古谷三敏
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| 古谷 三敏 | |
|---|---|
| 本名 | 古谷 三敏 |
| 生誕 | 1936年8月11日(72歳) (現・中華人民共和国遼寧省) |
| 国籍 | |
| 職業 | 漫画家 |
| 活動期間 | 1955年 - |
| ジャンル | ギャグ漫画、少女漫画、家庭漫画、蘊蓄漫画 |
| 代表作 | ダメおやじ ぐうたらママ BARレモンハート 他 |
| 受賞 | 第24回小学館漫画賞 |
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古谷 三敏(ふるや みつとし、1936年8月11日 - )は満州の大連生まれ、茨城県神栖市出身の漫画家。薀蓄を多く含んだ漫画を得意とする。
目次 |
[編集] 経歴・人物
1955年、『みかんの花咲く丘』(島村出版)でデビュー。1958年に手塚治虫のアシスタントになり、1961年に一度独立して月刊「少女」(光文社)等に連載を持つ。1963年に編集者の推薦により赤塚不二夫のアシスタントになる。
1965年に赤塚不二夫が設立したフジオ・プロダクションに参加。フジオプロ在籍時代はアイディアスタッフのメインとして『おそ松くん』『天才バカボン』など赤塚作品に多く関わっていたほか、並行して少女誌を中心に自作も手掛け、1970年から週刊少年サンデーに連載した『ダメおやじ』のヒットで、少年誌向けギャグ漫画家として人気を博し、同作で第24回(1978年)小学館漫画賞を受賞した。
その後、フジオプロから独立し、1974年9月に芳谷圭児とともに『ファミリー企画』を設立。以後は青年誌を中心に活動を続け、薀蓄を交え、サラリーマンのユーモラスな日常生活を描いた「減点パパ」をはじめ、酒の世界と人間ドラマを織り込んだ「BARレモン・ハート」、落語と噺家の人生を描いた「寄席芸人伝」など数多くの作品を世に送り出している。
漫画家以外の活動では、日本テレビ『おはよう!こどもショー』内でイラスト講座を担当したことがある。
[編集] エピソード
減点パパには、古谷の人柄を表すユニークなエピソードが多数記載されている。
- 子供の頃、可愛がってくれた近所の御隠居に恩返しをしようとして、大事にしていた盆栽に肥料として小便をかけ、こっぴどくしかられた。
- 国民学校の4年生のとき、国語の先生が石川啄木を「イシカワ トチギ」と読んだのを過ちだと指摘したところ、「そんな細かいことを言っているようでは大人物にはなれない」と言われ、その反動で細かい人間になったといわれる。
- くじ運が非常に悪く、51人のクラスで50足のズックが配給されたときに、1人だけもらえなかったことがある。
- 中学時代、銭湯で体を洗っていたところ、頭から冷水を浴びせられた仕返しに、同級生の急所を思いっきり握ったところ、実は教頭先生であり、停学になるほどの大問題になった。
- 駆け出し時代(漫画家と思われる)に、競い合って尿瓶でビールを飲んだり、オマルでカレーを食べたり、痰壺に生牡蠣を入れて食べたりしていた。
- 部屋運がなく、1ヶ月に4回も引越しをしたことがある。
- 赤塚不二夫と働き始めた頃、あまりのハードワークに疲れ果て、多摩川の河原でぼんやりと過ごしたことがある。そのとき、富山の丸薬のような黒い実がなっている草を見つけ、薬局で買った薬包紙に包みアメリカ製のとても高価な精力剤と偽ってアシスタントに一つずつ配った(ちなみにプラセボ効果があったらしい)。
- 某製鉄所に見学に行った際、巨大な白光を放つ溶けた鉄の塊を見て、興奮を表す言葉が見つからず「あれに急所が触れたら火傷をするでしょうね」と冗談を言ったら「すぐ、とけてしまいますよ」とニコリともせずに言われ、心底困ったことがある。
- 群馬県の山奥にある露天風呂で入浴していたとき、ふと思い立ってひときわ高い岩の上で、ブラームスの楽曲を思い浮かべながら指揮をとっていたところ、山菜取りの若い娘さんたちに大笑いされたことがある。
- 女を見ると「どうしてそんなにきれいなの?」と決まって褒めることにしているが、いまだ満足な答えを返してきた女性はいないらしい。
- 草野球でライトを守っていたとき、転んだ拍子に大フライが急所に当たり、2倍の大きさに腫れあがった。医者に「ぶら下げておいてはいけない」と指導され、天井から吊るして寝るはめになった。
- 旅をしても、名所旧跡などは一箇所も見ない。見知らぬ土地では、うまい食べ物と酒を一心不乱に探すためであり、翌日はひどい二日酔いに夕方まで悩まされるため。
- 血圧が高いので医者に止められているが、塩辛が大好き。
- 日本酒という言葉を憎んでいる(酒の一言でいい)。
- 麺類の中毒症で、夏など朝・昼・晩・夜中と4回も食べる。うどんを偏愛していて、嫌う人の気持ちが理解できない。
- 一年中好きな時に菖蒲湯につかりたいと思い立ち、近所の八百屋や花屋を駆け回って、菖蒲を買い占めて冷凍庫に保管したところ、近所で「誰かが買い占めたおかげで、子供たちの夢を傷つけた」と大騒ぎになったことがある。
- 徹夜明けでもコースに行ってしまうほどのゴルフ好き。
- 赤塚不二夫の葬儀では、同門の北見けんいち、高井研一郎と共に弔辞を読んだ。
[編集] 作品
- ダメおやじ(1970年 - 1982年、週刊少年サンデー、小学館)
- ぐうたらママ(1975年 - 毎日新聞「日曜くらぶ」、毎日新聞社)
- BARレモンハート(1985年 - 漫画アクションほか、双葉社)
- 寄席芸人伝(ビッグコミック、小学館)
- 減点パパ(週刊ポスト、小学館)
- 手っちゃん(週刊少年チャンピオン、秋田書店)
- パパさん(公明新聞、公明党機関紙局・まんがライフ、竹書房)
- グズ夫くん(日刊スポーツ、日刊スポーツ新聞社)
- ハーイぐう山です(日刊スポーツ、日刊スポーツ新聞社)
- うちの甚五郎(まんがタイム、芳文社)
- 噂のナイトマン(週刊アサヒ芸能、徳間書店)
- 「ホワーッ!」といずゴルフ(作・やまさき十三、週刊ポスト、小学館)
- ゆっくりダボさん(作・小堀洋、漫画アクション、双葉社)
- マジです! タケちゃん(週刊読売、読売新聞社)
- ダウンタウンモグ(市原吉之との共作、週刊女性、主婦と生活社)
- 合格ユミちゃん(監修・高橋敦子、週刊女性セブン、小学館)
- プリンセスプリンちゃん(なかよし、講談社)
- ピンキーちゃん(週刊少女フレンド、講談社)
- 魔子ちゃん(週刊少女フレンド、講談社)
- コミクルパァ(少女コミック、小学館)
- びりっかすヒナちゃん(週刊少女フレンド、講談社)
- オールナイトデッコ(赤塚不二夫との共作、週刊少女フレンド、講談社)
- 母恋い千鳥(プリンセス、秋田書店)
- 天才バカボンのおやじ(赤塚不二夫との共作、漫画サンデー、実業之日本社)
- 赤塚ギャグ笑待席「幕末のプレイボーイ 月形半平チャン」(週刊少年ジャンプ、集英社)
- マンダム親子(週刊少年キング、少年画報社)
- ドテかぼちゃん(週刊少年キング、少年画報社)
- どくだみ先生(週刊少年チャンピオン、秋田書店)
- とむらいくん(パワァコミック、双葉社)
- 寝太郎くん(マンガ少年、朝日ソノラマ)
- マンション大統領(少年ワールド、潮出版社)
- ハチャメチャラボ(マンガ少年、朝日ソノラマ)
- ボクの手塚治虫せんせい(A-ZERO、双葉社)※連載中
[編集] 漫画以外でイラストを描いた作品
- まりちゃんズ「ひがみブルース/尾崎家の祖母」シングルジャケット


