ジョー・コール

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ジョー・コール
名前
本名 ジョゼフ・ジョン・コール
愛称 ジョー
ラテン文字 Joe COLE
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1981年11月8日(26歳)
出身地 ロンドンパディントン
身長 176cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 チェルシー
ポジション MF
背番号 10
利き足 右足


代表歴
出場 50
得点 8
2008年8月20日現在

Template(ノート 解説)サッカー選手pj

ジョゼフ・ジョン・コールJoseph John "Joe" Cole, 1981年11月8日 - )は、イングランドパディントン出身の同国代表サッカー選手。ポジションはMF

目次

[編集] プレースタイル

天性のパスセンスとテクニックを駆使した小刻みなステップの高速ドリブルが持ち味。センタリングにも非凡なものをみせ、ラボーナを繰り出す時もある。利き足は右だが、左足でのクロスボールやシュートの精度も高い。

マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督に「10年に1人の逸材」と言わしめた。イングランドでは珍しい創造性あふれる選手であり、同じくテクニシャンであったポール・ガスコインの後継者とも評される。

テクニシャンにありがちな、やや怪我に弱い一面を持つ。ドイツワールドカップ終了後の2006-07シーズンは疲労骨折などでシーズン前半はほとんど出場できなかった。しかし、回復後は持ち前のドリブルやパスで数多くのチャンスを作り出した。プレーに安定感があり、試合に出れば自分の仕事をしっかりこなす選手である。

ポジションは、ウイング、サイドハーフ、セカンドストライカー、トップ下と器用にこなすが、本人はウイングがベストだという。

[編集] 経歴

[編集] クラブ

若手育成に定評があるウェストハムの下部組織で育ち、1999年、弱冠17歳でトップデビューを果たす。 ウェストハムではキャプテンを努めるほどに成長するが、02/03シーズンに自身の怪我もありチームは降格してしまう。これを機に2003年夏、CL出場と代表定着のため、£660万でチェルシーに移籍。アブラモヴィッチ体制初年度の注目選手の一人として背番号10を背負う。しかし、ベロンら他の新加入選手の存在もあり、ラニエリの下、不遇のシーズンになる。しかしベロンからは、その技術の高さを絶賛されるほど。

2004年/2005年シーズン、モウリーニョの監督就任に伴い、新たな仕事場を得る。

シーズン当初はサブとして起用されていたが、左ウイングロッベンの負傷で、モウリーニョはダミアン・ダフを左ウイングへ回して、コールを右ウイングで起用する。これが見事に当たり、持ち前のドリブルを生かしたプレーが増えた。モウリーニョの指導で守備も改善し、フィジカル面でも成長を見せた。

[編集] 代表

2001年5月25日メキシコ戦にてフル代表デビューを果たす。 2002年FIFAワールドカップのメンバーに選ばれたが途中出場のたった一度だけの出場に終わった。 ユーロ2004のメンバーだったが大会では出場機会に恵まれなかった。

これまではスタメンに定着できなかったが、モウリーニョ監督の下で発展を遂げると、イングランド代表の課題であった左MFのポジションでも一気に頭角をあらわし2006 FIFAワールドカップ予選でもすばらしい活躍を見せた。本戦においても、対スウェーデン戦でゴール前のこぼれ球から胸トラップし、ドライブ回転のかかった驚異的なロングシュートを記録して観客の度肝を抜かせた。

[編集] その他

  • 実家は果物屋。
  • 一家揃ってチェルシーのファンで、自身も少年時代からの大ファン。
  • テレビゲームが好きで、PS2ゲームのプロエボリューションサッカー(ウイニングイレブン)が得意。ジョン・テリーが催したチーム内の大会で優勝し自前のトロフィーを獲得したという。
  • ジョゼ・モウリーニョの手により才能をさらに開花させたが、モウリーニョの指導で最も大きかったのは、「食事改善」であったと語っている。
  • ブラジルの英雄であり、元日本代表監督のジーコをアイドル視しており、パソコンの壁紙をジーコにしているという。

[編集] 所属クラブ

[編集] 獲得タイトル

[編集] チェルシー時代

[編集] 外部リンク

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