テレビ東京

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株式会社テレビ東京
TV TOKYO Corporation
種類 株式会社
市場情報
東証1部 9411 2004年8月5日上場
略称 TX
本社所在地 〒105-8012
東京都港区虎ノ門四丁目3番12号
電話番号 03-5470-7777(代表)
設立 1968年(昭和43年)7月1日
(株式会社東京十二チャンネルプロダクション)
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 菅谷定彦(代表取締役会長)
島田昌幸(代表取締役社長)
資本金 89億10百万円
売上高 連結:1,216億45百万円
単独:1,101億84百万円
(2008年3月期)
総資産 連結:789億82百万円
単独:752億63百万円
(2008年3月31日現在)
従業員数 連結:1,304人 単独:681人
(2008年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)日本経済新聞社 33.34%
糸山英太郎 14.39%
日本生命保険相互会社 5.02%
(2008年3月31日現在)
主要子会社 (株)テレビ東京制作 100%
(株)テレビ東京ミュージック 100%
外部リンク www.tv-tokyo.co.jp
特記事項:1973年10月1日に株式会社東京12チャンネルプロダクションから株式会社東京12チャンネルに商号変更。同時に財団法人日本科学技術振興財団からテレビジョン放送事業を継承。
1981年10月1日に株式会社東京12チャンネルから株式会社テレビ東京に商号変更。
  

株式会社テレビ東京(テレビとうきょう、英称TV TOKYO Corporation東証9411)は、関東広域圏放送対象地域とする放送局である。通称はテレ東(テレとう)。コールサインJOTX-TVからTX[1]と略称する事や、旧局名・アナログ放送のチャンネルから、12チャンネルなどと略する場合もある。

親局(アナログ放送波)の周波数帯がVHFの放送局としてはテレビ東京が日本国内で最後に開局した放送局であり、これ以降に開局した国内の民放テレビ局はすべて親局がUHF帯で放送している。

目次

[編集] 会社概要

テレビ東京のデータ
英名 TV TOKYO Corporation
放送対象地域
ニュース系列 TXN
番組供給系列 TXN
略称 TX
愛称 TX、テレ東、12チャンネル
呼出符号 JOTX-(D)TV
開局日 1964年4月12日
本社 105-8012 東京都
港区虎ノ門四丁目3番12号
演奏所 スタジオを参照
アナログ親局 東京 12ch
ガイドチャンネル 12ch
リモコンキーID 7
デジタル親局 東京 23ch
主なアナログ中継局 アナログ中継局参照
主なデジタル中継局 デジタル中継局参照
公式サイト 公式サイト
特記事項:
1964年4月12日 - 1973年9月30日までは
財団法人日本科学技術振興財団が運営。
  
社名
代表取締役社長
本社・支社所在地

[編集] 略史

財団法人日本科学技術振興財団(以下「財団」)テレビ事業本部の番組制作を目的として設立された「株式会社東京12チャンネルプロダクション」(以下「東京12チャンネルプロダクション」)が、同財団から放送事業を譲り受けて発足したものである。テレビ東京の親局チャンネルである12chは、かつて在日米軍が使用していたチャンネルで、これを返してもらって開局したと言われている。

先に開局した教育番組専門局である日本教育テレビ(NET。現:テレビ朝日)と異なり、旧東京12チャンネルは1964年に財団が母体となって設立された科学技術学園工業高等学校(現・科学技術学園高等学校)の授業放送をメインとして行う教育専門局(科学テレビ)として開局し、民放ながら広告を流さない放送局として運営された。しかし、それが故に慢性的な赤字を抱えたため、1966年4月から規模を大幅に縮小すると共に放送時間も午前10時-11時30分の1時間半とゴールデンタイムと呼ばれる夕方5時-夜9時の4時間の計5時間半(日曜日は後者の4時間)のみに短縮された。その後、「科学テレビ協力会」を母体とした「東京12チャンネルプロダクション」が設立され、1967年に日中と深夜の放送を再開した。この時、水面下では「財団のテレビ部門をNHKに譲渡する」「毎日放送が東京12チャンネルプロダクションを買収する」といった話が進められていたといわれるが、共に頓挫した。結局、1969年12月に再三にわたる財界からの要請を受ける形で日本経済新聞社(日経)が、東京12チャンネルプロダクションの経営に乗り出した(郵政省に「12chを日経か中日新聞社に譲れ」といわれていた朝日新聞社もこの動きに同調した)。当時日経は日本教育テレビにも出資していたが、この時にこの出資分を朝日新聞社が買い取り、日経はその売却益を利用して東京12チャンネルプロダクションに出資するという形態を取った。なお、テレビ東京とその系列局はその後も「ホロニックパス」「テクノピア」「パソコンサンデー」など、優れた科学技術番組を輩出している。

1973年10月1日に東京12チャンネルプロダクションの商号を変更した株式会社東京12チャンネルが放送事業を譲り受け、翌11月1日に総合放送局に移行した(移行前日の10月31日の放送終了時にテロップが表示された)。この後、他のキー局の様に地方系列局を持っていないハンディを克服するため、近畿中京圏の独立UHF放送局[3]への番組販売を展開する様になる。なお、1969年10月から1975年3月までは大阪の毎日放送と(その名残りで2008年現在でも同局が大株主に名を連ねている)、テレビ愛知が開局する1983年8月までは中京テレビとも提携関係にあった(日経が中京テレビに出資していたため)。また、関西地区ではその後もテレビ大阪が開局する1982年3月まで在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていた事もある。

東京12チャンネル時代は、他局が午前6時台から放送開始している中、番組ソフトが不足していた事もあり、開局当初から1974年頃までは午前10時前(その後1977年9月頃までは9時からに繰り上げ)からと比較的遅い時間から放送開始していた。そのため、一部の新聞のテレビ欄では午前中の部分を広告欄に差し替えていた(1966年の放送時間縮小時はハーフ又はそれに準じるサイズに縮小されていた)。

1983年にテレビ大阪及びテレビ愛知と「メガTONネットワーク」(メガTONとは「東京」の「T」、「大阪」の「O」、名古屋の「N」を意味している)を形成した。そして1989年より名称をTXNに改め[4]、現在では全国6局の系列局とネットワークを形成している。6局で日本の総世帯数の約7割(13都道府県とその周辺地域)をカバーしている[5]

また、独立UHF放送局を始めとする系列外の放送局への番組販売も行われているが、最近ではケーブルテレビ局でのTXN系区域外再送信の増加やBSジャパンの開局により番販取り引きが減少傾向である。このため、番販取り引きを少しでも増やそうとTXN系列局がテレビ愛知から再送信同意が出されている岐阜三重両県及びTVQ九州放送から再送信同意が出されている佐賀県を除いた31府県(今後の展開次第では26県に)のケーブルテレビ局に対して区域外再送信を許可しないケースも出て来ている。しかし、日本シリーズなどの生放送番組は番販購入している系列外で生放送をネットできず、放送されなかったり、或いは録画放送となるが、日本シリーズの場合はNHK-BS1でも同時中継されており、地上波で生中継を視聴できない地域にも配慮されている。また、ケーブルテレビ局が直接TXN系列の番組を購入し、自主放送チャンネルで番組を流している場合もあるが、こういったケースは極めて稀である。

1991年4月にTXN九州(現・TVQ九州放送)が開局して以降、テレビ東京の業績が低迷したために既存局による1局2波も含めて系列放送局の新規開局を行っていない。これは、敢えて自前で系列新局を開局させるよりも既存の地方局への番販で収入を得た方が適当との判断による。また、BSデジタル放送局のBSジャパンやAT-X日経CNBCといった関連局が開局した事により、全国展開は完了したとの判断が一時なされた(但し、その際、プロ野球Jリーグ取材のために宮城静岡広島の各県に常駐取材拠点を置きたいという希望を表明していた。) 。

2004年8月5日東京証券取引所市場第1部に在京キー局のテレビ局としては最後(5番目)の株式上場を果たした(証券コード:9411)。初値は公開価格2,900円を上回る3,350円だった。

他の在京キー4局に比べて全体の視聴率が振るわないため、それを揶揄して視聴率の低い他局に対し「振り向けばそこにテレビ東京」と言われる事もあるが、敢えて扱う分野を明確化してターゲットを絞った(60代以上の主婦層、アニメファン、個人投資家、ファッション好き、旅行好き、釣り好き、レース好きなど)番組編成から「視聴率は最下位で、固定客数は最上位」と評されている。この様な特定層に向けた番組編成はスポンサーにとって広告波及効果が高いと評価され、1990年代後半からは他局も追随する様になった(TBS系の「王様のブランチ」など)。また、結果的に「視聴率無関係」な編成傾向や経済番組の多さ(後述)から時折「民放のNHK」と称される事もある。[6]現在は、年4回の改編期における番組の改編率が高く、大幅に変更される。

最近では、『いい旅・夢気分』や『土曜スペシャル』などサラリーマンや中高年層を主力とする番組で他の在京キー局と遜色のない視聴率を上げる番組が増えて来ており、他の在京キー局のOLや若年層を主力とした裏番組を放送時間帯の移動や打ち切りに追い込む事もあるが、主軸コンテンツのアニメ番組は全般に低落傾向にあり(他局も同様)、その他の番組でもリニューアルや枠移転などを繰り返して全体平均視聴率の向上に努めているが、今でも目立った実績は挙げていない。なお、TXNの番組の打ち切りは、契約上の関係から不祥事などを除き行っていない。

[編集] 沿革

[編集] 設立前

  • 1964年昭和39年)4月12日 - 科学技術学園工業高等学校が開校し、授業放送(科学テレビ)を開始。
午前11時30分よりテストパターンにベートーベンの交響曲第9番「合唱」の第4楽章全曲の音声を流し、局名が「東京12チャンネル」という事もあって、正午から放送開始した。当初は朝日新聞ニュースも放送していた。
  • 1968年(昭和43年)3月28日 - カラー放送を開始(東京地区では5番目)。

[編集] 設立後

  • 1968年(昭和43年)7月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクションを設立(この年月日が株式会社としての創立日とされている)。
  • 1969年(昭和44年)10月27日 - 株式会社日本経済新聞社が財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部の運営を引き受ける。
  • 1969年(昭和44年)11月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクション増資(資本金10億円→20億円)。
(株式会社日本経済新聞社6億円・日本生命グループ4億円。なお日本生命グループは翌1970年7月に資本を引き上げる。)
  • 1973年(昭和48年)10月1日 - 商号を株式会社東京12チャンネルに変更。財団法人日本科学技術振興財団から放送事業を譲り受ける。
  • 1973年(昭和48年)11月1日 - 総合放送局に移行。
  • 1978年(昭和53年)12月25日 - 標準テレビジョン音声多重放送を開始。
2ヶ国語放送第1号は「音声多重放送開始の案内」。ステレオ放送第1号は同日からスタートした「パイオニア・ステレオ音楽館」(番組開始当初からCMもステレオ音声)。
地上波放送番組のうちニュースなどの生放送番組や一部のバラエティ番組などがハイビジョンで放送される様になる(BSデジタルの送出マスターは東芝製の物を使用)。
これにより地上デジタルテレビジョン放送もハイビジョンで放送される様になった(それ以前はほぼすべての時間帯が4:3標準画面のアップコンバートによる放送で、ハイビジョン映像はBSジャパンでしか視聴できなかった。)。また、提供クレジットの文字フォントもBSジャパンと同じ仕様に変更された。
  • 2004年(平成16年)4月21日 -開局40周年記念日
  • 2005年(平成17年)12月12日 - 公式アニメサイトを「アニメエクスプレス」から「あにてれ」へリニューアル(公式では同日12時12分12秒頃に行ったと発表)。ドメインも分け、総合アニメサイトを目指す。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
  • 2006年(平成18年)5月7日 - 東京ドームでの巨人主催試合を開局以来初めて中継した(対ヤクルト戦)。
  • 2007年(平成19年)5月31日 - この日行われた定例会見で、菅谷定彦社長(現:会長)が2011年7月24日の地上デジタル放送全面移行後のネットワーク拡大構想を明らかにした(詳細
  • 2007年(平成19年)7月7日 - 「テレビ東京ネットワーク七夕祭り」が放送される。2011年までの5年間(予定)で特別番組を放送し、テレビ東京のリモコンキーIDである「7」をPRする。
  • 2008年(平成20年)7月1日 - 番組冒頭及びCM明けに「TV TOKYO 7ch digital」と画面上に表示(主に夜間の主要番組。この様な事はテレビ朝日でも行われているがいつも同じ映像ではない。)。データ放送では7月の1ヶ月間のみ「デジタル7チャンBINGO」を実施。また、開局45周年を機に制作(・著作)クレジットも従来の「TV TOKYO」から「TV TOKYO 7ch デジタル」[7]に変更(地上デジタル放送のリモコンキーIDを制作・著作クレジットに入れたのは在京キー局では初)。
  • 2008年(平成20年)7月7日 - 公式アニメサイト「あにてれ」を同日7時7分7秒に一新。

[編集] ネットワーク構築の歴史

※番組制作会社「東京12チャンネルプロダクション」が設立された事により初めて構築できた。因みに、日本科学技術振興財団テレビ事業本部のみの時代は関東広域独立局という位置付けだった。

[編集] ネットワーク拡大構想

先述の2007年5月31日での菅谷社長(当時)の定例会見に於いて、以下の構想が発表された。

  1. 宮城広島両県への系列新局開局
  2. 静岡県への系列新局開局、もしくはテレビ愛知の放送エリア拡大
  3. テレビ大阪の放送エリアを京都府兵庫県に拡大(テレビ大阪の項も参照

本格的な地デジ時代を睨んだ戦略ではあると言えるが、地上デジタル放送への設備投資で経営体力の消耗を強いられる既存局からの抵抗も予想され[8]、実現には紆余曲折が予想される。

[編集] スタジオ

[編集] 虎ノ門本社

※かつては、「ギルガメッシュないと」や「平成女学園」、「朝はビタミン!」も収録されていた。

スタジオ数、面積や運用形態は芝公園の旧社屋を大方踏襲したものとなっており、基本的に第1・2スタジオが汎用スタジオとして使われ、第1はパッケージが中心、第2は平日の帯番組や小規模収録番組が中心の運用となっている。また、報道局に隣接する格好の第3・4スタジオは報道番組及びスポーツニュースが中心の運用となっている。なお、以前の第3スタジオでは情報系番組の生放送や収録が行われていた事もあった。そして第4スタジオは運用開始当初報道局側に壁のないオープンスタイルであったが、諸事情により現在は完全密閉型のスタジオへ改装された。また、当初サブを持たず、第3副調整室(3サブ)が第3スタジオと第4スタジオを駆動する形式であった。その後一旦第4副調整室(4サブ)が整備されるも報道フロアが手狭になった事から4サブを廃止・撤収し、再び3サブで3スタと4スタを駆動する形に改められた。なお、3サブ内にはCG制作室が併設され、4サブは報道VTR編集室に改装されている。いずれのスタジオもハイビジョン対応で、SD(従来の標準画質)収録番組も混在している。因みに、地上デジタル放送開始前の2003年6月の時点でも既に全番組の3割がハイビジョンで制作されている。

なお、虎ノ門本社の全スタジオのハイビジョン対応化は2000年12月開局のBSジャパンでも地上波番組をハイビジョンで放送するために他の在京民放キー局に先駆けて整備したものであり、その後の地上デジタル放送にも対応している。下記の天王洲スタジオも同様である。

[編集] 天王洲スタジオ

東京都品川区東品川一丁目3番3号

ここには2つのスタジオがあり、1999年12月12日の運用開始当初からハイビジョンに対応している。バラエティ番組ではゲストの多い公開番組の収録や生放送を行っている他、他局への貸し出しも行っている。

同スタジオと同じ敷地内にマンション「てれとハイム」が併設されており、「職住接近」の環境ができ上がっている。しかし、実際ここに居を構えるテレビ東京の社員は数える程とも言われている。なお、建物自体は関連会社の「テレビ東京建物」が管理している。

[編集] その他

  • ロケーション番組となっている『いい旅・夢気分』や『ココリコミリオン家族』も全編ハイビジョン制作となっている。
  • かつての本社屋である「芝公園スタジオ」は、現在は日本電波塔が管理し、関連会社テクノマックスが運営している。運営会社は変わったが、同社の番組は今でも多く制作されている。なお、同所の建物自体は元々日本電波塔の所有物であり、テレビ東京が賃借して使用していた。詳細は「東京タワースタジオ」の項を参照の事。
  • 送出マスターは虎ノ門本社にあり、地上デジタル・アナログ統合マスターがある他、BSデジタル放送局であるBSジャパンの送出マスター設備も同じ虎ノ門本社にある。

[編集] 主なテレビ番組

テレビ東京番組一覧を参照

[編集] テレビ東京が得意とされる分野

他局が手を付けていない、特定の視聴層を狙い撃ちする様な番組編成を得意とする。

[編集] バラエティ番組

TVチャンピオン』『開運!なんでも鑑定団』『出没!アド街ック天国』の様な長期人気番組の共通点として、今までに誰も注目しなかった、もしくは注目が集まったとしても価値があるかどうか不確かなものに対してスポットを当てて番組を成り立たせた事がある。これは、東京12チャンネルとしての総合編成を開始した時期からの伝統とも言える。

番組制作予算やセットなど全体的に小ぶりなものが多くなるため、アイデア勝負にならざるを得ない同局の得意技と言って良い。『TVチャンピオン』での「大食い」や『なんでも鑑定団』での「お宝」はどちらも全国的ブームを呼び起こした[9]。しかし、ブームになった後で他局による豪華な仕様で後追いされてしまい、結局コンセプトを奪われがちになる事も多い。他局が視聴率などを理由に早期に撤退する中で同じテーマの番組を放映し続けた結果、「大食い」「お宝」共に定着化され、長寿番組化している事は、現在の視聴率至上主義に対するアンチテーゼとして注目できる。

1970年代後半から1980年代半ばにかけてはいくつかの意欲的なバラエティ番組も制作された。以下に当時の主な番組名と簡単な内容を挙げる。

水曜夜8時に放送。三波伸介が司会を務めた。イラストを描いてそれが何かを当てる「エスチャー」というコーナーで、元ずうとるび江藤博利が「画風の奇抜さ」で人気を得た。
日曜正午にスタジオアルタからフジテレビ以外で初めてレギュラー生放送された1時間のスタジオメインの番組だった(番組構成は現在の『アッコにおまかせ!』〈TBS系〉に近い)。司会はタモリで、『笑っていいとも!』のスタート直前に担当していた。
「タモリの突撃ナマ放送」の後継番組。前番組と同じく日曜正午にスタジオアルタから1時間生放送された番組で、複数のタレントチームが品物の値段を当てるクイズなどに挑戦していた(番組コンセプトは『目方でドーン!』〈日本テレビ系〉や『100万円クイズハンター』〈テレビ朝日系〉に近い内容)。
木曜夜に放送。ドラマとバラエティを1つの番組枠に収めたもので、山田邦子などが出演。手塚眞のショートホラードラマが注目を集めた。
こちらも木曜夜に放送。いわゆる「視聴者参加番組」で、関東各地のホールからの公開生放送を行っていた。素人時代の野沢直子とんねるずも出演した事がある。
土曜昼1時から90分の生放送。大島さと子らが司会を務めた。『OH!エルくらぶ』(テレビ朝日系)や『王様のブランチ』(TBS系)の源流となったとも言える。週休2日制が定着し始めた頃の週末情報番組だった。この番組の終了後も『なんとかしてよ』『DONDONウイークリー・会議中ですよ!』などが放送されていた。
土曜夜9時からの生放送。関口宏が司会を務めた。軽い話題をVTRにまとめ、それを見ながらゲストとトークする番組で『久米宏のTVスクランブル』(日本テレビ系)のエッセンスが感じられる番組だった。
こちらも土曜夜9時から生放送。「テレビあっとランダム」の後継番組で、内容はほとんど同じだった。終了後は放送時間帯を月曜夜に移し、『徳光和夫の情報スピリッツ』に衣替えした。

[編集] 報道番組(経済・企業情勢)

日本経済新聞との資本関係を活かし、経済企業情勢に関する番組が全国ネット・ローカル番組を問わず多い。中でも、『ワールドビジネスサテライト(通称:WBS)』は経済ニュース番組の大御所として長く君臨している。なお、経済主体であるために、ニュース番組でありながら他局での「スポーツ」に相当するコーナーはなく、プロ野球の試合結果などは直後の別番組『メガスポ!』(『スポパラ』の第1部)で扱われる。

  • 平日早朝の『モーニングサテライト』は、米国の各証券取引所の取り引きが終了した直後の状況を生中継で放送している。他局も一般ニュースとして伝えてはいるが、各取引所(NASDAQNYSEなど)の個別の銘柄についてコメントするのは他局も含めてこの番組だけである。解説は日本語の堪能な現地証券会社アナリストや日本の証券系企業の現地法人アナリストなどが担当する。そのため、米国の市場動性に敏感な機関投資家及び運用担当、個人投資家などを主な視聴者層としている。
  • 平日昼間の9:00-(E morning・第1部)・11:00-(同・第3部)・15:35-(NEWS FINE・第1部)には株式ニュースを流している(これらの番組はBSジャパンでも同時放送を行っている)。

これらの番組は、WBSを除き東京株式市場が休止する祝日や振替休日には放送されず、特別番組が放送されるが、朝と昼前は代替としてTXNニュースが放送される。

また、ドキュメンタリー番組も社会や企業経営陣の視座に立った番組が多い(『日経スペシャル ガイアの夜明け』『日経スペシャル カンブリア宮殿』『ソロモン流』など)。また、これらの番組は日経CNBCにもネットしている。

テレビ東京のアナウンサーは、こうした番組で鍛えられているせいか経済・企業情勢で一家言持つ者も多い。

[編集] アニメ番組

テレビ東京はアニメを重視する局としても認知されており、現在民放キー局中でアニメの放送本数が最も多い。民放キー局で放送されるアニメ全作品のうち半数以上が同局の放送というデータもある(参考記事)。

但し、自社発注のテレビアニメは1974年の『ダメおやじ』が1作目で、他局に比べるとその歴史は比較的浅い(それ以前は外国アニメや民放他局のアニメの再放送を行っていた)。その後も東京12チャンネル時代の自社発注のテレビアニメは主にナック制作による異色の作品を1年に1-2本放送する程度だった[10]。この時点ではまだ同局のテレビアニメは必ずしもメジャーな存在ではなかった。

社名変更後は次第に自社発注のテレビアニメの作品数が増え、1980年代後半以降は自社発注のテレビアニメ中心の放送となり、今日の様な評価を受ける様になった[11]。特に『キャプテン翼』(1983年-1986年・2001年-2002年)や『ミスター味っ子』(1987年-1989年)、そして他局の歴史的作品のリメイクながら『楽しいムーミン一家』(1990年-1992年)などは、関東地区は基より、系列局のある地域のみならず、系列局のない地域も含めて全国的に広く人気を集めた。

テレビ東京を代表する作品でもある『アニメ・ポケットモンスター』を筆頭に、低年齢児童少年少女向けのアニメから『ネギま!?』や『ギャラクシーエンジェル』シリーズなどの様ないわゆる「萌えアニメ」など幅広い視聴者層に対応できる様に編成され、これら作品群の放送にまつわる話題も事欠かない。これらのアニメ作品は、最盛期である1990年代前半は視聴率10%台の番組も多数存在し、テレビ東京の土台を支え、収益の増加にもつながった。かつてはテレビアニメとして『マンガ日本経済入門』や『ラブひな』を午後10時台に放送した事があったが、共に確たる実績を挙げられなかった。

21世紀に入ってからは、全日帯アニメの主たる視聴者である中学生の部活や塾通いの他、録画視聴習慣の定着、さらには少子化などの影響などによりアニメ全体の平均視聴率が低迷の傾向を見せ始め、特に子供向けアニメのゴールデンタイムと言える平日18時台のアニメ番組の視聴率へ与える影響は大きく、以前程には高いものではなくなって来た。これらの影響を受け、TXNでは2006年4月から従来の平日18時台のアニメ枠を30分ずつ前倒し、17:30-18:30に変更し(通称『アニメ530』枠)、同時に空いた18:30-19:00枠を近年関係を強めている吉本興業との共同制作のバラエティ番組(通称『スキバラ』枠)を新設するという大改編を行う事が話題となって注目されていたが、現在でも同枠全体の視聴率低下に歯止めがかからない状態が続いている。それを踏まえて、アニメの本数が増えすぎて1つの壁にぶつかっている現状を打開しようと、翌2007年4月より『アニメ530』枠のうち17:30-18:00枠の月・火曜日を『ドラマ530』として放送し、同年10月改編では金曜日17:30-18:00枠も『ドラマ530』枠化された(2008年10月改変でバラエティ枠へ衣替え)。さらに2008年4月の改編で『テニスの王子様』と『BLEACH』の再放送がそれぞれ木曜と月曜の17:30に放送しているので、結果的に17:30-18:00のアニメ枠は火曜が新作アニメ、金曜が『ドラマ530』、それ以外が再放送となっている。中でも、同月から開始された『ソウルイーター』では月曜18:00-18:30に全国ネットで放送される他、『ソウルイーター レイトショー』として深夜にもローカルセールス枠扱いで放送されている(テレビ東京では木曜26:15-26:45に放送)。

また、2000年代に入って多くの学校で週5日制が導入された事に伴い、週末午前帯のアニメ枠も強化されており、先述の『アニメ530』枠の苦戦とは対照的にこちらは堅調である。ただ、土曜朝9時枠はローカルセールス枠になっているため、局によってはアニメ枠ではない番組も放送される。

[編集] 深夜アニメ

テレ東アニメのもう1つの側面として、深夜に放送される数々の作品群(いわゆる深夜アニメ)が豊富である事が挙げられる。キー局の深夜アニメ隆盛を促すきっかけとなった『エルフを狩るモノたち』を放送してから約10年、テレ東の深夜アニメは常に話題作を放送し続け、現在でも同局の深夜枠の中核を担っている。その影響は大きく、通常放送開始時間が変動するのが通例である深夜枠でも、かつてはアニメは原則として放送開始時間が固定されていた程である。但し、毎年6月初旬に『全仏オープンテニス』を中継するため、必ず時間変更や休止が発生している(かつては平日も系列局6局ネットだったが、近年平日についてはテレビ東京のみで、週末のみ全国ネットとなっている。)。また、2005年頃からTXN全局を挙げてのスポーツ中継やバラエティ番組などを拡大放送する様になって来たため、放送時間を変更する事も多くなって来ている(主に月・木~土曜日が15-30分、火・日曜日が6-12分、水曜日が6-30分程度繰り下げて放送する時がある。なお、1度だけ3時間繰り下がった事があった。)。

選挙・災害報道などで特別編成が行われる場合でも、アニメの放送時間だけはできるだけ変更しないなど、アニメに対しては手厚い配慮を行っている。その理由は、あらかじめ決められた放送期間内に予定されている話数をすべて放送する契約となっているためである。また、スポーツ中継などで休止になる場合は途中1時間に枠を拡大するなどの対応をとっている。

地上デジタル放送ではハイビジョン制作(アナログ放送では画面比16:9のレターボックスサイズ)による深夜アニメも、2007年4月改編で開始された作品より実施されている(『史上最強の弟子ケンイチ』を除く)。

[編集] 特撮

テレビ東京は、アニメだけではなく特撮番組も放送している。特に東映作品がかなり有名だった。過去の代表作に『忍者キャプター』『快傑ズバット』『スパイダーマン』などがある。

しかし、1980年代に入って特撮番組は姿を消したが、1990年代中頃に復活し、2000年代になってからは深夜帯に放送されることがあった。

最近では“『超星神シリーズ』”3作品の他、『ケータイ捜査官7』、そして系列局制作ではあるが『魔弾戦記リュウケンドー』や『トミカヒーロー レスキューフォース』など日曜や土曜の早朝に小学生以下をターゲットで特撮番組が放送されている。この2つがいずれも「レッドエンタテインメント」絡みである事は非常に興味深い。

[編集] あにてれ

テレビ東京系列で放送されているアニメ番組専門[12]公式サイトである。ここではテレビ東京で月・火曜深夜に関東ローカルで放送されているRe:あにてれ情報局のブロードバンド配信も実施されている。

※TXNで放送したアニメ番組の個々の詳細については「テレビ東京系アニメ」、或いは「Category:テレビ東京系アニメ」を参照の事。
※個々の深夜アニメの概要については、それぞれの作品の項を参照の事。

[編集] 旅番組・グルメ番組

テレビ東京は、旅番組グルメ番組が多いのも特色の一つである。

  • 旅番組はテレビ東京の番組編成の根幹を成す分野で、定番の温泉旅行から珍道中もの、さらにはクイズゲームなどの企画を織り交ぜたものまで多様にあるため、「テレビ東京=旅番組」と真っ先に思い付く視聴者(主に母娘など)が多い(旅番組に母親と出演した経験のある北野誠はスタッフの対応が良いと評価している)[13]
  • ドライブ釣りなどのアウトドア番組も他のキー局と比べて多い。特に釣り番組はシマノ(本社:大阪)提供の「釣りロマンを求めて」とダイワ精工(同・東京)提供でテレビ大阪制作の「THE フィッシング」という長寿でなお且つ日本最大級の釣り具メーカーが提供している番組(共に土曜日の17:30-18:30に2本連続放送)を放送しており、ファンの間では人気がある(スポンサーと番組制作局の所在地が反対であるという点も興味深い)。なお、東京12チャンネル時代には「われら釣り天狗」という番組も存在していた。

[編集] 隅田川花火大会

毎年7月下旬に隅田川花火大会の模様を『土曜スペシャル』の枠で生中継している(関東ローカル)。

なお、東京都内で行われる花火大会はこれまで大江戸花火まつり(フジテレビ)や東京湾大華火祭(テレビ朝日)なども中継していたが、両局が視聴率低迷や予算の関係で撤退していく中、隅田川だけは現在も唯一テレビで生中継されている。

[編集] 音楽番組

[編集] “演歌のテレ東”

演歌と言えば、NHKという意見が今でも多いかもしれないが、実際には当局の方が番組数も多く、歴史ある番組も多い。

開局以来、1989年3月までの25年間に亘って放送され、現在は夏祭り(7月第1金曜日)と年忘れ(大晦日)に放送している『にっぽんの歌』、そして1978年10月から2000年9月まで22年間放送され、大正製薬一社提供番組としてもおなじみだった『演歌の花道』は、「演歌といえばテレビ東京」という地位を確固たるものにした。この関連で、東海林太郎伊藤久男霧島昇小唄勝太郎ら往年の名歌手の貴重なカラー映像が多数残される事となった。

なお、現在では7月の『夏祭りにっぽんの歌』や大晦日の『年忘れにっぽんの歌』(BSジ