プロフェッショナル

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プロフェッショナル (en:professional) 、略称「プロ」には以下のような意味が含まれている。

  1. ある分野について、専門的知識・技術を有していること、あるいは専門家のこと。
  2. プロフェッショナルスポーツなど何かの専門分野か、広範囲の人々によって行われる分野において、それを職業としている人。趣味としている人であるアマチュアに対する語。プロとアマチュアの境界は、ジャンルによって異なる。
  3. ゴルフのプロ選手の名前につける呼び名。「○○プロ」。
  4. そのことに対して厳しい姿勢で臨み、かつ、第3者がそれを認める行為を実行している人。
  5. パチンコパチスロなどのギャンブル系で高度な技術でプレイし、生計を立てられるほどの収益を上げている人(例:パチプロ)。
  6. プロフェッショナル 仕事の流儀』。NHK総合テレビで放送されているドキュメンタリー番組
  7. 石田純一の愛称。
  8. 嗣永桃子(女性アイドルグループ・Berryz工房メンバー)の、主にネット上での愛称。
  9. 商品などで、上位版を示す呼称。例、Windows XP Homeに対するWindows XP Professionalなど。

ここでは、主に(2)の意味のうち、スポーツ分野における「プロ」について記述する。


目次

[編集] スポーツにおけるプロ

スポーツの場ではスポーツ活動それ自体が職業かつスポーツ活動を観客に見せ報酬を受け取っている者を指す。この場合の対義語はアマチュア(アマ)で、彼らは職業としないまたは報酬を受け取っていない者である。

柔道水泳などオリンピックで金メダルをとる選手であっても、一般企業や実業団に所属して給料を受け取っているため、プロではない。選手がスポーツで活躍して会社の広告塔になることを想定し、会社は給料を払うが、選手はスポーツ活動の公演で収入を得ているわけではない点で異なる。指導員を職業にしている場合は、自身がスポーツを行って収入を得ているわけではないため、指導員としてはプロであるが、選手としてのプロではない。例えばテニス指導員を職業にして生計を維持している人物は、プロテニスインストラクターではあっても、プロテニスプレーヤーではない。プロが存在するスポーツか否かは、プロ選手(プレイヤー)の有無で決まる。例えば水泳指導員や柔道指導員を職業として生計を維持している人は日本にいるが、だからといってプロ水泳やプロ柔道があるとは言わない。

日本でプロが存在するスポーツは極少数である。日本でプロとして成立しているスポーツが、世界的に必ずしも人気があるわけではない。相撲や野球は日本でプロとして成立しているが、世界的にみると競技人口がすくなくマイナースポーツである。女性でもなれるプロとなると、さらに少なくなる。いくつかの競技団体では「プロ」と「アマ」に明確な分断が見られる。

[編集] 相撲

日本にスポーツという概念が定着する前(江戸時代)にはすでにプロ選手(力士)が存在しており、興行として成立していた。その後に学生などの「アマチュア相撲」が誕生しているが、交流戦などは行われていない(部屋単位での稽古での交流は行われており、またアマチュアでの実績は「付け出し」というかたちでプロに持ち越すことが出来る場合がある)。

[編集] 野球

日本で野球は大学に紹介されたといわれる。そして学生野球が盛んになり、やがてアメリカ合衆国のプロ球団との対外試合も行われるようになった。しかし学生が職業野球のチームと対戦することに対する批判がおこり、やがてこれがきっかけでプロチームが誕生することとなり、学生チームとの分断がなされる。そして1961年には社会人野球の選手を引き抜いた(柳川事件)としてアマチュア野球との間に断絶が深まり、プロ野球経験者(OB)がアマチュア野球へ関わることについて厳しい制限が課せられるようになった。その後、社会人野球との関係は徐々に改善されてきており、プロとアマの交流試合も行われているが、未だに制限は残っている。

[編集] ゴルフ

ゴルフ(日本プロゴルフ協会)では、試合(トーナメントツアー)に参加して賞金(報酬)を得ることを目的とする「トーナメントプレイヤー」と、ゴルフを報酬を得て指導するための「ティーチングプロ」(この場合には冒頭の(1)の意味も含む)という2つのプロ資格がある。ゴルフにおけるオープン大会はプロだけではなく、アマチュアにも参加資格を解放している。なおアマチュアがオープン大会で優勝しても賞金は支払われない。

[編集] テニス

1973年に発足された日本プロテニス協会によるプロテニスプレイヤーとプロコーチの二つのプロ資格が存在する。プロアマ交流としてはテニス愛好家による「テニスプレイヤーズクラブ」が主催するプロアマ交流戦が行われている他、全日本テニス選手権など一部の大会にはプロアマ問わず参加している。

[編集] サッカー

[編集] プロフェッショナルプレーヤーの誕生と拡大

サッカーにおいてプロフェッショナルの選手が誕生したのは、19世紀から20世紀に掛けてのイングランドである。当初のクラブは、街や地区、教会、企業、工場、パブなどのコミュニティーを単位として運営されていた。選手はサッカーとは別個の仕事を持っており、収入はここから得ていたが、クラブ間の競合が激しくなり、選手にもレベルアップが求められるようになると特に労働階級出身の選手に対して練習の時間を確保し、収入の道を絶たれる怪我を恐れずにサッカーができるような体制をとるため、サッカーをする事そのものに対して報酬(保証金)が支払われるようになった。これがプロフェッショナルプレーヤーの誕生である。

イングランド以外の地域では、1920年代までアマチュア主義が幅を利かせて、こうした動きをルールによって規制する事が一般的であった。又プロ化する事で報酬が限りなく上昇する事も問題視されていた。(この問題は現在に至るまで解決されていない。)それでも1920年代中ごろには、オーストリアチェコスロバキアハンガリーアルゼンチンなどがプロ化に踏み切った。

[編集] 日本におけるプロ化

日本では1960年代までは、全ての選手がアマチュアであった。こうした形態を大きく変えたのが初の全国リーグとなる日本サッカーリーグの創設である。

日本サッカーリーグでは1970年代ごろになると、選手に対して、練習時間を就業中、若しくは残業として認め給与を支払ったり、その他様々な名目(例えば勝利する事で会社の知名度を上げたとして賞与を与える=実質的な勝利給)でお金を渡す事が一般的となった。こうした形態は完全にIOCやFIFAが定める「アマチュア」では無かった。更に1969年創設の読売クラブでは、サッカーをする事そのもに対して報酬を支払っている事が公然の秘密と成っていた。こうした形態を日本サッカーリーグ事務局、又日本サッカー協会が追認する形で認めたのが1985年から初められたスペシャル・ライセンス・プレーヤー制度(実質的なプロ契約)である。当初スペシャル・ライセンス・プレーヤーとして西ドイツ(当時)ブンデスリーガ1.FCケルンなどでプレーし、日本に帰国したばかりで古河電気工業サッカー部奥寺康彦日産自動車サッカー部木村和司の2人が登録した。しかしながら日立サッカー部、古河電工サッカー部などは殆どの選手をアマチュアとして登録していた。(実態は何らかの手当てを受け取っており、アマチュアとは言えない。)

しかしながら1980年代末から1990年代初めに架けて、プロリーグ化の流れが顕在化してくるに従って、殆どの選手がプロフェッショナルプレーヤーとして登録されるようになり、1993年に開幕した日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)では殆どの選手がプロとしてプレーする事が一般的となった。ただし現在に至るまで若干の社員契約での選手が残っている。

[編集] サッカーにおけるプロとアマチュアの位置づけ

世界中ほとんどのプロクラブは、年齢によって「ユース」「ジュニアユース」またはそれ以下のカテゴリーのチームを所有している。これらは当然アマチュアチームである。又ドイツや日本のジェフユナイテッド市原・千葉リザーブズ徳島ヴォルティス・セカンドなどの年齢制限の無いアマチュアチームを所有している例も列挙に暇が無い。こうした形態はサッカーにおけるプロとアマチュアの関係(ヒエラルキー)を如実にあらわしていると言える。

サッカーではプロチームを頂点として、その下にカテゴリー別のアマチュアチームを抱えるピラミッド型のクラブ形態が一般的である。(ただし韓国Kリーグには下部チームが存在しない。)又これらのカテゴリーに所属しているアマチュア選手が同じクラブのプロチームの試合に出場する事に対しては何の制限も設けられていない。

クラブだけでなく各国協会もプロチームだけでなく、アマチュアチームを含めた全てのクラブ、チームを統括している。これによってプロ・アマ問わず、それぞれの国の協会に加盟している全てのクラブ、チームが参加するトーナメントの開催が可能になる。こうしたトーナメントとしてイングランドのFAカップ、日本の天皇杯全日本サッカー選手権大会がある。

[編集] 関連項目

[編集] バスケットボール

日本では1997年に初のプロフェッショナル契約選手(外山英明長谷川誠)が誕生し、プロ化の端緒を開いた。

2000年にはバスケットボール日本リーグ機構(旧JBL)がプロ化を見据え、スーパーリーグを開始。また、同年には日本初のプロ球団である新潟アルビレックス(現・新潟アルビレックスBB)が誕生し、2002年にはスーパーリーグ参戦を果たす。

しかしながら日本バスケットボール協会内部や実業団の間ではプロ化への反対を唱える者が多く、進展しなかった。

これに業を煮やした新潟とスーパーリーグの下部に位置する日本リーグに所属するさいたまブロンコス(現・埼玉ブロンコス)は2004年に日本協会及び旧JBLからの脱退と初のプロリーグである日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の設立を発表。2005年に6球団で開幕した。

一方の旧JBLもbjリーグに対抗するべくこれまでのスーパーリーグを改組し、日本バスケットボールリーグ(JBL)を2007年より開始した。だが、リーグ構成はプロクラブと実業団の混成であり、完全なるプロリーグとはならず、その結果、プロ志向の強いオーエスジーフェニックス東三河(現・浜松・東三河フェニックス)が1シーズン限りでbjリーグへ転籍した。しかしながらJBL所属の実業団でもプロ化への反対姿勢を全く崩さない東芝ブレイブサンダースを除きプロ契約選手が在籍しており、プロとしてJBLでのプレーを望む選手も少なくない。

[編集] 関連項目

[編集] ボクシング

日本では日本ボクシングコミッション(JBC)統括の元、日本プロボクシング協会が運営を行っている。

しかしアマチュアとの交流は基本的に行われていない。アマチュア側が厳しく制限しているからである。元プロ選手のアマチュア復帰はおろか、アマチュアが何らかの形でプロと関わる事も原則として認められない(特にプロ側から報酬を受けるとアマチュア資格を剥奪される恐れがある。)。

プロといえども、いわゆるハングリースポーツであり、超一流になるまでプロ活動で生計を立てられる収入は得られない。殆どの選手は本業を持っており、プロボクシングのほうを副業としている(ボクシングとは別に、定職を持っていたりアルバイトをしている)。

女子のプロは2008年より行われている。それ以前にも女子プロボクシングは存在したが、JBCが認定していないため正式なプロとはみなされない。

[編集] レスリング

プロレスリング(日本語の略称ではプロレス、フランス語・ドイツ語ではcatch、メキシコではlucha libre)はアマチュアレスリングとは事実上異なるものである。プロレスは半ば芸能で、アマチュアレスリングは競技であるという以前に、ルール(ポイント制の導入・不導入、打撃の導入・不導入)と、試合場の様式(円形マットか、ボクシングを模したリングか)がそもそも異なる。両者はかつては一体だったのだが、分化した。その過程は、様々な論考で発表されている。プロレスは次項で取り上げる。

アマチュアレスリングでは、男女ともに、プロの参入が全面的に自由化されており、全く差別が存在しない(そのため、この競技を「アマチュア・レスリング」と称するのは不適当であるが、プロレスと区別するためにこの名を使用する)。しかし、アマチュアレスリングでの報酬(優勝・金メダル等)で生活を維持するのは不足であることから、トップ級はすべてアマチュアで占められている。つまり「プロの(アマチュア)レスリング選手」はほとんど存在しない(2004年アテネ五輪予選に挑んだ山本美憂が数少ない例か。当時の所属は大手スポーツマネジメント会社(スポーツビズ)であった)。後述する「プロレス」選手がアマチュアレスリング大会に参戦してもよく、その実例もある(谷津嘉章など。)。また、プロレスとの合同練習も盛んに行われている。現役のプロレスラーがアマチュアレスリングを指導するのも一般的である(専修大学レスリング部監督・馳浩(2002年就任))。

アマチュアレスリングがプロ化した興行は、近年では一つだけ存在した。米国のRPW(Realprowrestling)であった。後述のプロレスと全く異なり、ポイント制、円形マットなど、アマチュアレスリングそのもののルールで行われていた。2005年に旗揚げしたが、現在は消滅した。

[編集] プロレス

優れたプロレスラーは一般社会とかけ離れた水準の富と名声を独占するが、その能力が有るのはほんの一握りである。

プロレスには、主催者・団体・選手いずれにもライセンス制はない。プロレスの試合に選手として登場した者をプロ選手と定義するしかない。弱小のいわゆるインディペンデント団体で、地方の、非常に少人数を相手にした小さな興行でも、それはプロレスであり、上がっているのはプロレスラーである。誰でもリングに上がれる代償として、底辺にいる圧倒的多数の「プロレスラー」の報酬は微々たるもの(あるいはもらえない)であり、もちろん他の職業で生計を立てている。

※報酬がもらえなくとも、プロのプロレスの試合をすればプロのプロレスラーなのである。

プロレスが日本に浸透してから、アマチュアのプロレスが各地で始められた。その代表が学生プロレスである。学生プロレスは学園祭などで高い人気のあるイベントであるだけでなく、日本テレビにより地上波のテレビ中継もされたことが有り、決してマイナーではない(入場料も有料)。

前述のプロの弱小プロレス団体群との違いは、自らをアマチュアと名乗っているかプロと名乗っているかの違いだけである。

が、違いはその後、学生プロレスラーが大手のプロレス団体に所属した時に表れる。学生プロレス上がりは、自らの学生プロレス在籍の過去を対外的には隠すことが多い。隠す理由はそれが(自らにとって)プラスにならないからである。また、過去には、学生プロレス出身である事を公にした者が、それだけでリンチされたこともある。この拒絶は実態がなく、大変に感情的なものであるが、この感情こそがプロレスにおけるプロとアマチュアを分かつものといっていい。

学生プロレス#タブー視される風潮を参照

競技色の強いプロレスを標榜したUWF系の団体では、あえて「プロレス」と言わずに「プロレスリング」「プロフェッショナルレスリング」と称する例があった。しかしその内実はプロレスそのもの(つまり八百長)であった。

[編集] キックボクシング

キックボクシングは、純粋に興行のために日本で作られたスポーツであり、その担い手は芸能界関係者(野口修キョードー東京)であった。野口修は人気歌手五木ひろしのマネージメントをしていた(しかし、野口の父がプロボクサーであり、野口自身もボクサー出身で、スポーツと無縁であったわけではない)。従って論理的にアマチュアの存在し得ないスポーツであったはずである。

しかし、後に学生キックボクシングが開始された。つまり、アマチュアとしてのキックボクシングである。大学生がクラブ活動としてキックボクシングを行うのである。加盟大学で以下の団体を結成し、大会を行っている。

プロのキックボクサーの供給源ともなった。

伝統的に、アマチュアのキックボクシングの機能を果たしてきたのは、新空手(グローブ空手)である。新空手を創設した全日本新空手道連盟(のちにNPO法人化)の神村栄一代表は、全日本キックボクシング連盟の創設時から興行本部長を非常に長い間務めた。新空手創設時には、全日本キックボクシング連盟の加盟ジムに命じて新空手を始めさせたという経緯がある。そのため、現在でもキックボクシングジムが新空手道場を兼ねている例が多い。空手を冠するものの、ルールも試合会場も明らかにキックボクシングのそれであり、空手のものではない。新空手創設の目的は、明確に、プロキックボクサーの卵の育成と、(プロを目的としない道場生、特に学童を参加させることによる)キックボクシングジムの経営安定を意図したものであった。これがプロのキックボクシングと一体であった証拠に、全日本キックボクシング連盟分裂の際(NJKF設立時)に、グローブ空手の団体もまた分裂している。

他に、プロのキックボクシング団体と密接な関係を持つアマチュア団体は

などがある。他のアマチュアキックボクシングについては キックボクシングの項も参照

[編集] フィギュアスケート

フィギュアスケートの場合、国際スケート連盟(ISU)主催あるいはそれに準ずる大会はアマチュア競技者のみで行われており、プロは基本的に競技でなくエンタテインメントとして成立している特殊な事例である。そのためアマチュアで顕著な成績を収めた選手がプロに転向する場合、競技生活から退くゆえ「引退」という表現を使用することがある。ただしアイス・ウォーズなどプロスケーターによる競技会もあり、プロアマ混合の競技会としてはジャパンオープンなどが存在する。一方でプロのテリトリーであるアイスショーにアマチュアトップ選手が参加する事もある。

[編集] 自転車競技(ロードレース)

自転車競技ロードレースの場合、プロ競技として行われるものは全日本プロ選手権自転車競技大会を除き団体レースが主流であり、プロロードレーサーが集まり、プロチームを結成して参戦することになる。日本プロフェッショナルサイクリスト協会に選手登録を行う事でプロレーサーとしての活動が可能になる。

プロロードレーサーは個人レースにも参加可能であるが、プロアマ混合として行われる事が多い。

[編集] オリンピックにおけるプロプレーヤの参加解禁

オリンピック等ではアマチュア規定に基づき、長い間プロの参加は認められていなかった。ただし無報酬でスポーツを行い、オリンピックなどの大きな大会に出場できるのは、それなりの社会階級に属しているものに限られる。アマがプロを締め出したのは下層階級に対する差別的な面も否定できない。また日本のスポーツでは、勝つ事による名誉のみを求め、無報酬でスポーツを行うことの精神的美しさが強調された面もある。

大陸間での国際トーナメントを行うテニスや、毎週末試合を行うサッカー、毎日試合を行う野球等では早くからアマチュアだけでやっていくのは困難になった。そこでこれらの競技では20世紀初頭から選手のプロ化が始まった。最近になって国際的な認知度がようやく高まった野球を別として、アマチュア至上主義をとっていた国際オリンピック委員会(IOC)とテニス、サッカーの競技団体は非常に折り合いが悪かった。(プロを解禁した現在ではIOCよりこれらの競技団体が優位に立っている)

[編集] プロフェッショナルの形態

日本国内におけるプロスポーツは定義づけにより以下のように分けることができる。

この他、公営競技の選手達もプロと言えよう。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク