小田急バス
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒182-8567 東京都調布市仙川町2丁目19番地5 |
| 電話番号 | 03-5313-8211 |
| 設立 | 1932年6月1日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 旅客自動車運送業、石油製品販売業、不動産業、他 |
| 代表者 | 尾淵裕保(代表取締役社長) |
| 資本金 | 3億円(2006年3月31日現在) |
| 従業員数 | 1055名(2006年3月31日現在) |
| 外部リンク | www.odakyubus.co.jp/ |
| 特記事項:小田急グループ入りしたのが1950年9月1日であるため、同日を設立と表示している場合もあるが、法人としての設立は上記の日。 | |
小田急バス(おだきゅうバス 英称:Odakyu bus Co.,Ltd.)は、東京都城南・武蔵野地域、川崎市、横浜市北部を中心としたバス路線を運行する小田急電鉄グループ(小田急グループ)の会社である。
目次 |
[編集] 概要
主な事業は路線バスの運行である。6つの営業所に400台以上のバスを持ち、上記地域における一般路線バスの運行にもっとも多くの車両を割いているほか、空港リムジンバスの運行にも参入している。観光バスの営業規模は小さい。
バス事業以外に副業として、ガソリンスタンドの営業と住宅・オフィスビル・駐車場の賃貸や分譲などを行っている。本社は、当初新宿におかれたが、1990年代に移転し、現在は調布市仙川のバスターミナルに隣接した場所(同社運営のモービル石油GSのあるビル)にある。
近年はコミュニティバスの運行受託にも力を入れており、平成15年10月、国土交通省から「国土交通特別大臣賞」を受賞した。
[編集] 車両
[編集] 車種
一部のコミュニティバスに日野自動車製が配置されているが、ほとんどの車種がいすゞ自動車製(現在はジェイ・バス)及び三菱ふそうトラック・バス製である。
車両の大きさに関しては大型車が多いが、一部の営業所には中型車も投入されている。9m大型車の投入はない。1999年以降の新車は大部分がノンステップバスとなっており、なかでもいすゞ・エルガの占める割合が大きい。特に,2007年以降の投入車は全車いすゞ製。(三菱製は日産ディーゼルPKG-RA系のOEMとなったので投入されなかった模様)
- 1995年には、車両のバリアフリー化の一環として、中扉に自動昇降ステップを装着した「ニューステップバス」が導入されている。前面や入口付近にニューステップバスであることを示すハートのマークが掲げられている。
[編集] 塗装
路線バスのボディーカラーの赤いラインは情熱を表し、白いラインは清潔と忠実をあらわしている。赤いラインの間に白いラインが引いてあるのは、情熱の中にも常に理性があることを意味する。
空港リムジンバスや貸切バスで使用される車両は小田急グループで共通のデザインが施されており、小田急箱根高速バス・立川バス・神奈中バス・江ノ電バス・東海バスでほぼ同一の塗色となっている。小田急箱根高速バスとは英字の綴りが同じになるが、同社は小文字(odakyu)、小田急バスは大文字(ODAKYU)を使っており区別は可能である。
- 上記路線バスのボディカラーは、小田急グループの立川バスとほぼ同じであるほか、秋田県にある羽後交通、北海道にあるてんてつバスが近いかほぼ同じである。なお、羽後交通・てんてつバスはどちらも小田急グループとの資本関係はない(小田急バスから羽後交通へ譲渡された車両は存在する)。
- また、観光バス・リムジンバス車両には車体に銀色の犬のレリーフが取り付けられている。この犬のシンボルマークはもとは路線車にも取り付けられていたが、1969年以降は路線車への取り付けは行っていない。なお、この犬マークは小田急バスの登録商標であり、本社ビルの玄関にも取り付けられている。
[編集] 経年車の処遇
- 小田急バスでは、1995年頃まで車内外再生工事を行っていた(P代の大型車迄更新、中型は一部未更新)が、U代車以降の再生工事は経費節減の絡みで中止された。そのため特にU代車は外板に錆が浮いたりと老朽化が著しい。
- 小田急バスでは、除籍後即座に中古車業者の手に渡ることが多いため、北海道から沖縄まで非常に広範囲で元小田急車を見ることが出来る。代表的な譲渡先として秋田中央交通・羽後交通・じょうてつ・北見バス・弘南バス・南部バス・岩手県交通・東海自動車・日本平自動車・大分バス・那覇バス・新常磐交通等で活躍するほか、海外へも数多く輸出されている。
[編集] 沿革
- 1931年 - 安全自動車が調布と武蔵境や吉祥寺間の路線を開設。
- 1932年6月1日 - 武蔵野乗合自動車株式会社設立。安全自動車の上記路線を買収。
- 1950年9月1日 - 小田急電鉄株式会社が買収し、商号を武蔵野乗合自動車株式会社から小田急バス株式会社に変更
- 1951年3月24日 - 一般貸切事業営業開始
- 1953年7月14日 - 国内旅行業営業開始
- 1962年4月4日 - 石油製品販売業(ガソリンスタンド)営業開始
- 1966年3月1日 - 不動産業営業開始
- 1988年2月17日 - 高速バス(新宿~秋田)営業開始
- 2000年7月13日 - 旅客限定(新百合ヶ丘駅~羽田空港・成田空港)営業開始
- 2007年3月18日 - 若林営業所(シティバス世田谷営業所)管内においてPASMOを導入(以後、順次導入)
- 2008年5月1日 - 武蔵境営業所管内においてPASMOを導入し、同車全営業所への導入が完了
[編集] 営業エリアについて
小田急バスの前身である武蔵野乗合自動車は、現在の武蔵野市、三鷹市及び調布市を基盤としていた中小バス会社。 自動車販売業の児玉衛一がオーナーで、元々小田急電鉄とは無関係だった(もっとも、路線が調布から矢野口、黒川を経て柿生駅まで達してはいた。)。
戦局の悪化に伴い業績不振となり、戦後国際興業へ身売りしたが、国際興業も本体ともいえる東都乗合自動車の復興再建が急務となっていたため、結局武蔵野乗合自動車は国際興業でも持て余す存在となっていた。
一方、戦後新発足した小田急電鉄は、直営のバス部門を持たず、傘下会社となった神奈中の路線も当時は鶴川止まりで、東京近郊区間での沿線バス路線開設が宿願となっていた。
しかしながら、バス事業の新規進出は困難で、既存バス会社による路線開設の形なら進出可能と知った小田急側と、経営難のため武蔵野乗合自動車の経営を撤退しようと考えていた国際興業側の利害が一致し、武蔵野乗合は小田急グループへ譲渡された。
このような沿革を持つため、小田急バスは小田急電鉄沿線ではない武蔵野・三鷹・調布地区にも路線基盤を有しているのである。
[編集] 各営業所(車庫)所在地
営業所名後ろの括弧内の英字は営業所を略記する際の記号。
[編集] 現行路線
[編集] 空港連絡バス
- 新百合ヶ丘駅たまプラーザ駅経由成田空港線 (京成バス・東急バスと共同運行)
- 吉祥寺駅成田空港線 (東京空港交通・京成バス・関東バスと共同運行)
- 吉祥寺駅~成田空港
- 新百合ヶ丘駅羽田空港線 (京浜急行バス・東急バスと共同運行)
- 新百合ヶ丘駅~羽田空港
- 吉祥寺駅羽田空港線 (東京空港交通・京浜急行バス・関東バスと共同運行)
- 吉祥寺駅~羽田空港
- 吉祥寺駅発着路線は吉祥寺営業所が、新百合ヶ丘駅発着路線は町田営業所が担当。
[編集] 高速バス
- 運行を担当する小田急シティバスを参照。
[編集] 路線バス
- 各営業所の項を参照。
[編集] コミュニティバス受託
- ムーバス(武蔵野市)
- みたかシティバス(三鷹市)
- 調布市ミニバス(調布市・鬼太郎バス)
- 祖師谷・成城地域循環ミニバス(世田谷区・くるりん)
- iバス(稲城市)
- 玉川学園コミュニティバス(町田市・玉ちゃんバス)
[編集] その他
- 満65歳以上の利用者に対して現金100円で乗車できるナイスパスを発売している。このほかにも、都内を運行する路線では東京都シルバーパスの利用も可能。(ムーバスなど一部バスを除く。)
- 元内閣総理大臣の羽田孜氏は、小田急バスに勤務していたことがある。(会計担当と言われているが、大型二種免許を取って運転士を勤めたという説もある。)
- 1995年頃に、接続する鉄道の路線ごとに幕の地色を、方面別に文字色を変えるという方向幕が試験的に導入されたことがある。しかし、一部には見にくい組み合わせとなって乗客の不評だったためか、1996年後半以降は行われなくなった。最近では他社同様白地の方向幕やLED方向幕の車が主流になっている。(ただし、色地の方向幕は現在でも一部車両に残っている。)
- 一部車両では、終点が小田急線の駅の場合は方向幕に「小田急線○○駅」と表記されている。車内放送でも「このバスは、…経由、小田急線○○駅行きでございます。」と案内されている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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