DCブランド
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DCブランド(でぃーしーぶらんど)とは1980年代中盤に日本でブームとなった、日本の衣服のデザイナーズブランドとキャラクターズブランドの総称。
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[編集] 概要
「デザイナーズブランド」と「キャラクターズブランド」の概念は下記のとおりであるが、1980年代中盤当時に日本でブームとなった「DCブランド」そのものとは全く異なるの注意が必要である。
[編集] デザイナーズブランド
デザイナーがブランドのイメージづくりから商品の企画、制作(多くの場合、春夏と秋冬2回のコレクション)あるいは服の生産まで、主導的な立場で関わる。デザイナー自身が会社の経営者または経営権を持つことも多いが、「クリスチャン・ディオール」や「グッチ」のようにそれに当らない場合もある。代表的なものは、「ジョルジオ・アルマーニ」、「ドルチェ・アンド・ガッバーナ」など。
川久保玲の率いる「コム・デ・ギャルソン」、「コム・デギャルソン・オム・プリュス」は日本におけるオーナー=デザイナーのひとつの典型的な例と言える。他に、高橋盾の「アンダーカバー」、「アンダーカバイズム」など。
[編集] キャラクターズブランド
企業の経営戦略として、企業経営者がイメージづくりから商品製作まで主導的立場を取る。特定のイメージ(=キャラクター)を消費者に打ち出すことが企業戦略の核となる。基本的に日本の業界用語であるため、あまり海外ブランドがこう呼ばれることはない。
日本での代表的なキャラクターブランドに「ピンクハウス」など。海外においては、「DIESEL(ディーゼル)」などのカジュアルブランドを近似したものとして挙げることができる。またクリスチャン・ディオールなどのライセンスを日本で展開する場合なども、一種のキャラクター展開と考えられる。
[編集] 「DCブランドブーム」
1980年代初頭に「anan」や「POPEYE」などのマガジンハウス社が発行する雑誌を中心に火がつき、その後「JJ」などの他社の雑誌も取り上げるようになり全国の一般層に広まった。なお、これと同時にこれらのDCブランドの店舗の販売員が「ハウスマヌカン」という符丁で取り上げられるようになり、合わせて人気職種となった。
ブームの全盛期は1983年頃から1987年頃までであり、絶頂期のセールの時期には、これらのブランドの店舗が入っていた「丸井」や「PARCO」などのファッションビルやデパートの周辺に朝早くから行列ができるほどであったが、1985年に始まったバブル景気の全盛期と、それを巻き起こした急激な円高を背景にした「ジョルジオ・アルマーニ」や「ラルフ・ローレン」などの高級輸入ブランドの国内市場への本格的進出や、ボディコンブームなどによって1980年代後半に終焉した。
なおこのブームは日本国内においてのみ起きたものであり、実際に流行となったブランドも、「コムデギャルソン」や「Y`s」、「イッセイミヤケ」などの一部を除いては、日本以外での人気、知名度ともに皆無のものがほとんどであった。
[編集] 「DCブランド」当時に流行したブランド
- ビギ
- メンズ・ビギ
- バルビッシュ
- メルローズ
- メンズ・メルローズ
- ピンクハウス
- カールヘルム
- コムサ・デ・モード
- コムサ・デ・モード・メン
- ペイトンプレイス
- ペイトンプレイス・フォー・メン
- ニコル
- ムッシュ・ニコル
- ニコルクラブ
- ニコルクラブ・フォー・メン
- FICCE UOMO
- タケオキクチ
- Ba-tsu
- Men`s Ba-tsu
- PERSON`S
- PERSON'S FOR MEN
- フランドル
- メンズ・フランドル
- TENORAS
- K-FACTORY
- VIVA YOU
- ATELIER SAB
- POSH BOY
- PAZZO
- ABA-HOUSE
- MILK
- MILK BOY
- PASHU
- アーストン・ボラージュ
- GRASS MENS
- JUN
- JUN MEN
- DOMON

