印南町
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[編集] 地理
印南町は和歌山県中部の海岸寄りに位置しており南西部はほんの少しだけ海にかかるが他はほとんど紀伊山地の西の端に当たる山林地帯である。海側の土地は黒潮の影響で温暖、海岸段丘も見られるためスイカやエンドウや花卉などの栽培が盛んである。山側は標高が高くいたって寒冷な気候であり、冬には降雪も見られる。町内を切目川、印南川、王子川が流れている。2003年度の年間平均気温はおよそ17℃、年間平均降雨量はおよそ2040mmである。
[編集] 隣接する自治体
印南町は以下の自治体と隣接している。
[編集] 人口
| 印南町と全国の年齢別人口分布図(比較) | 印南町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は印南町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 歴史
印南町の中心集落印南は印南港に面した港町であるが、その印南港は古くは印南浦とも呼ばれ大変漁業の盛んなところであった。
- 1889年(明治22年)、町村制が施行され、印南村、稲原村、切目村、切目川村、真妻村の5村が誕生。
- 1900年(明治33年)4月16日、印南村が町制施行され、印南町となる。
- 1956年(昭和31年)9月30日、印南町と稲原村が合併し印南町に、切目村と切目川村(羽六・宮ノ前・古屋地区)が合併し切目川村に、真妻村と切目川村(古井・下津川・見影・脇ノ谷・樮川地区)が合併し安住村となる。
- 1957年(昭和32年)8月1日、印南町・切目川村・安住村が合併し印南町となる。
- 1959年(昭和34年)4月1日、明神川地区の一部が御坊市に移し渡され現在に至る。
[編集] 行政
町長は玄素彰人(げんそ あきひと)である。玄素氏は1973年(昭和48年)4月17日生まれで、現職では日本最年少の首長である(2008年3月現在)。
[編集] 経済
2000年の統計によると
- 第一次産業就業人数は1798名、
- 第二次産業就業人数は1280名、
- 第三次産業就業人数は2039名
である。
[編集] 産業
スイカやエンドウや花卉などの栽培が盛んである。栽培されているエンドウは、主に「きぬさや」と「うすい」である。
[編集] 姉妹都市・提携都市
なし。
[編集] 教育
- 町内に大学・高等学校はない。
- 中学校
- 印南町立稲原中学校(いなはら、印南町印南原1743)
- 印南町立印南中学校(いなみ、印南町印南2145)
- 印南町立切目中学校(きりめ、印南町西ノ地1352)
- 印南町立清流中学校(せいりゅう、印南町古井5、[1])
- 小学校
- 印南町立稲原小学校(いなはら、印南町印南原4955)
- 印南町立印南小学校(いなみ、印南町印南1915)
- 印南町立上洞小学校(かぼら、印南町上洞807)
- 印南町立切目小学校(きりめ、印南町西ノ地536)
- 印南町立切目川小学校(きりめがわ、印南町羽六776、[2])
- 印南町立真妻小学校(まづま、印南町皆瀬川227)
[編集] 交通
[編集] 鉄道
町内には西日本旅客鉄道(JR西日本)紀勢本線が通っており、このあたりでは普通列車は1時間に1本くらいの割合で運行されている。代表駅は印南で、この駅には特急列車は停車しないが快速列車も含めすべての普通列車が停車する。切目駅と稲原駅には快速は停車せず各駅停車のみが停車する。
[編集] バス
- 御坊南海バス:印南線、真妻線(日裏線)
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 行事
- 産業祭り
- 山口八幡宮秋祭
- 印南八幡宮秋祭
- 川又観音会式
[編集] 観光
- 川又観音
- 切目王子神社
- 畑峰地蔵
- 観光地曳網
- 真妻山
- かえる大橋
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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