加藤剛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

かとうごう
加藤剛
本名 加藤剛
生年月日 1938年2月4日(70歳)
出生地 日本の旗日本静岡県御前崎市
民族 日本人
血液型 A
職業 俳優
配偶者 伊藤牧子
家族 夏原遼
頼三四郎
主な作品
大岡越前
風と雲と虹と
獅子の時代
砂の器

加藤 剛(かとう ごう、男性、1938年2月4日 - )は、静岡県御前崎市出身で俳優座に所属する日本俳優身長170cm。本名は同じ。東京都立小石川高等学校早稲田大学第二文学部卒。

妻は俳優・声優の伊藤牧子。俳優の夏原遼頼三四郎は実の息子。

2008年旭日小綬章受章。

目次

[編集] 来歴・人物

大学卒業後、俳優座養成所に12期生として入所、途中テレビドラマ「人間の條件」出演のため1年「休学」後、13期生として修了。終了時の同級生には石立鉄男細川俊之横内正佐藤友美らがいる。 加藤の深刻ぶらないが決して軽すぎない本格派の演技は、永年務めて定着した大岡忠相だけではなく、裁判物など社会派現代劇でも遺憾なく発揮され、苦悩する判事なども見事に演じ決して視聴者を裏切ることはない。しかし、やはり彼の当たり役である『大岡越前』は外すことは出来ない。『大岡越前』は1970年から、『江戸を斬る』、『水戸黄門』等と ローテーションを組みながら、足掛け約30年間月曜8時を支えた東京放送(TBS)の看板番組(詳しくは『大岡越前』)で、その主人公大岡忠相は、一貫して彼が演じ通した。そのため一般には「加藤剛と言えば大岡越前」、「大岡越前と言えば加藤剛」といわれるほどイメージが定着している。 同ドラマの最終回スペシャル版では実子である夏原遼頼三四郎との共演を果たした。

その為か、映画『砂の器』での和賀英良役は意外だったらしく公開当時話題になった。『大岡越前』の終了後、『命のビザ』や『そして戦争が終わった』など現代史ドラマに進出。彼の好演がある種のきっかけになり、歴史の片隅に埋もれがちな外交官杉原千畝が一躍脚光を浴びることになった。その端正な容姿に対してダウンタウン松本人志は、「世界三大美男子は、アラン・ドロンジョン・ローン、加藤剛」であると評している。

時には、TVドラマにおいても歴史的評価の分かれる人物に挑んだ事でも知られ、1976年NHK大河ドラマ風と雲と虹と』における平将門役や、1994年の終戦の日、8月15日に放送された民放ドラマ『命なりけり』での東郷茂徳役がその代表的なものであった。特に前者では、怨霊・謀反人といった暗いイメージがつきまとう将門を、一本気で民に慕われた名君として、更には先見性ある政治的ビジョンを持った好漢として演じ、後者ではラストで、日本もまた戦争の被災国であり、逆にアメリカの原爆投下の責任を問うという極めてデリケートな台詞を演じるなどし、話題となった。そして、近年も北朝鮮による拉致問題を被害者家族の視点で描いた作品に主演するなどし、これら歴史上の人物が、加藤が演じたことで改めて興味を持つ者や、評価を見直し始める風潮が高まってゆくなど、社会に果たした貢献度は大きい。

[編集] 出演作品

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] 舞台

[編集] その他

[編集] CM

[編集] 音楽

[編集] シングル

[編集] その他

  • 高校時代は柔道部の部長を務めていた。
  • 童話「3匹のこぶた」の絵本に付属していたソノシートで、加藤が3匹のこぶたの朗読を担当した事が有る。しかし、冒頭ではいきなり波音が聞こえ、「海からやってきた加藤剛です。剛おじさんと呼んでね」と挨拶するという、この上なくシュールな構成になっていた。そして物語が終わると、剛おじさんは海に帰っていくのであった。

[編集] 著書

  • 海と薔薇と猫と(1980年、創隆社
  • 歩く人(1985年、創隆社)
  • こんな美しい夜明け(2001年、岩波書店

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

他の言語