福島県立会津高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

福島県立会津高等学校
画像:GazouBoshu.png
過去の名称 私立会津中学校
会津尋常中学校
会津中学校
福島県立会津中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 福島県
校訓 好学愛校
文武不岐
設立年月日 1890年4月3日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 単位制
設置学科 普通科(8学級)
高校コード 07132D
所在地 965-0831
福島県会津若松市表町3-1
電話番号 0242-28-0211
FAX番号 0242-28-6680
外部リンク 公式サイト
テンプレート/ノート

福島県立会津高等学校(ふくしまけんりつあいづこうとうがっこう)は、福島県会津若松市表町に所在する県立高等学校

目次

[編集] 概要

旧制会津中学校を前身とする県内有数の受験校。通称会高(かいこう)。同市には読み方が同じ会津工業高校が有るが、「会工」と区別している。旧制中学時代は「会中(かいちゅう)」と呼ばれていた。遠方から通学する生徒もおり、奥会津地域の生徒を中心に単身下宿している生徒も存在する。以前は男子校であったが2002年度から共学化された。

[編集] 設立の経緯

設立当時、会津藩戊辰戦争での敗北により会津地域は壊滅状態にあり、再興が急務であった。1882年、旧会津藩士らは資金を出し合い、会津藩日新館の流れを汲む私立日新館を設立した。

県令・山吉盛典は1879年、福島・若松・三春・平に中学校を開設したが、県議会の反対により11ヶ月で廃校になる。1884年、福島・若松・平に県立中学校が再び開校されるが、1886年、政府の1県1中学校の中学校令の発布により福島中学校(現福島県立安積高等学校)を残して廃校した。

このため若松では旧藩士らが「私立」の形で会津中学校設立を目指す。会津若松市(当時は若松市)初代市長・秋山清八は県議会議員時代、福島県知事を勤めたのち警視総監に栄転した折田平内に設立の旨を訴えた。折田は1887年、「会津中学校設立趣意書」を書き、会津地域の郡長や在京有力者に働きかける。この活動により最終的に文部大臣榎本武揚が動き、明治天皇から御下賜金300円を受ける。会津では旧会津藩士で東京高等師範学校(現筑波大学)校長であった山川浩、その弟で東京帝国大学(現東京大学)総長の山川健次郎、福島県裁判所検事・高木盛之輔らが山里を訴えて回った。

1888年磐梯山の噴火などもあり寄付金集めは難航したが、旧藩士らが国からの就産金を贈り一気に開校へ。47,850円(現在の価値に換算して2億円程度)の創立資本金をもって会津高校の前身である私立会津中学校の開校が実現した。

[編集] 沿革

[編集] 校章・校歌

  • 校章は会津の「会」の旧字体「會」を松葉で囲んだもので、1903年に制定された。
  • 校歌は1922年に「駒のいななき」が制定されるが、戦前軍国主義的な歌詞を含むものであった。1948年、民主主義にふさわしい新校歌をつくるべきとの意見が多くなり、校歌制定委員会を設置。委員会での審議の結果、作詞を同校出身の外交官で詩に堪能だった柳澤健に、作曲を古関裕而に依頼することに決定。1949年、現在の校歌が発表された。
  • 校歌のほか、応援歌2曲と凱旋歌、学而会歌、青春歌(創立110周年を記念して作られた。作詞作曲ともに生徒)がある。

[編集] カリキュラム

    オーラルコミニュケーションI 英語I 体育 保健 美術 音楽     情報C

     化学 物理 生物 英語Ⅱ ライティング 美術 音楽 体育 保健

※なお、理科総合B、地学、倫理は開講していない。          


[編集] 学校行事

  • 4月 入学式、前期始業式、対面式、実力考査、中田浜強歩大会
  • 5月 -1学年確認考査
  • 6月 - OB講演会、前期中間考査
  • 7月 -
  • 8月 - 実力考査(下旬)
  • 9月 - 前期期末考査、前期終業式
  • 10月 - 後期始業式、創立記念マラソン大会
  • 12月 - 後期中間考査
  • 1月 - 実力考査、高校入試I期選抜
  • 2月 - 後期期末考査
  • 3月 - 卒業式、高校入試II期選抜、後期終業式

[編集] 時習講演会

  • 会津中学校時代には、野口英世を招いて講演することもあった。
  • 時習講演会には過去にノーベル賞を受賞した湯川秀樹を招いたりするなど、各界の著名人や、会津高校卒業生(著名な出身者参照)が在校生に向けて熱いメッセージを残す場である。
  • 毎年、6月下旬に行われるこの行事だが、2008年度は北京オリンピック出場が決まった卒業生の、佐藤敦之氏を招く予定であった。しかし直前になって、8月の五輪に向けての調整や精神的な面での疲労をかけさせないよう、10月に延期となった。佐藤選手は、妻を連れての講演となり、結婚秘話等1時間半に渡って語り、その後パネルディスカッション形式で、質問等がなされた。

[編集] 中田浜強歩大会

  • 毎年4月下旬に行われ、学校から飯盛山方面を通り猪苗代湖畔・中田浜の学而会館、そこから更に学校まで戻る総延長約35キロの道のりを半日かけて歩く大会である。

[編集] 文化祭

  • 「学而祭」と呼ばれる。1948年に提案され、第1回学而祭が翌1949年9月23日から3日間開かれた。現在は、一般の市民も招き3日間にわたって開かれる公開学而祭が3年ごとにあり、その他の年は校内での開催であったが、2003年からは「青春祭」と呼ばれる体育祭を開催している。公開学而祭では生徒らの自主的な発表・運営のほか、各界の著名人を招いての講演が催される。第一回講演会にはノーベル賞受賞者である湯川秀樹が招かれた。その他桑原武夫広中平祐秋山仁などが過去に講演した。

[編集] 生徒会活動

  • 会津高校では、生徒会は「学而会」と呼ばれ、生徒による自治組織として活動している。1893年に発足。1941年5月22日からしばらく解散状態となる。この間「修練会」と名前を変え、戦時色の濃い勤労奉仕をしていたが、1945年の役員選挙とともに復活した。
  • 学而会の特徴的な活動として「剣舞委員会」がある。これは戊辰戦争で若くして命を落とした白虎隊の霊を慰める伝統的な剣舞を継承しており、春・秋に飯盛山の墓前祭での奉納を行う。
  • 会津高校は校歌、第一応援歌、第二応援歌、凱旋歌、学而会歌、青春歌等を伝統的に引き継ぐなどしている。

[編集] 部活動

部活動では、陸上・合唱・ディベートなどで成績を残しており、特にディベートは2006年に第11回ディベート甲子園で全国大会優勝を果たしている。

部活動一覧

[編集] 著名な出身者

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 政界

[編集] 官界

[編集] 財界

[編集] 学界

[編集] 文化界

[編集] スポーツ

[編集] 交通

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


この項目は、ウィキプロジェクト/学校の「高等学校のテンプレート」を使用しています。