1966 FIFAワールドカップ
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サッカーの世界大会である第8回FIFAワールドカップは1966年にサッカーの母国と呼ばれるイングランドで開催された。イングランドは決勝で西ドイツを4対2で破り、史上5カ国目の初優勝を遂げた。
目次 |
[編集] 概要
前回と同じ大会方式で行われた。地域予選を突破した16チームを4カ国ずつ4つのグループに分け、各グループの1位と2位チームが決勝ラウンドに進出する。
観客数は歴代の大会の中で最多であったが、ディフェンス戦術の進化により、50年代に多く見られた双方ノーガードで壮絶に殴り合うような凄まじい点の取り合いや前回大会のようなゴールラッシュは激減、最小限の得点を守りきるという長丁場を乗り切るため省エネを意識した戦いが主流となった。アルフ・ラムゼイ監督に率いられたイングランド代表はその典型で、グループAを1位で通過したが3試合の合計得点は僅かに4点、しかしながら名DFボビー・ムーア、ジャッキー・チャールトンや名GKゴードン・バンクスの活躍により失点は0であった。ウルグアイが2位で通過し、メキシコとフランスがそれぞれ3位と4位で大会を去った。今大会をもって引退したメキシコのGKアントニオ・カルバハルは実に「5大会連続出場」という前人未到のワールドカップレコードを打ち立てた(後に98年フランス大会でドイツのローター・マテウスがタイ記録を達成)。
グループBは、西ドイツとアルゼンチンがそれぞれ2勝1引き分けの勝ち点5でグループを通過した。西ドイツは20歳の新星フランツ・ベッケンバウアーが華々しくデビュー、早くもレギュラーに定着して4得点を挙げ決勝進出にも大きく貢献した。スペインはスイスに勝利した勝ち点2のみであり、スイスは3連敗を喫して共に姿を消している。
グループCでは前回優勝国のブラジルが、ポルトガルとハンガリーの後塵を拝する形で3位となり、ブルガリアと共に予選ラウンドで姿を消したため大会3連覇は成らなかった。前回優勝国が1次ラウンドで敗退するというショッキングかつ屈辱的な結果はワールドカップ史上初であった。この不名誉な記録は2002年に日韓大会でフランスが敗退するまでブラジルが独占することになる。しかし、エースのペレ、ガリンシャを潰すため露骨なまでに悪質なファウルを繰り返したブルガリアとポルトガルの「勝つためには手段を選ばない」態度はFIFAに危機感を抱かせるに充分であり、次回からダーティなラフプレーを防止すべくレッドカード、イエローカードが導入される呼び水となる。
グループDでは初出場の北朝鮮がパク・ドゥイクのシュートによりイタリアを1ー0で下して”W杯史上最大の番狂わせ”を起こし、台風の目となった。この結果、北朝鮮は1勝1敗1分のグループ2位となり、アジア勢としてのW杯初勝利と予選リーグ初突破を果たしてソ連と共に決勝ラウンドに進出した。なお、イタリアの選手たちはこっそり帰国したものの、ローマの空港で待ち構えていた怒り心頭のファンの集団に見つかり、腐ったトマトを投げつけられるという“屈辱”を味わっている。前回ホスト国で3位入賞の健闘を見せたチリだったが、今回は全く良いところなく2敗1引き分けとグループ最下位で大会を去った。
準々決勝で西ドイツはウルグアイを4ー0の大差で下した。北朝鮮はポルトガルを前半25分までに3ー0とリードしており、準決勝進出は確実と思われた。しかし、今大会の得点王となる”モザンビークの黒豹”エウゼビオが4得点を決め、同じくポルトガル代表のアウグストが後半33分に5点目を決め、ワールドカップレコードとなる大逆転で5-3と試合を引っくり返して準決勝に進出した。ソ連はGKレフ・ヤシンの鉄壁の守備でハンガリーを1点に抑え、2ー1で下した。イングランドはアルゼンチンを1ー0で下し、4試合連続無失点で終えた。
準決勝はいずれも2ー1であった。ベッケンバウアーが決勝点を挙げた西ドイツがソ連を下し、ボビー・チャールトンが2得点を決めたイングランドがポルトガルを下した。無失点を続けてきたイングランドだったが、ここでエウゼビオにPKを決められて遂に初失点を記録してしまう。
地元イングランドと西ドイツの顔合わせとなった決勝戦はサッカーの総本山、ロンドンのウェンブリーで行われ、観客数は97,000人に達した。試合は追いつ追われつの展開で両雄相譲らず、2ー2で延長戦に突入した。そしてワールドカップ史上最大の議論を巻き起こした問題のシーンが延長前半10分過ぎに訪れる。ジェフ・ハーストがシュートを放ち、クロスバーに当たりほぼ真下に跳ね返った後、西ドイツの選手によってクリアされた。ゴールを確認できなかった主審は線審に確認を求め、線審は得点が決まったと伝えたため、イングランドが3ー2とリードした。西ドイツ側はこの判定に猛然と抗議したが覆らなかった。サッカーで得点が認められるためには、ボールがゴールラインを完全に越える必要があり、当時から実際にゴールが決まったかどうか、激しい議論の的になった。スローモーションも多元中継も無かった当時の技術では、一般の視聴者だけでなく専門家であっても得点を判断するのは不可能であった。1995年にオックスフォード大学の研究者が、当時最新のコンピュータを用いた解析を行い、ボールは線上にあり、得点は認められるべきではなかったと発表した。いずれにしろ主審が得点を認めた判断が尊重され、記録に残ることになる。ドイツでは今も「あれはノーゴール」として認めていない。ハーストは120分にもゴールを決め、ワールドカップ史上唯一となる決勝でのハットトリックを達成、試合を4ー2と決定的にした。ゴールの笛を試合終了の笛と勘違いした観客がピッチになだれ込み、その後まもなく試合終了の笛も吹かれた。なお、その後のイングランド代表は1990年イタリア大会でのベスト4が最高成績であり、決勝進出を果たしたのは今大会のみという状況である。正にワンチャンスをモノにした感が深いイングランドの優勝であった。
イングランド代表は、優勝式典で女王エリザベス2世から、ジュール・リメ杯を受け取った。
- 優勝 : イングランド
- 準優勝 : 西ドイツ
- 3位 : ポルトガル
- 4位 : ソ連
- 得点王 : 9得点
- エウゼビオ (ポルトガル)
[編集] 出場国
ヨーロッパ
イングランド(開催国・5大会連続5度目)
イタリア(2大会連続6度目)
スイス(2大会連続6度目)
西ドイツ(4大会連続6度目、旧ドイツ時代を含む)
ハンガリー(4大会連続6度目)
フランス(2大会ぶり6度目)
スペイン(2大会連続4度目)
ソビエト連邦(現ロシア)(3大会連続3度目)
ブルガリア(2大会連続2度目)
ポルトガル(初出場)
南米
北中米カリブ海
メキシコ(5大会連続6度目)
アジア
朝鮮民主主義人民共和国(初出場)
[編集] 第1ラウンド
[編集] グループ A
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 1 | 0 | 4 | 0 | +4 | 5 | |
| 3 | 1 | 2 | 0 | 2 | 1 | +1 | 4 | |
| 3 | 0 | 2 | 1 | 1 | 3 | -2 | 2 | |
| 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 5 | -3 | 1 |
| 1966年7月11日 19:30 |
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| イングランド |
0 – 0 | ウェンブリー・スタジアム ロンドン 観客数: 87,000人 主審: Zsolt (ハンガリー) |
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| 1966年7月13日 19:30 |
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| メキシコ |
1 – 1 | ウェンブリー・スタジアム ロンドン 観客数: 69,000 主審: Menachem Ashkenazi (イスラエル) |
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| ボルハ 48分 | オーセール 62分 |
| 1966年7月15日 19:30 |
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| ウルグアイ |
2 – 1 | ホワイトシティ・スタジアム ロンドン 観客数: 40,000人 主審: Galba (チェコスロバキア) |
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| ローシャ 26分 コルテス 31分 |
ド・ブールゴワン 15分(PK) |
| 1966年7月16日 15:00 |
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| イングランド |
2 – 0 | ウェンブリー・スタジアム ロンドン 観客数: 92,000人 主審: Lo Bello (イタリア) |
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| B.チャールトン 37分 ハント 75分 |
| 1966年7月19日 16:30 |
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| ウルグアイ |
0 – 0 | ウェンブリー・スタジアム ロンドン 観客数: 61,000人 主審: Lööw (スウェーデン) |
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| 1966年7月20日 19:30 |
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| イングランド |
2 – 0 | ウェンブリー・スタジアム ロンドン 観客数: 98,000人 主審: Yamasaki (ペルー) |
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| ハント 38分、75分 |
[編集] グループ B
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 2 | 1 | 0 | 7 | 1 | +6 | 5 | |
| 3 | 2 | 1 | 0 | 4 | 1 | +3 | 5 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 4 | 5 | -1 | 2 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 1 | 9 | -8 | 0 |
| 1966年7月12日 19:30 |
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| 西ドイツ |
5 – 0 | ヒルズボロ・スタジアム シェフィールド 観客数: 36,000人 主審: Phillips (スコットランド) |
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| ヘルト 16分 ハーラー 21分、77分(PK) ベッケンバウアー 40分、62分 |
| 1966年7月13日 19:30 |
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| アルゼンチン |
2 – 1 | ヴィラ・パーク バーミンガム 観客数: 48,000人 主審: Rumenchev (ブルガリア) |
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| アルティメ 65分、77分 | オウンゴール 71分 |
| 1966年7月15日 19:30 |
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| スペイン |
2 – 1 | ヒルズボロ・スタジアム シェフィールド 観客数: 32,000人 主審: Tofik Bakhramov (ソ連) |
|
| サンチース 57分 アマーロ 75分 |
クエンティン 31分 |
| 1966年7月16日 15:00 |
|||
| アルゼンチン |
0 – 0 | ヴィラ・パーク バーミンガム 観客数: 51,000人 主審: Zečević (ユーゴスラビア) |
|
| 1966年7月19日 19:30 |
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| アルゼンチン |
2 – 0 | ヒルズボロ・スタジアム シェフィールド 観客数: 31,000人 主審: Campos (ポルトガル) |
|
| アルティメ 52分 オネガ 79分 |
| 1966年7月20日 19:30 |
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| 西ドイツ |
2 – 1 | ヴィラ・パーク バーミンガム 観客数: 51,000人 主審: Marques (ブラジル) |
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| エメリッヒ 39分 ゼーラー 84分 |
フュステ 23分 |
※西ドイツが得失点差でグループ1位に。
[編集] グループ C
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 3 | 0 | 0 | 9 | 2 | +7 | 6 | |
| 3 | 2 | 0 | 1 | 7 | 5 | +2 | 4 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 4 | 6 | -2 | 2 | |
| 3 | 0 | 0 | 3 | 1 | 8 | -7 | 0 |
| 1966年7月12日 19:30 |
|||
| ブラジル |
2 – 0 | グディソン・パーク リヴァプール 観客数: 48,000人 主審: Tschenscher (西ドイツ) |
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| ペレ 15分 ガリンシャ 63分 |
| 1966年7月13日 19:30 |
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| ポルトガル |
3 – 1 | オールド・トラッフォード マンチェスター 観客数: 37,000人 主審: Leo Callaghan (ウェールズ) |
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| アウグスト 1分、67分 トーレス 90分 |
ベネ 60分 |
| 1966年7月15日 19:30 |
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| ハンガリー |
3 – 1 | グディソン・パーク リヴァプール 観客数: 52,000人 主審: Ken Dagnall (イングランド) |
|
| ベネ 2分 ファルカシュ 64分 メソーイ 73分(PK) |
トスタン 14分 |
| 1966年7月16日 15:00 |
|||
| ポルトガル |
3 – 0 | オールド・トラッフォード マンチェスター 観客数: 26,000人 主審: Codesal (ウルグアイ) |
|
| オウンゴール(ブツォフ) 17分 エウゼビオ 38分 トーレス 81分 |
| 1966年7月19日 19:30 |
|||
| ポルトガル |
3 – 1 | グディソン・パーク リヴァプール 観客数: 62,000人 主審: McCabe (イングランド) |
|
| シモーエス 15分 エウゼビオ 27分、 85分 |
リウド 70分 |
| 1966年7月20日 19:30 |
|||
| ハンガリー |
3 – 1 | オールド・トラッフォード マンチェスター 観客数: 22,000人 主審: Goicoechea (アルゼンチン) |
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| オウンゴール(ダヴィドフ) 43分 メソーイ 45分 ベネ 54分 |
アスパルホフ 15分 |
[編集] グループ D
| チーム | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 勝ち点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 | 3 | 0 | 0 | 6 | 1 | +5 | 6 | |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 4 | -2 | 3 | |
| 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 2 | 0 | 2 | |
| 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 5 | -3 | 1 |
| 1966年7月12日 19:30 |
|||
| ソビエト連邦 |
3 – 0 | アイルサム・パーク ミドルスブラ 観客数: 22,000人 主審: Gardeazábal (スペイン) |
|
| マロフェイエフ 31分、88分 バニシェフスキー 33分 |
| 1966年7月13日 19:30 |
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| イタリア |
2 – 0 | ローカー・パーク サンダーランド 観客数: 30,000人 主審: Gottfried Dienst (スイス) |
|
| マッツォーラ 8分 バリソン 88分 |
| 1966年7月15日 19:30 |
|||
| 朝鮮民主主義人民共和国 |
1 – 1 | アイルサム・パーク ミドルスブラ 観客数: 16,000人 主審: Kandil (エジプト) |
|
| 朴承振 88分 | マルコス 26分(PK) |
| 1966年7月16日 15:00 |
|||
| ソビエト連邦 |
1 – 0 | ローカー・パーク サンダーランド 観客数: 27,800人 主審: Kreitlein (西ドイツ) |
|
| チスレンコ 57分 |
| 1966年7月19日 19:30 |
|||
| 朝鮮民主主義人民共和国 |
1 – 0 | アイルサム・パーク ミドルスブラ 観客数: 18,000人 主審: Schwinte (フランス) |
|
| 朴斗翼 42分 |
| 1966年7月20日 19:30 |
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| ソビエト連邦 |
2 – 1 | ローカー・パーク サンダーランド 観客数: 22,000人 主審: Adair (北アイルランド) |
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| パルクヤン 28分、85分 | マルコス 32分 |
[編集] 決勝トーナメント
| 準々決勝 | 準決勝 | 決勝 | ||||||||
| 7月23日-シェフィールド | ||||||||||
| |
4 | |||||||||
| 7月25日-リバプール | ||||||||||
| |
0 | |||||||||
| |
2 | |||||||||
| 7月23日-サンダーランド | ||||||||||
| |
1 | |||||||||
| |
2 | |||||||||
| 7月30日-ロンドン | ||||||||||
| |
1 | |||||||||
| |
2 | |||||||||
| 7月23日-リバプール | ||||||||||
| |
4 | |||||||||
| |
5 | |||||||||
| 7月25日-ロンドン | ||||||||||
| |
3 | |||||||||
| |
1 | 3位決定戦 | ||||||||
| 7月23日-ロンドン | ||||||||||
| |
2 | |||||||||
| |
1 | |
2 | |||||||
| |
0 | |
1 | |||||||
| 7月28日-ロンドン | ||||||||||
[編集] 準々決勝
| 1966年7月23日 15:00 |
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| ポルトガル |
5 – 3 | グディソン・パーク リヴァプール 観客数: 51,780人 主審: Menachem Ashkenazi (イスラエル) |
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| エウゼビオ 27分、43分(PK)、56分、59分(PK) アウグスト 80分 |
朴承振 1分 李東雲 22分 楊成国 25分 |
| 1966年7月23日 15:00 |
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| 西ドイツ |
4 – 0 | ヒルズボロ・スタジアム シェフィールド 観客数: 34,000人 主審: Finney (イングランド) |
|
| ハーラー 11分、83分 ベッケンバウアー 70分 ゼーラー 75分 |
| 1966年7月23日 15:00 |
|||
| ソビエト連邦 |
2 – 1 | ローカー・パーク サンダーランド 観客数: 22,100人 主審: Gardeazábal (スペイン) |
|
| チスレンコ 5分 パルクヤン 46分 |
ベネ 57分 |
| 1966年7月23日 15:00 |
|||
| イングランド |
1 – 0 | ウェンブリー・スタジアム ロンドン 観客数: 90,000人 主審: Kreitlein (西ドイツ) |
|
| ハースト 78分 |
[編集] 準決勝
| 1966年7月25日 19:30 |
|||
| 西ドイツ |
2 – 1 | グディソン・パーク リヴァプール 観客数: 38,300人 主審: Lo Bello |