アシュリー・コール

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アシュリー・コール
名前
本名 アシュリー・ドノヴァン・コール
愛称 アッシュ キャシュリー
ラテン文字 Ashley COLE
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1980年12月20日(27歳)
出身地 ロンドン
身長 172cm
体重 67kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 チェルシー
ポジション DF(LSB)
背番号 3
利き足 左足
代表歴
2001– イングランド 64 (0)
2008.6.3現在


Template(ノート 解説)サッカー選手pj

アシュリー・コールAshley Cole, 1980年12月20日 - )は、イギリスロンドン出身のイングランド代表サッカー選手DF)。

[編集] 経歴

地元アーセナルの下部組織に加入し、クリスタル・パレスへ一時在籍した後、アーセナルへ復帰。持ち前の突破力と的確なクロスでレギュラーを掴み、2001-2002シーズンにはFAプレミアリーグFAカップでそれぞれ優勝を収めた。

その活躍が認められ、2001年3月28日アルバニア戦でイングランド代表デビューを果たし、2002年日韓W杯では5試合に出場した。

2005年にはアーセナルの許可なしにチェルシーがコールに不正交渉し処分された。その後もレアル・マドリードなど移籍の噂が絶えなかった。結局、2006年にはウィリアム・ガラス+700万ユーロとのトレードでチェルシーに移籍。その経緯のせいで古巣アーセナルのファンからは今でもブーイングが絶えず、その金満な姿勢からイングランド中のファンから「Cashley=キャシュリー」(Cash=金)というあだ名が付けられた。しかし別のインタビューではアーセナルが英国のクラブであるのにもかかわらず、クラブ内で主にフランス語が話されていると告白し、英国人の自分が馬鹿にされているのではと思った、との話から環境的な理由もあったと伺える。(フランス語については監督のアーセン・ベンゲルをはじめフランス語圏系の人間が多い影響もある、他にも過去に所属していたロベール・ピレスの同じような証言や、彼の友人であるMFジャーメイン・ペナントがアーセナル在籍時に「このチームでイングランド人は通用しない」などと平然と批判している。)

2006 FIFAワールドカップ後にイギリスの人気アイドルグループ、ガールズ・アラウドのシェリル・トウィーディと2年の付き合いの末に結婚した。しかし2008年1月、英大衆紙サンにヘアスタイリストとの浮気が暴露され、以来トウィーディが結婚指輪を外しており、離婚の危機に瀕している。

[編集] プレースタイル

ハイボール処理と対人プレーには多少難があるものの、ライン際の駆け引き、フェイント、連携の全てに秀でる。スピードに特筆すべきものがあり、アーセナル時代にはアンリピレスと絡んでのオーバーラップは敵チームに脅威をあたえていた。加えて粘り強い守備に定評あり。安易にファールを献上しない正確なスライディングタックルの技術はヨーロッパの中でも随一。元々は前線を担っていただけに攻撃も得意。無駄走りも厭わない無尽蔵のスタミナも備える。現在では、世界一の左サイドバックとの呼び声も高い。加入した序盤はあまり馴染めずにいたものの徐々に順応していき、レギュラーとしてチェルシーの左サイドを守っている。しかし怪我が多く離脱が多々あるのが欠点。(これはウェイン・ブリッジも同様)

プレー中は、やや熱くなりがちだが、闘志あふれるそのメンタリティーはスター軍団・チェルシーにおいても特筆すべきものである。 高速ドリブルには定評があり、同僚のフランク・ランパードらからも絶賛されている。しかしレフティーにありがちだが、プレイ中のタッチの9割は、ほぼ左足である。

またそのスピードとチェックの的確さ、体の使い方の巧さから、そう易々とは相手のサイドプレイヤーにセンタリングを上げさせない。その強固さにおいては、同じプレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドで右サイドハーフを務め、世界屈指のドリブルテクニックを誇るクリスティアーノ・ロナウドさえも「最も苦手なDF」と語っていたほどである。

[編集] 選手経歴

ウィキメディア・コモンズ
→1999年-2000年 イングランドの旗 クリスタル・パレス(loan)