続いては麒麟さんです」と紹介を受けて、)「麒麟さんです」。
  • 鼻で笑ってから「麒麟です」。
  • 川島が「せーの、麒麟です」と言いながら、田村と2人で右手を伸ばして(麒麟をイメージ)、足を横に出す(その時川島の左手はマイクにそえる)。
  • 単独ライブ(キリリン!)では、「キリリンです」。

[編集] 茶色いもの

ネタ中に田村が川島に例えられる茶色いもの。

など


[編集] 受賞歴

その他
  • M-1グランプリ2001 決勝進出 - 5位
  • M-1グランプリ2003 決勝進出 - 8位
  • M-1グランプリ2004 決勝進出 - 3位
  • M-1グランプリ2005 決勝進出 - 3位(決勝1回戦の時点では2位)
  • M-1グランプリ2006 決勝進出 - 3位
  • 爆笑オンエアバトル 第6回チャンピオン大会 (2004年) 6位
  • 爆笑オンエアバトル 第7回チャンピオン大会 (2005年) 6位

[編集] 現在の出演番組

[編集] テレビ

レギュラー
準レギュラー

[編集] ラジオ

[編集] 過去の出演番組

[編集] テレビ

単発番組
  • 目撃!麒麟のめったに見られんめずらシーン!(毎日放送)
  • 麒麟の地獄温泉~ケータイクエスト~(読売テレビ)
  • 麒麟 On Sale!
  • ホームレス中学生 ドバイへ行く!(2008年10月26日・フジテレビ系)
ドラマ

[編集] ラジオ

[編集] CM

[編集] CD

  • ガチコラ
    小室哲哉と多数芸人のコラボレーションCD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
  • サイクリング リサイクル
    テレビ東京系アニメ『ケロロ軍曹』7代目エンディング曲(第117~141話)。ひらがな表記の「きりん」という名での発売である。作詞も担当(作詞のクレジットは漢字で「麒麟」と表記されていた)。プロデュースは「ガチコラ」でもプロデュースを担当した小室哲哉。こちらにもカップリングとして「rice to life」が入っている。
  • 大阪にはいっぱいあるんやでぇ~の歌(R and C YOSHIMOTO)
    吉本芸人によるケンミンSHOWオリジナルバージョンCD

[編集] DVD

  • 『キリン!キリン!キリン!』(2004年)…同年7月に大阪MIDシアターで行われた単独ライブを収録。
  • 『キリリン!』(2006年)…2005年8月に大阪のなんばHATCHで行われた単独ライブを収録。
  • 『新風baseよしもとネタトウタ2004』(2004年)…2004年秋、Zeep OSAKAで行われた新生baseよしもとを記念するライブを収録。
  • 『ガチコラ』(2006年)…小室哲哉と多数芸人のコラボレーションDVD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
  • バトルオワライヤル(YOSHIMOTO WORKS)
  • ダイナマイト関西2006 ~オープントーナメント大会~(R and C 2006年12月6日
  • M-1グランプリ2001完全版 ~そして伝説は始まった~
  • M-1グランプリ2002完全版 ~その激闘のすべて~伝説の敗者復活戦45組をすべて収録
└敗者復活戦のみ。
  • M-1グランプリ2003完全版 ~M-1戦士の熱き魂~
└川島が「サンバ・デ・ジャネイロ」を歌った部分は著作権上の理由で完全にカット。
  • M-1グランプリ2004完全版 ~いざ!M-1戦国時代へ“東京勢の逆襲”~
  • M-1グランプリ2005完全版 ~本命なきクリスマス決戦!“新時代の幕開け”~
  • M-1グランプリ2006完全版 史上初!新たなる伝説の誕生~完全優勝への道~
└決勝1回戦で川島がロッキーのテーマ「Gonna Fly Now」を歌った部分は著作権上の理由で音声カット。
  • 『ジラフ』(2008年)…2007年8月に新宿スペースゼロで行われた単独ライブを収録。

[編集] ライブ

2003年
  • 10月15日 - 「麒麟デス」(baseよしもと/大阪)
  • 12月14日 - 「麒麟どす」(baseよしもと/大阪)
2004年
  • 02月29日 - 「麒麟だど」 (baseよしもと/大阪)
  • 04月25日 - 「麒麟ザマス」 (baseよしもと/大阪)
  • 05月21日 - 「キリンタン」 (baseよしもと/大阪) ※1Hトークライブ
  • 07月27日 - 「キリン!キリン!キリン!」 (baseよしもと/大阪)
  • 11月04日 - 「麒麟ナス」 (baseよしもと/大阪)
2005年
  • 08月16日 - 単独ツアー「キリリン!」 (SHIBUYA-AX/東京)
  • 08月23日 - 単独ツアー「キリリン!」 (なんばHatch/大阪)
  • 09月19日 - 単独ツアー「キリリン!」 (都南文化会館 キャラホール/岩手)
  • 09月21日 - 単独ツアー「キリリン!」 (徳島市立文化センター/徳島)
  • 09月22日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら~ほんとはもっとしゃべりたいねん 明日、祝日やしよってって~」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
2006年
  • 01月03日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら~ほんとはもっとしゃべりたいねん お年玉残っているうちにみにきてや~」(baseよしもと/大阪) ※田村のみ
  • 03月03日 - 「第一回田村裕」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
  • 03月28日 - 「いちねんぶ麟」 (baseよしもと/大阪)
  • 05月05日 - 「第二回田村裕」 (baseよしもと/大阪) ※田村のみ
  • 09月30日 - 「麒麟デシタ」 (baseよしもと/大阪) ※base最後の舞台
  • 10月16日 - 「麒々麟々」 (なかのZERO 大ホール/東京)
  • 10月17日 - 「麒々麟々」 (御堂会館/大阪)
  • 11月15日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
2007年
  • 01月24日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
  • 02月21日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
  • 03月19日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (SPACE107/東京)
  • 04月22日 - 「ルミネ麒麟ルミネ麒麟」 (ルミネtheよしもと/東京)
  • 05月28日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
  • 06月25日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
  • 08月05日 - 「ジラフ」 (なんばグランド花月/大阪)
  • 08月20日 - 「ジラフ」 (新宿スペース・ゼロ/東京)
  • 09月03日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (SPACE107/東京)
  • 10月29日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
  • 11月26日 - 「TOKYO麒麟ショー」 (新宿シアターモリエール/東京)
2008年
  • 04月01日 - 「春麒麟」 (草月ホール/東京)
  • 05月24日 - 「皐月麒麟」 (ルミネtheよしもと/東京)
  • 08月09日 - 「麒麟漫才ライブ~かわしまんざい、たむらいぶ~」 (道新ホール/札幌)
  • 08月17日 - 「麒麟漫才ライブ~かわしまんざい、たむらいぶ~」 (イムズホール/福岡)
  • 08月20日 - 「麒麟漫才ライブ~かわしまんざい、たむらいぶ~」 (なんばHach/大阪)
  • 08月31日 - 「麒麟漫才ライブ~かわしまんざい、たむらいぶ~」 (品川ステラボール/東京)

[編集] 外部リンク

先代:
2004年
笑い飯
MBS新世代漫才アワード
グランプリ
(2005年)
次代:
2006年
NON STYLE