十津川村
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十津川村(とつかわむら)は奈良県の最南端に位置する村。北方領土を除けば日本一広い面積を持つ村として知られている。奈良県内において実質公債費比率が最も低い市町村である。
天気予報の発表区分および気象警報・注意報の発表区分は「奈良県全域 > 奈良県南部 > 奈良県南西部」、衆議院選挙区は「奈良4区」となっている。
目次 |
[編集] 地理
- 東西幅33.4km、南北幅32.8km。
- 村の中央部を十津川が南流する。
[編集] 隣接する自治体
[編集] 歴史
- 1863年、天誅組に十津川郷士が募兵により参加。
- 1889年、大水害により村落が大部分で壊滅状態になり、北海道へ移住。新十津川村を開拓。
- 1890年6月19日、東十津川村、西十津川村、南十津川村、北十津川村、中十津川村、十津川花園村が合併して、十津川村が誕生。
- 2004年7月1日、『紀伊山地の霊場と参詣道』が、ユネスコの世界遺産委員会により「世界遺産一覧表」(文化遺産)に登録された。
[編集] 行政
[編集] 県の機関
[編集] 経済
[編集] 産業
林業、農業、鮎など川魚の養殖・加工が主たる産業になっている。主な特産物は鮎の加工品、山菜、ゆうべし等。
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 地域
- 村内は55の大字に分かれる。
[編集] 人口
| 十津川村と全国の年齢別人口分布図(比較) | 十津川村の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は十津川村
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
- 人口増加率(2002年→2007年) : -10.8%
[編集] 教育
- 奈良県立十津川高等学校 歴史上継続性のある前身を含めると創立が元治元年という県内最古の高等学校であり、十津川郷士が孝明天皇の勅許によって創った。
- ※2008年(平成20年)4月現在、奈良県内の高校(国立・私立を含む)で「奈良県南部」の天気予報・気象警報・注意報発表区分内に位置するのはこの十津川高校のみである。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
- なし
[編集] バス
- 十津川村営バス
- バスの幹線と支線をわける十津川方式は、全国的にも有名な方式である。
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] レジャー
[編集] 観光
- 谷瀬の吊り橋
- 笹の滝
- 瀞峡
- 釈迦ヶ岳
- 寺社
- 野猿 - 十津川村は紀伊山地の深い山奥に位置し、急峻な峡谷と急流により、古来河川両岸の相互交通が非常に困難であった。 そのため河川の両側に綱を渡し、野猿(やえん)を設置する事で独自の交通事情を形成してきた歴史がある。
- 熊野古道 小辺路
[編集] 祭り
[編集] 十津川村出身の有名人
[編集] その他
- 西村京太郎の推理小説に多く登場する十津川省三警部の名前は十津川村に由来している。西村がたまたま見ていた日本地図でこの地名を見かけたことから。
- 北海道の新十津川町は1889年(明治22年)8月に十津川村を襲った豪雨を機に村民が集団移住、開拓した町。十津川村と新十津川町は同じ村(町)章を用いている。人口及び人口密度はいずれも新十津川町の方が上回っている。
[編集] 外部リンク
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