北九州予備校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
北九州予備校(きたきゅうしゅうよびこう)は、学校法人北九州予備校が運営する予備校である。福岡県北九州市小倉北区馬借1-6-5を本部とし、九州地方や山口県に校舎を持つ。略称「北予備(きたよび)」。予備校の業界団体である全国予備学校協議会には未加盟。
目次 |
[編集] 校舎
- 山口校 山口県山口市小郡御幸町1-39
- 小倉駅校 北九州市小倉北区浅野1-3-27
- 小倉校Felix 北九州市小倉北区中島1-19-8
- 旦過橋校 北九州市小倉北区馬借1-6
- 黒崎校 北九州市八幡西区黒崎5-1-6
- 博多駅校 福岡市博多区博多駅前1-21-4
- 大分校 大分県大分市金池町2-7-17
- 長崎校 長崎県長崎市川口町4-5
- 熊本校 熊本県熊本市春日2-3-26
- 鹿児島校 鹿児島県鹿児島市西田1-7-3
その他、各校舎の近くに直営寮を経営。
[編集] 教育
- キャッチフレーズは「努力は実る」。
- メインは大学進学コースであるが、医歯薬系受験科や現役生コース、美術コースもある。
- 日本一厳しい校風を自称している。主だったものは、校舎内での携帯電話の使用禁止、染髪・ピアス・派手な化粧の禁止、授業中・自習中の私語・居眠り禁止、校舎内及び校舎近辺での喫煙の禁止等がある[要出典]。
- 年間出席率は97.3%[要出典]。
- 講師は北予備所属の者の他、他予備校との提携で東京、大阪、福岡などから毎週多数招聘している[要出典]。
- 模試はベネッセコーポレーションの進研模試と独自の模試を併用している。同様に「九大プレ」「センター試験ファイナル」等の独自の模試を実施している[要出典]。
- 年間行事には入学式、体育大会、座禅会などなかなかユニークなものがあり、これは「北予備は学校である。」という理念が元となっているものと思われる。過去に脳に良い食事を寮で提供等ユニークさもある[要出典]。
- 黒板でのリアルタイムの授業をメインにしているが最近では九州・山口に展開する北予備の10拠点を最新のブロードバンドで結び、合計100のブースをつないで24時間1対1の双方向通信を可能にするシステムを開発した[要出典]。
[編集] 宣伝
地元の大学受験に関わる人間の間では有名なことであるが、北予備は自校を賛美し他校を批判(基本的に河合塾と代ゼミ)する自信満々の宣伝をする。S(駿台)・K(河合塾)・Y(代ゼミ)と大手を中傷している。[1]
[編集] 小倉予備校戦争
1980年代中ごろに大手予備校の代々木ゼミナールや河合塾が相次いで福岡市に進出し、地元の予備校の中には廃校や休校に追い込まれるところも出た。こうした中、1988年に代々木ゼミナールが北九州予備校の本拠地である北九州市小倉北区への進出を計画していることが明らかになると、危機感を強めていた北予備は敏感に反応した。そして福岡県に代々木ゼミナールの認可を出さないよう圧力をかけた結果、福岡県は代々木ゼミナールに認可を出さなかった。しかし代々木ゼミナール「小倉」は認可がないまま1989年4月に「開校」を強行。北予備はネガティブキャンペーンでこれに報復。同年の12月にようやく認可が出て、代々木ゼミナール「小倉校」となった。1990年には河合塾北九州校も開校したが、長年北予備のシェアを奪うことはできなかった。この一連の出来事を「小倉予備校戦争」と北予備は称し(北予備の入学案内によれば『地域トップの北予備が迎え撃つ形の「小倉予備校戦争」と、はやしたてられましたが、』とあるが、そんな通称を使っているのは北予備のみであり、自身でで名付けた可能性が高い)

