竹山隆範

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竹山隆範(カンニング 竹山)
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本名: 竹山隆範
生年月日: 1971年4月2日(37歳)
出身地: 福岡県福岡市城南区
コンビ名: ター坊ケン坊(1990年〜1992年)
カンニング(1992年〜2006年)
立ち位置: 右(コンビ時代)
事務所: サンミュージック企画
活動時期: 1990年 - 現在
公式サイト: サンミュージックGET

竹山 隆範(たけやま たかのり、別名:カンニング竹山(かんにんぐ たけやま)) 1971年4月2日(戸籍上。実際は3月30日 - )は日本のお笑い芸人漫才師漫談師司会者俳優歌手ドラマーカンニングボケ担当。

身長は168cm、体重83.5kg。血液型はO型。所属事務所吉本興業渡辺プロダクション[1]→個人事務所(事務所名不詳)→サンミュージック企画→フリーフォークス(MANZAI-Cの個人事務所)を経て、現在はサンミュージック企画に所属している。

カンニング結成は1992年だが、本人は吉本興業福岡事務所(現:よしもとクリエイティブ・エージェンシー福岡事務所)1期生として、1990年ケン坊田中と「ター坊ケン坊」としてデビュー、芸能界入りしているため、後輩として振舞っているくりぃむしちゅーよりも本来は先輩である。くりぃむしちゅーが竹山のことをさん付けするのはそのためである。同期はナインティナインなど(※矢部は呼び捨てだが、岡村は竹山くんと呼んでいる)。

目次

[編集] 来歴

  • 福岡県福岡市城南区出身。福岡県立早良高等学校卒業。上京して大学卒業後芸人になるつもりだったが大学(高千穂商科大学帝京大学)を不合格になり、予備校に通う。
  • 1990年、浪人中だった小学校の同級生であるケン坊田中と「ター坊ケン坊」を結成しTNCのオーディション番組「第1回 お笑いめんたいこ」で優勝するが、活動前に解散。吉本興業福岡事務所の第一期生としてテレビ出演していたが(博多華丸・大吉コンバット満らが同期に当たる)、その後仕事が減り単身で逃げるように上京、たまたま東京の定食屋で中島忠幸(当時まだ板前を福岡でしていた)と出会う。
  • 1992年、「カンニング」を結成し渡辺プロダクション所属となる。その後独立し個人事務所を設立したがうまくいかずサンミュージック入り(当初お笑い芸人はカンニングのみだった)、その後フリーフォークス所属からぶっちゃあの呼びかけでまたサンミュージックに出戻る。
  • 2004年、冬に中島が入院。以来、「カンニング竹山」と呼ばれる事が多くなり、ピン芸人として活動する事になる。
  • 2006年12月20日、相方の中島が死去
  • 2007年3月30日、結婚。
  • 2008年、役者として初の役名(藤井哲男 役)付き映画となる「イエスタデイズ」が2008年11月全国公開予定。

[編集] キャラクター

額縁メガネをかけていて、誰とかまわず(時には自虐的に)キレまくる。しかし、あまり暴走し過ぎると相方の中島忠幸に逆ギレされ、途端にショボンとなることもあった。暴走すると行う行動の1つに、コント中に他の芸人のネタをパクろうとしたり(笑いの金メダルでは「パクリン」というキャラクターに扮してひたすら他の芸人のネタをぱくりまくっていた。)、スタンドマイクから離れて大声を出したり、スタンドマイクを手に持ち客に突きつけたりする等の芸がある。数多くいる毒舌芸人やキレキャラクターの一人に数えられる。

最近では逆に「いじめられ、いじられてキレる」パターンが定着しつつある。よく「こんな番組全然面白くないぞ!」と怒鳴り散らすのがパターン化している。ただ、出始めた時に比べてキレる頻度はどんどん少なくなって来ている。本当は司会がやりたくて芸能界に入ったらしい。そして2006年からテレビ東京で本人初の冠番組竹山先生。』が放送されていたが、翌年の2007年3月31日に終了した。

頭頂部が薄くなってきている。(2006年4月2日の日本テレビ系『中井正広の大ブラックバラエティ』でも「哀れな天頂部」等と弄られていた。)。2006年5月27日放送のフジテレビ系『IQサプリ』でも竹山をモデルにした小学生をアニメ化したクイズ(かくれんぼの鬼役で、安倍なつみ安倍麻美をモデルにした姉妹がどこに隠れているかを当てる問題だった)に登場し、小学生なのに頭頂部が薄くなりがちだったため、「リアルすぎる」、「こんな小学生いない」と言っている。その後も、竹山がアニメキャラとなる時は、必ず頭頂部が薄いキャラが登場している。今田耕司などから「H・B・M(ハゲ・ブタ・メガネの略で、「エッチビーエム」と読む)」と呼ばれている。本人曰く、「メガネとハゲは自分でも認めるが、デブは認められない」。2006年7月29日放送分の台本中の出演者一覧に「H・B・M(竹山隆範)」と表示されていたことにキレていた。ほかにも同番組の新入生おめでとうSPではなぜか、他の共演者が学ランブレザーを着ているのに関わらず、幼稚園児の制服をきる羽目になる。さらにその隣にはハリセンボン近藤春菜が竹山の母親の設定として登場している。二人が似ていることもあり、共演者に相当いじられることになった。(周知の通り、竹山のほうが年上であり、さらに近藤とは年齢がちょうど一回り離れている。)

先輩の上島竜兵と仲がよく竜兵会にも所属しており、上島と「キレキャラ」、「いじられキャラ」の芸風が若干似ている。

幼少期、ヴァイオリンを習っていた事があり(3年間)[2]、その経験からテレビ朝日系『笑いの金メダル』では「バイオリン忍者」というキャラクターで登場していた時期がある。後に一度だけ「バイオリン力士」で登場したこともあるが本人は嫌がっていた。終了後にくりぃむしちゅーの上田に「次は何だ? バイオリン殿様か?」等と言われ「やりませんよ!」とキレていた。

同事務所の鳥居みゆきと競演することが多く、その際には鳥居の暴走を竹山がうまくなだめるというコントが好例である。

大の女性アナウンサー好きとされ、「女子アナマニア」を自称する。週刊プレイボーイに女子アナに関するコラムを連載しているほか、民放キー局のアナウンサー関連のバラエティー番組にはほとんどの番組に出演している。

[編集] エピソード

  • 唯一の持ちギャグは、両腕を交差させて手を開き指を絡める「ペロンチョ」。2004年に『内村プロデュース』(テレビ朝日)で一発ギャグを無理やりやらされそうになって生まれた。しかしあまりにも受けないため封印したらしい。
  • お笑いLIVE10!』では、新聞記事の中からおかしな記事や、ラテ欄に書かれた番組の紹介文を取り上げてキレるネタを披露していた。
  • 2004年7月10日、日本テレビ系『エンタの神様』に出演中に突然「ここでウンコするぞ!!」と叫んでズボンを下ろして尻を出し、番組スタッフによって舞台から強制退場させられた。放送後、日本テレビやファンサイトに抗議が殺到した為に、8月28日の放送で謝罪した。後に、エンタの神様で反響のあった過去のネタを放送する回でこのシーンが放送されたが、モザイクがかけられていた。
  • 同年12月31日の日本テレビの特番『2004年最強のネタ芸人ベスト13』でも同様にズボンを下ろしている。また、「これからは雑誌FRIDAYの袋とじでウンコをする」と宣言した(エンディングの出演者紹介では竹山のみ別室でスタッフから叱責されている映像が放送された)。
  • 笑っていいとも! 2006秋の祭典SP!』(フジテレビ系、2006年10月7日放送)では、観客に対して「ブチ殺すぞ」と発言し、話題となった(翌年には、同番組の「テレフォンショッキング」に出演するなど、特に問題にはなっていない模様)。ただし、同様のネタ発言はかなり以前から繰り返している。
  • 番組で元衆議院議員浜田幸一と共演した際、竹山の顔を見た浜田が「武見(敬三参議院議員)に似ている」と笑い出した。それに対し竹山は「武見って誰だ」とキャラ通りのキレ芸を見せた。
  • グラビアアイドルではあいだゆあが好きだと話したことがある。また、「中島美嘉の宇宙一ファンである。」と公言(中島も竹山の芸風が好きであると公言している)している。

[編集] カンニング中島の悲報

露出が増え始めた2004年の年末に中島が入院(おそらくは多数のお笑い特番出演を逃す結果となった)し、明くる2005年1月6日の入院会見では竹山は真面目に報道陣の質問に答え、「自分のギャラを中島の治療費にも回したい」とコメントし、相方を非常に大切にする姿勢は竹山の印象を上げている一因になっている(これら一連の報道は中島の死後に竹山が一部訂正し、実際には入院後も竹山は中島とふたりで頻繁にネタの相談をしていた為、必然的に出演料も2人で分けるべきだと考えていたことから来たものだったと自身のラジオで説明した)。ただ、よく中島のことを「あいつは全然面白くありません!!」等と言った直後に「でもあいつはいい奴です!」と言う。

2006年12月20日に相方の中島が死去し、翌日11時30分から東京四谷サンミュージック本社で記者会見を開いた。落ち込んだ様子で「正直、非常に残念な気持ち」「奇跡を祈ってきた」と語ったが、「これからもカンニング竹山としてがんばりたい」と、「2人でともに培ってきたカンニング」の竹山として芸能活動を今後も続けることも述べた。葬儀の弔辞では前日のラジオで呼びかけた一般ファン約3000人も見守る中、「いつも通り別れる。ほなな。」と彼を送り出した。

[編集] その他

  • GOING UNDER GROUND松本素生に声も外見も似ているが、自身のファンにサンボマスター山口隆に間違われた事がある。
  • 夢はフジテレビの看板ドラマ枠『月9』で主演することだそうである(実現は見込めないが、実現すれば芸人出身者では「バスストップ」での内村光良以来となる)。
  • 女性アナウンサー(特にTBS)の批評に長けていて、自らも2007年に約半年「週刊プレイボーイ」で連載した事がある(未書籍化)
  • 2005年3月、デーブ・スペクターとの異色漫才コンビ「デーブ&デブ」を一夜限りのみ結成[3]
  • 2005年11月1日、山崎邦正との異色漫才コンビ「竹山崎」を結成し、M-1グランプリに出場。3回戦まで進出した。また、2006年にはたむらけんじも加わり「たむらけんじと竹山崎」として3回戦に進出している(2006年11月4日現在)。
  • いつもここからアンガールズバンド「U.N.O.BAND」を結成、2005年11月23日ソニー・ミュージックエンタテインメントからCDデビュー(担当パートはボーカル&ドラマー)。但し、最初で最後のライブイベントには「音楽性の違い(実際は大阪で仕事があった為)」を理由に参加していない。高校時代は学生バンドのボーカルだった。
  • 虎の門』(テレビ朝日系列)では、2代目ブラックタイガーとして『ブラックタイガーのO.A.チェック』等のコーナーを担当していた。しかし、番組の最初と最後の合計2~3分程度で、ブラックタイガーとしての出演時間はかなり短い。「お笑い Tiger's Gate」というコーナーでレギュラーを剥奪され、アシスタントディレクターとして番組中カンペを出している(このことをあまり触れられない回もあるが、たまにO.A.画面に映ることも)。しかし、2006年以降はレギュラーに復帰。現在も定着している。
  • 実家は裕福で末っ子の為、甘えん坊な一面がある。
  • 現在中野区に在住。(めちゃ×2イケてるッ!の「近くへ行きたい」より)
  • 中学時代、新体操バスケットボールをやっていた。
  • デビュー当時は吉本興業に所属しており、福岡吉本の1期生。当時はケン坊田中と「ター坊ケン坊」というコンビ名で活動していた。そして「お笑いめんたいこ」の初代チャンピオンである。R-1チャンピオンの博多華丸とは福岡吉本の同期で熱い仲をアピールするも、華丸が東京に出てチャンピオンを取るまでは連絡を取らなかった。吉本を辞めて東京に出た理由が「(このまま吉本に残り)福岡で活動しても、華丸・大吉には勝てない」という理由からだったと語っており、少なからず連絡を取らなかった事と関係していると思われる。なお「ター坊ケン坊」はTNCの『ピィース!』が開催したお笑いイベントで一夜限りであるが復活している(ケン坊は再結成を強くアピールしたが、竹山本人は強く否定していた)。
  • 吉本興業離脱後はワタナベエンターテインメントに所属していたが、芽が出なかった。そしてある日、事務所に所属の売れない芸人が集められ担当者から「芸人引退勧告」が通達されその中に竹山も入っていたが、彼は芸能界を辞めずアルバイトをしながら芸人としての活動を続けその後ブレイク。現在に至っている。その事についてネプチューン原田泰造は、この日の事を 「竹山だって一回辞めろって言われても(引退勧告がなされた部屋にはネプチューンも同席していた。当時売れ始めていた彼らには通達はなされなかった)、芸能界に残って、俺もそれ(竹山への事務所からの引退勧告)同じ部屋で聞いていたけど、今竹山が売れて一緒に仕事出来たり本当に良かったって言うかホント嬉しい。」と語っている。
  • Janne Da Arcのボーカルyasuがファンだった事から、2004年7月に発売されたJanne Da Arcのアルバム『ARCADIA』(オリコン最高位2位)・シングル『月光花』(オリコン最高位の2位)の宣伝部長に就任。
  • 座右の銘は「どうにかなるだろう」。
  • 過去に債務整理(特定調停)したことがある。債務整理後に寄せられた融資勧誘の郵便物が振り込め詐欺だった。これをきっかけに雑誌SPA!扶桑社)で振り込め詐欺に関する連載を行った。
  • 大の好きであり、家で飼いたくて仕方ないのだが、夫人がなかなか許可してくれないらしい。
  • 運転免許普通自動車を取得しておらず原付のみ。2006年春にイタリア製のスクーターベスパを購入。『中村雅俊マイ・ホームページ』にゲスト出演した際、また自分の番組の第1回目にも報告していた。松田優作が『探偵物語』で乗っていたのに憧れ、大金をはたいて買ったのだが、すぐさま煙を吐き出すトラブルに泣かされた上、多忙の為なかなか乗る機会がないらしい。
  • 過労の為、また中島の事もあり、いろいろストレスがたまったせいか、2005年9月25日に憩室炎(けいしつえん)により緊急入院した。2日間で退院。
  • 今の妻と長井秀和の妻が親友同士。夫人と一時険悪であったが仲直りし、2007年3月30日(実質的な誕生日)に入籍。その直後、(3月29日27時から放送の)ラジオ番組内で発表。
  • サウナアルバイトをしていた時に指名手配犯を捕まえたことがある。
  • 誕生日は戸籍、プロフィール上4月2日となっているが、実際は3月30日である。その理由は3月30日だと早生まれになるから(ほぼ4月生まれになってしまうからの意味である)とのこと(この事は、3月20日4月1日生まれの人は産婦人科でよく聞かれる。受け入れると4月2日生まれになり拒否すると生まれた日が誕生日になる)。3月30日の『笑っていいとも』の達筆王で暴露した(本人は遅生まれと発言していたが、正確には3月30日は早生まれである)。その為、相方である中島とは本来は一学年違うのだが、同学年となる。
  • 中井正広のブラックバラエティ』では「カブトムシさいとう」(吉田戦車の伝染るんです。が元と思われる)「コンバースさいとう」と呼ばれている。また、クレッシエンド君の批判の的でもあり、「さいとうのバ~カ」とよく言われる。(一度、観客からも言われたことがある。)
  • クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』の、高さ10mの飛び込み台からプールへ飛び込むコーナー「10m高飛び込み」では、飛び込むのに1時間19分18秒もかかり、リタイアした(2時間経っても飛び込めなかった)人を除いては最長記録であり、「チキンNo.1」の称号を持っている。その後、ビビリ橋にも挑戦したが、これもチキン(臆病者)な結果となった。
  • 現在種牡馬になっているグラスワンダーのファン。同馬の近親にあたる血統の馬に『スピードカンニング』(馬主はシーキングザダイヤも所有していた青山洋一)と名付けられたエピソードを自身のラジオ番組の中で語っており、出走したレースの実況も放送されている。
  • 木曜JUNK2カンニング竹山 生はダメラジオ」の番組内では、自慰行為のことを「ニーオナ」と言っている。また、この番組が、今芸人の間で起こっているTENGAブームの火付け役となった(最初にTENGAを使った芸能人は福山雅治とされる)。
  • ネットで発信してきたコラムが書籍化されるが、本人は「現在の芸人の本の出版ブームに乗ったものではない」と否定している(半年ぐらい前から計画中だったとの事)。
  • 2007年3月、福岡ソフトバンクホークス応援団長に就任したが、セントラル・リーグでは未だに読売ジャイアンツファンだった。就任当時は、2006年の選挙(福岡市選挙管理委員会)のイメージキャラクター同様、「やっている方が申し訳ない」と嫌々引き受けていたらしい。
  • 2007年8月30日放送のTBSラジオ「アンタッチャブルのシカゴマンゴ」と「カンニング竹山の生はダメラジオ」の3時間ぶち抜きSPにおいて、竹山の新車(車種は不明、色は黒、放送内の様子ではかなりの高級車のよう。竹山自身は免許なく、後輩芸人を運転手にしている。)をペーパードライバーの番組ADに一斗缶で囲った特設車庫に入れさせ、お約束どおりに缶にぶつけて新車を傷だらけにされる。その後も加減なく、アンタッチャブルの2人に車を運転されて缶にぶつけられ、車のボディーやガラスに放送禁止のマーク(タモリがよく書くもの)および「アナル姉さん、命」等と書かれてしまった。どさくさにまぎれて山崎に車にタックルされて凹みまで付けられる。最後は自分で運転させられて自爆させられ、小島よしおのギャグの「そんなの関係ねぇ」を振られ、「そんなの関係~あるだろ」とリアルに切れさせられていた。番組内の様子ではかなり傷だらけにされたようである。ラジオは低予算のため、修理代が出るとは思えず、竹山の泣き寝入りになるのか、番組内で言っていたようにアンタッチャブルに請求するのか、今後の行方は不明。
  • 芸能人落語研究会 お後がよろしいようで(2007年10月1日TBSテレビで放送、2007年10月3日コンテンツリーグビクターエンタテインメントからDVD発売[4])の一環で落語「子別れ」に初挑戦し、子別れのアレンジ版で自身をモデルとしたランニング竹島の人情話を演じた。2007年10月2日、TBSラジオ「爆笑問題カーボーイ」でも「言いだしっぺの正蔵師匠とスケジュールが合わなくて、師匠との落語の稽古が一切できなかった」と裏側を暴露、竹山以外はDVDの宣伝をしていない事を批判後、あえて場の空気を読み自身を卑下し立川談志の落語を褒め称えた。
  • Gyaoカンニングの恋愛中毒」で鳥居みゆきを発掘した人物の一人として、バーターでテレビやラジオで鳥居に関するコメントを求められるが、竹山自身は鳥居みゆきのバーター扱いは避けている。[5]
  • 2008年2/17(日)に開催された「第2回東京マラソン」では、女子マラソン選手だった松野明美と併走、制限時間(7時間)の残り10分で完走したものの「ちっとも面白くなかった!」と毒舌を吐いた。(記録は6時間49分9秒)
  • 「カンニングの恋愛中毒」の第80回放送(2008年3月放送)で月収が約450万円であると明かす。
  • カンニング竹山の生はダメラジオ」で愛車は、トヨタ・アルファードだと告白、竹山の運転手をしているラブカップルの中田にイグニッションキーが曲がる位乱雑に扱われた末にボンネットから煙が出たという。
  • 8月5日、同ラジオにて『日本テレビ開局55周年記念番組・ヒットメーカー 阿久悠物語』の阿久悠役でオファーが来たが主演映画とスケジュールが重なったため断った経緯を話した。
  • かつては飛行機恐怖症であった。乗る際には「死ぬかもしれない。」と漏らしたほどである。しかし今は克服されていて、自宅には飛行機の模型を沢山並べてあり、収集が趣味であるほどの飛行機好きである。ロケ等で羽田空港を使う際には飛行機模型関係の店に寄る事もあるそうである。

[編集] 出演

[編集] 現在出演中のレギュラー番組

[編集] 準レギュラー

[編集] 終了、降板した番組

[編集] 特別番組

[編集] テレビドラマ

[編集] ラジオ

ター坊ケン坊時代にKBCラジオでラジオデビュー。

[編集] CM

[編集] 映画

  • スペースポリス(日本出版販売・ケイエスエス、2004年発売) - ビデオ屋の店員役
  • プラトニック・セックス(2001年、フジテレビジョン他) - 主演のあおい(加賀美早紀)を2万円で買った(援助交際した)サラリーマン役
  • 嫌われ松子の一生(2006年、東宝、TBS他) - 主演の松子(中谷美紀)にセクハラを働く教頭
  • 森のリトル・ギャング日本語吹替版(2006年) - ヴァーミネーター役
  • 守護天使(2009年、エイベックス・エンタテインメント) - 啓一役
  • イエスタデイズ(2008年11月1日(土)シネマート新宿ほか全国公開) - 藤井哲男役

[編集] DVD

  • カンニングの思い出づくり(BSフジ/PONY CANYON) 2005/1/14
  • 死球~DEAD BALL~vol.5(ビデオメーカー)2005/8/25
  • カンニングの恋愛中毒 恋人達を襲うドエロ幽霊を追え!! in木更津(TLIP)2006/5/26
  • カンニングの恋愛中毒 一人暮らしの美女を襲うドエロ・ストーカーを追え!!(TLIP)2006/5/26

[編集] CD

  • カンニングのヘイ・ユウ・ブルース
  • No.1(U.N.O.BANDとして。ERJ)2005/11/23

[編集] インターネットコンテンツ

[編集] 著書

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク