荒川静香
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| オリンピック | ||
|---|---|---|
| フィギュアスケート | ||
| 金 | 2006 | 女子シングル |
| 2004年NHK杯での荒川静香 | |||
| 基本情報 | |||
| 代表国: | |||
| 生年月日: | 1981年12月29日(26歳) | ||
| 出生地: | 東京都品川区 | ||
| 身長: | 166 cm | ||
| 体重: | 53kg | ||
| 元コーチ: | ニコライ・モロゾフ 佐藤久美子 タチアナ・タラソワ リチャード・キャラハン 長久保裕 |
||
| 元振付師: | ニコライ・モロゾフ タチアナ・タラソワ トーラー・クランストン 佐藤有香 |
||
| 所属クラブ: | プリンスホテル | ||
| 引退: | 2006年5月 | ||
| ISU パーソナルベストスコア | |||
| SP+FS トータル: | 191.34 | 2006 トリノ五輪 | |
| ショートプログラム: | 66.02 | 2006 トリノ五輪 | |
| フリースケーティング: | 125.32 | 2006 トリノ五輪 | |
荒川 静香(あらかわ しずか、ラテン文字:Shizuka Arakawa, 1981年12月29日 - )は、日本を代表する女性プロフィギュアスケーターである。2006年トリノオリンピック女子シングル金メダリスト。2004年世界選手権チャンピオン。
目次 |
[編集] 人物
東京都品川区の病院で生まれ、神奈川県鎌倉市で1歳4ヶ月まで過ごす。父親の転勤に伴ない高校卒業まで仙台で育った。静香という名前は、出生時の現住所である鎌倉に縁のある静御前に因んで名付けられた。宮城県に転居後、仙台市(現・同市青葉区)のわかくさ幼稚園に通園。仙台市立台原小学校入学。6年生の途中で同市のベッドタウンである利府町に引越し、利府町立しらかし台小学校に転入。利府町立しらかし台中学校卒業、東北高等学校卒業(本田武史より1学年後輩)。早稲田大学教育学部卒業(村主章枝より1学年後輩)。プリンスホテル所属。
栄典は紫綬褒章受章。賞歴は宮城県民栄誉賞、JOCスポーツ賞特別功労賞、JOCスポーツ賞最優秀賞、JOCオリンピック特別賞受賞など。
海外メディアからは、ポーカーフェイスな表情から「クールビューティー」と称されていた。日本での愛称はしーちゃん。しーちゃんと呼んでいるのは本田武史をはじめ、後輩の安藤美姫、高橋大輔などの代表選手、佐藤有香、恩田美栄など多岐にわたる。特に、安藤や恩田に慕われており、プライベートでも非常に仲が良い。長野オリンピックとソルトレイクシティオリンピックの日本代表を争った村主章枝とは確執が取り沙汰されていたが、トリノオリンピック中に一緒に食事をするなどし和解が報じられた。
[編集] 経歴
[編集] 少女時代(-1994)
5歳のとき「ちびっ子スケート教室」に入会、小学校入学後本格的にフィギュアスケートを始めた。他にも3歳から水泳を始め6歳で全泳法を覚えるなど幼少時よりスポーツ万能であった。泉市(現:仙台市泉区)のオレンジワン泉(2002年から「コナミスポーツクラブ泉」と改称し2004年12月閉鎖。2007年3月「アイスリンク仙台」と改称し再開)に通い、本田武史を育てた長久保裕に師事。小学校3年生のときに5種類の3回転ジャンプをマスターし「天才少女」と呼ばれた。10歳で第一回野辺山合宿に参加、12歳のときに初めての国際大会であるトリグラフトロフィーに出場し、優勝を果たす。
[編集] 中学時代(1994-1997)
全日本ジュニア選手権で史上初の3連覇を達成し、全国中学校スケート・アイスホッケー大会でも3連覇を達成、国際大会のネーベルホルン杯でも連続3回転ジャンプを成功させ優勝するなど才能を開花させる。中学3年生でシニアの第65回全日本選手権に特例出場し2位(優勝は村主章枝)。1997年世界選手権の日本女子シングル代表枠は2枠であったが、ジュニア選手であったことやシニアでの実績がないことから世界選手権代表に選出されなかった。
[編集] 高校時代(1997-2000)
シニアへ完全転向した東北高校1年生の1997-1998年シーズン、第66回全日本選手権で初優勝を果たし、たった1枠しかなかった長野オリンピックと1998年世界選手権の女子シングル日本代表を勝ち取る。その長野オリンピックでは今上天皇、皇后観戦のもとで演技を行い、ショートプログラムでは連続3回転ジャンプを成功させるが13位(ショート14位、フリー14位)、初めての出場となる1998年世界選手権では22位(ショート22位、フリー21位)に終わった。
1998-1999年シーズン、第67回全日本選手権で2連覇を果たし、続く全国高等学校スケート選手権大会(インターハイ)でも優勝、1999年アジア冬季競技大会では2位となるが、初めて行われた1999年四大陸選手権で6位となり、1999年世界選手権の代表権を得られなかった。これ以後スランプに陥る。
1999-2000年シーズン、第55回冬季国民体育大会冬季大会(青森国体)で優勝を果たすが、スパルカッセンカップ、NHK杯、第68回全日本選手権で5位となり、再び2000年世界選手権の代表権を得られなかった。
[編集] 大学生時代(2000-2004)
自己推薦入試で早稲田大学に進学しプリンスクラブに在籍した2000-2001年シーズン、第26回東日本フィギュアスケート選手権大会で優勝を果たすが、国際大会ではロシア杯7位、ラリック杯9位、四大陸選手権6位と振るわず、第69回全日本選手権は2位。
2001-2002年シーズン、ソルトレイクシティオリンピックの女子シングル日本代表枠は2枠であったが、グランプリファイナルに進出した恩田美栄が早々と内定を得る。残りの1枠を賭けた第70回全日本選手権では4年前と同様に村主章枝との事実上の一騎打ちとなったが敗れて2位、ソルトレイクシティオリンピックの出場権を得ることができなかった。
2002-2003年シーズン、恩師である長久保コーチが「ソルトレイク五輪に出場できなかったことでやっとやる気になった」と後年述べたように、荒川は精力的に試合をこなす。10月の東京フィギュアスケート選手権大会(優勝)を皮切りに、同月関東学生フィギュアスケート選手権大会(優勝)、11月ロシア杯(5位)、同月NHK杯(3位)、12月第71回全日本選手権(3位)、新年1月ユニバーシアード冬季競技大会(優勝)、2月冬季アジア大会(優勝)、同月四大陸選手権(2位)、同月初めての進出となるグランプリファイナル(4位)、3月には5年ぶりとなる2003年世界選手権(8位)、4月国際チャレンジ(7位)。エキシビションイベントも3公演に参加するなど、驚異的なスケジュールをこなし何かが変わったシーズンであった。
2003-2004年シーズン、大学生生活の集大成となるこのシーズンではスケートアメリカで3位、続くスケートカナダ2位、ラリック杯2位となり、2年連続でグランプリファイナルに出場(3位)。第72回全日本選手権では3位となったが、2004年世界選手権の切符を得た。 ドルトムントで行われた世界選手権では予選で1位、ショートプログラムで2位となり、迎えたフリースケーティングで3回転ルッツ-3回転トウループ-2回転ループ、3回転サルコウ-3回転トウループのコンビネーションジャンプなど全てのエレメンツを完璧に決め、技術点でジャッジから完全無欠を意味する6.0満点を獲得し、日本人選手として10年ぶり3人目の優勝を果たした。
なお、荒川は大学卒業後の所属先も未定だったこともあり、この世界選手権を最後にアマチュア引退を決意していた。しかし、帰国後にプリンスホテルへの所属が決まり、周囲のトリノオリンピックへの期待も高まり、迷いながらも現役続行することになる。
[編集] 社会人時代(2004-2006)
2004-2005年シーズン、新採点方式が本格導入されNHK杯で初優勝、続くロシア杯は2位となり、3年連続進出のグランプリファイナルでは2位となった。第73回全日本選手権ではショートプログラムで1位となるも足のケガによりフリースケーティングを棄権。2004年の世界選手権で優勝し、日本人として3人目の世界女王となり連覇が期待された2005年世界選手権では9位と惨敗する。
2005-2006年シーズン、持ち技のひとつであったイナバウアーは新採点方式の導入により技術点の得点対象から外れていた。さらに中国杯、エリック・ボンパール杯ともに3位で、獲得スコアは第3位であったにも関わらず、組み合わせの妙でグランプリファイナルへの進出を逃したことで、荒川は絶望的になったのか「(自分以外の)日本選手3人がグランプリファイナルで表彰台に上がったら(トリノオリンピック出場の3人が内定してしまうので)、その時点で引退する」と発言してファンを心配させたといわれる。12月末の第74回全日本選手権で3位。長野オリンピック以来8年ぶりとなるトリノオリンピック代表選手に決定。
荒川は、2004年よりロシア人コーチのタチアナ・タラソワに師事していたが、トリノオリンピックに向け演技の方向性がかみ合わなかった事と、タラソワが活動拠点を母国ロシアに移動・特化したため、タラソワとの師弟関係を2005年12月に解消する。日本国内ではこれまで通り佐藤久美子に、海外ではかつてタラソワのもとで振り付けを担当していたニコライ・モロゾフにそれぞれ師事することにした。加えて、2005-2006シーズンのフリー曲だった「幻想即興曲」をショート曲用に作り変え、フリー曲を2004年世界選手権で優勝したときに使用した「トゥーランドット」に変更し、一度はプログラムから外したイナバウアーを組み入れるという大胆な作戦に打って出る。
トリノオリンピックでは、ショートで荒川、サーシャ・コーエン、イリーナ・スルツカヤの上位3人が1点差以内に並ぶ大接戦となるも、フリーでは自己最高得点をマークし優勝。会場の観衆はスタンディングオベーションで荒川の演技に賞賛を送り、アジア選手として五輪フィギュア史上初の金メダル(併せて同大会日本人選手最初で唯一のメダル)を獲得し、地元イタリアのマスコミにより東洋の女神と称された。旧採点方式での最後の世界選手権女王であるとともに、新採点方式での最初のオリンピック女王となった。また、CNNやニューヨーク・タイムズなど海外有名メディアでも荒川静香金メダル獲得を一面トップで飾った。なお、06年2月現在で24歳の荒川は、五輪女子フィギュア史上最年長の金メダル獲得選手でもある。
2006年5月7日、記者会見を行いアマチュア競技選手としての引退とプロへの転向を表明。会見の席で『今後は自身の演技力の向上やスケート界を広くサポートしていきたい』と語った。プロ転向後はアイスショーなどに出演しながら、フィギュアスケートの解説、テレビ出演など、多忙な日々を送っている。
[編集] 現在(2006-)
2006年5月8日、プロスケーターとして初めてのアイスショー「フレンズ・オン・アイス」を企画・プロデュース。この企画に賛同した現役選手はもとより引退した選手までもが集まり、大成功を収めた。2006年6月からは、ショーの本場アメリカの「チャンピオンズ・オン・アイス 2006」に、11月にはプロフィギュアスケートの祭典「アイス・ウォーズ」に参加するなど、トリノオリンピックから1年間で国内外計100公演以上のアイスショーに出演し多忙を極めた。
2007年4月3日、小学校から高校を卒業するまで練習拠点としていた地元仙台の「アイスリンク仙台」でスケート教室を開いた。このリンクは経営難から2004年12月に一度閉鎖されたが、荒川のトリノオリンピック金メダル獲得をきっかけにしてリンク再開の機運が高まり、宮城県や仙台市の支援もあって2007年3月末に再開されたリンクで、「子どもたちのために何かしたい」という荒川の申し出から開かれた。7月28日には、長野県南牧村で開かれた日本スケート連盟主催のアイスショー「野辺山サマーフェスティバル・オン・アイス」にサプライズゲストとして出演。
現在は「プリンスアイスワールド」と「チャンピオンズ・オン・アイス 2007」に参加しながら多方面で活躍している。自らプロデュースする「フレンズ・オン・アイス」も、2007年は8月18日、19日、2008年は7月5日、6日に開催され、毎年恒例のイベントとして定着しつつある。
[編集] スケート技術
[編集] オールラウンダー
荒川の最大の特徴は、新採点方式で技術点の採点対象となるジャンプ・ステップ・スピン・スパイラルの4つすべてにおいて非常に高い技術を持ち、弱点がないことに尽きる。トリノオリンピックのショートプログラムとフリースケーティングにおいて、合計7つのスピンと合計2つのスパイラルは全て最大評価であるレベル4を獲得し、合計2つのステップはともに女子シングルの選手として最高の評価と言えるレベル3を獲得した。このような最高評価を受けた選手は、出場選手中荒川ただ一人であり、新採点方式導入後のISU公式試合で初めてのことである。
[編集] ジャンプ
もともと中学生時代から伊藤みどり以来の日本女子連続3回転ジャンパーとして騒がれるほど、様々な種類の連続3回転を跳ぶことができる数少ない選手。プログラムに入れることはなかったが、トリノ五輪の公式練習では3回転サルコウ-3回転トウループ-3回転ループ、3回転トウループ-3回転トウループ-3回転ループの3連続3回転を披露している。なお、2004年世界選手権で出した旧採点方式の技術点6.0満点は、女子シングルの歴史上伊藤みどり、イリーナ・スルツカヤ、荒川静香の3人しか出したことのない最高評価である。 プロ転向後のアイスショーでも、3回転トウループ-3回転トウループといった連続3回転や、転倒を避けたいショーでは高難度ゆえに、行われる事が少ない3回転ルッツなどを披露している。
[編集] イナバウアー
いまや代名詞となった大きく背中を反らせた「レイバック・イナバウアー」。イナバウアーをする選手は存在するが、大きく体を反らせた「レイバック・イナバウアー」は、荒川の特長と言ってもよい。演技の優雅さ、滑らかさ、女性らしさは世界でも随一。しかし、早い曲や小気味のいい曲は苦手だという。荒川の活躍からイナバウアーのものまねが流行し、イナバウアーは2006年の新語・流行語大賞を受賞した。
[編集] 主な戦績
| 大会/年 | 93-94 | 94-95 | 95-96 | 96-97 | 97-98 | 98-99 | 99-00 | 00-01 | 01-02 | 02-03 | 03-04 | 04-05 | 05-06 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 冬季オリンピック | 13 | 1 | |||||||||||
| 世界選手権 | 22 | 8 | 1 | 9 | |||||||||
| 四大陸選手権 | 6 | 6 | 2 | 2 | |||||||||
| 全日本選手権 | 2 | 1 | 1 | 5 | 2 | 2 | 3 | 3 | 棄権 | 3 | |||
| 冬季アジア大会 | 2 | 1 | |||||||||||
| GPファイナル | 4 | 3 | 2 | ||||||||||
| GP中国杯 | 3 | ||||||||||||
| GPエリック杯 | 9 | 6 | 2 | 3 | |||||||||
| GPロシア杯 | 7 | 5 | 2 | ||||||||||
| GPNHK杯 | 7 | 6 | 8 | 5 | 3 | 1 | |||||||
| GPスケートアメリカ | 9 | 4 | 3 | ||||||||||
| GPスケートカナダ | 2 | ||||||||||||
| GPスパルカッセン杯 | 7 | 5 | |||||||||||
| ユニバーシアード | 1 | ||||||||||||
| 世界Jr.選手権 | 8 | 7 | 8 | ||||||||||
| 全日本Jr.選手権 | 1 | 1 | 1 | ||||||||||
| ネーベルホルン杯 | 2 | 1 | |||||||||||
| トリグラフトロフィー | 1 N |
[編集] プロ
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| EX | フローズン(Frozen by Madonna) |
| 誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma by Cortes) | |
| フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(Fly me to the moon by Leanne Weatherly) | |
| ユー・レイズ・ミー・アップ(You Raise Me Up by Celtic Woman) |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| EX | アイ・ハブ・ア・ラブ(I Have A Love by West Side Story Soundtrack) |
| イッツ・ア・ビューティフル・デイ(It's a Beautiful Day by Sarah Brightman) | |
| リッスン(Listen by Beyonce) | |
| 誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma by Michael Bolton) | |
| フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(Fly me to the moon by Leanne Weatherly) | |
| 愛の夢(Liebestraum by Lang Lang) | |
| 恋人たちのクリスマス(All I Want For Christmas Is You by Mariah Carey) | |
| ユー・レイズ・ミー・アップ(You Raise Me Up by Celtic Woman) |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| EX | ユー・レイズ・ミー・アップ(You Raise Me Up by Celtic Woman) |
| アヴェ・マリア(Ave Maria by Sarah Brightman) | |
| 誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma by Michael Bolton) | |
| キャンディ・マン(Candy Man by Christina Aguilera) | |
| アイル・ビー・ホーム・フォー・クリスマス(I'll Be Home for Christmas by Michael Bolton) |
[編集] シニア
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | パガニーニ主題による狂詩曲(Rhapsody on a theme of Paganini by S.Rachmaninov) |
| 幻想即興曲(Fantasie Impromptu by F.Chopin) | |
| FS | 幻想即興曲(Fantasie Impromptu by F.Chopin) |
| トゥーランドット(Tourandot by G.Puccini) | |
| EX | ユー・レイズ・ミー・アップ(You Raise Me Up by Celtic Woman) |
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年02月10日-26日 | トリノオリンピック | 3 66.02 |
1 125.32 |
1 191.34 |
| 2005年12月23日-25日 | 第74回全日本フィギュアスケート選手権 | 1 68.76 |
4 118.60 |
3 187.36 |
| 2005年11月17日-20日 | ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯 | 3 57.98 |
2 115.32 |
3 173.30 |
| 2005年11月03日-06日 | ISUグランプリシリーズ 中国杯 | 3 57.56 |
2 116.04 |
3 173.60 |
| 2005年10月08日 | キャンベル国際 | - | 3 105.86 |
3 105.86 |
| 2005年10月01日 | ジャパンインターナショナルチャレンジ2005 | - | 2 110.87 |
2 110.87 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | 蝶々夫人(Madame Butterfly by G.Puccini) |
| FS | ロメオとジュリエット(Romeo and Juliet by P.I.Tchaikovski) |
| EX | メモリー (Memory from CAT'S by A.L.Webber) |
| オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera by A.L.Webber) |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2005年03月14日-20日 | 2005年世界フィギュアスケート選手権 | 4 25.79 |
5 59.95 |
9 99.99 |
9 185.73 |
| 2004年12月24日-26日 | 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) | - | 1 67.68 |
棄権 | - |
| 2004年12月16日-19日 | ISUグランプリファイナル | - | 2 64.10 |
4 96.14 |
2 160.24 |
| 2004年11月25日-28日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯 | - | 3 56.70 |
3 98.82 |
2 155.52 |
| 2004年11月04日-07日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯 | - | 1 64.20 |
2 114.86 |
1 179.06 |
| 2004年10月01日 | キャンベル国際 | - | - | 2 | 2 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | シェルブールの雨傘(Les parapluies de Cherbourg by M.Legrand) |
| 白鳥の湖(Swan Lake by P.Tchaikovsky) | |
| FS | トゥーランドット(Tourandot by G.Puccini) |
| EX | イフ・アイ・ハッド・マイ・ウェイ(If I Had My Way by L.Eder) |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2004年04月06日 | マーシャル国際 | - | - | 2 | 2 |
| 2004年03月22日-28日 | 2004年世界フィギュアスケート選手権 | 1 | 2 | 1 | 1 |
| 2003年12月25日-26日 | 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野) | - | 1 | 4 | 3 |
| 2003年12月12日-14日 | ISUグランプリファイナル | - | 5 53.34 |
3 114.23 |
3 167.57 |
| 2003年12月05日 | 国際チャレンジ | - | - | 2 | 2 |
| 2003年11月14日-16日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯 | - | 2 62.34 |
2 109.78 |
2 172.12 |
| 2003年10月30日-11月02日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ | - | 3 58.20 |
2 123.99 |
2 182.19 |
| 2003年10月22日-26日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ | - | 2 59.02 |
3 113.37 |
3 172.39 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | 白鳥の湖(Swan Lake by P.Tchaikovsky) |
| FS | タイタニック(Titanic by J.Horner) |
| EX | シング・シング・シング(Sing Sing Sing by L.Prima) |
| ウィンドソング(Wind Song by T.Janis) |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2003年04月08日 | マーシャル国際 | - | - | 7 | 7 |
| 2003年03月24日-30日 | 2003年世界フィギュアスケート選手権 | 4 | 11 | 7 | 8 |
| 2003年02月28日-03月02日 | ISUグランプリファイナル[1] | - | 6 | 4 | 4 |
| 3 | |||||
| 2003年02月10日-16日 | 2003年四大陸フィギュアスケート選手権 | - | 2 | 2 | 2 |
| 2003年02月01日-08日 | 2003年アジア冬季競技大会 | - | 1 | 1 | 1 |
| 2003年01月25日-28日 | 国民体育大会冬季大会(前橋) | - | 1 | 1 | 1 |
| 2003年01月16日-26日 | ユニバーシアード冬季大会 | - | 1 | 1 | 1 |
| 2002年12月19日-22日 | 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) | - | 7 | 2 | 3 |
| 2002年11月28日-12月01日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯 | - | 2 | 3 | 3 |
| 2002年11月21日-24日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯 | - | 7 | 4 | 5 |
| 2002年10月19日-20日 | 関東学生フィギュアスケート選手権 | - | 1 | 1 | 1 |
| 2002年10月12日-14日 | '02 東京フィギュアスケート選手権(東京) | - | 1 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | タンゲーラ(Tanguera by M.Mores) |
| FS | トゥーランドット(Tourandot by G.Puccini) |
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2002年05月25日 | 関東学生フリースケーティング選手権 | - | 1 | 1 |
| 2002年01月22日-27日 | 2002年四大陸フィギュアスケート選手権 | 2 | 2 | 2 |
| 2002年01月06日-09日 | 日本学生氷上競技選手権 | 1 | 1 | 1 |
| 2001年12月21日-23日 | 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | 2 | 2 | 2 |
| 2001年11月14日-18日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯 | 9 | 4 | 6 |
| 2001年10月24日-28日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ | 6 | 4 | 4 |
| 2001年10月06日-08日 | '01 東京フィギュアスケート選手権大会(東京) | 2 | 1 | 1 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | テンペスト(Tempest by F.Kreisler) |
| FS | アランフエス協奏曲(Concierto de Aranjuez by J.Rodrigo) |
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2001年02月04日-10日 | 2001年四大陸フィギュアスケート選手権 | 3 | 7 | 6 |
| 2000年12月08日-10日 | 第69回全日本フィギュアスケート選手権(長野) | 3 | 2 | 2 |
| 2000年11月23日-26日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯 | 9 | 9 | 9 |
| 2000年11月16日-19日 | ISUグランプリシリーズ ロシア杯 | 6 | 8 | 7 |
| 2000年11月03日-05日 | 東日本フィギュアスケート選手権 | 1 | 1 | 1 |
| 2000年10月07日-09日 | 2000東京フィギュアスケート選手権 | 2 | 2 | 2 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | ジャングルファンタジー(Jungle Fantasy) |
| FS | ジゼル(Giselle by A.Adam) |
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年01月29日-02月02日 | 第55回国民体育大会 | 2 | 1 | 1 |
| 1999年12月24日-26日 | 第68回全日本フィギュアスケート選手権(福岡) | 2 | 6 | 5 |
| 1999年12月02日-05日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯 | 5 | 5 | 5 |
| 1999年11月11日-14日 | ISUグランプリシリーズ スパルカッセン杯 | 4 | 6 | 5 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | セレナーデ(Serenade by F.Schubert) |
| FS | ムーラン(Mulan by J.Goldsmith) |
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 1999年02月21日-28日 | 1999年四大陸フィギュアスケート選手権 | 7 | 6 | 6 |
| 1999年01月30日-02月06日 | 1999年アジア冬季競技大会 | 1 | 2 | 2 |
| 1999年01月19日-23日 | 全国高等学校スケート選手権 | 1 | 1 | 1 |
| 1999年01月15日-17日 | 第67回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) | 1 | 1 | 1 |
| 1998年12月03日-06日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯 | 8 | 8 | 8 |
| 1998年10月28日-11月01日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ | 10 | 9 | 9 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | ジャングルファンタジー(Jungle Fantasy) |
| FS | 赤いけしの花(The Red Poppy by R.Gliere) |
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998年03月27日-04月05日 | 1998年世界フィギュアスケート選手権 | 7 | 22 | 21 | 22 |
| 1998年02月07日-22日 | 長野オリンピック | - | 14 | 14 | 13 |
| 1997年12月26日-28日 | アジア選手権 | - | 1 | 1 | 1 |
| 1997年12月12日-14日 | 第66回全日本フィギュアスケート選手権(神戸) | - | 2 | 1 | 1 |
| 1997年11月27日-30日 | ISUチャンピオンシリーズ NHK杯 | - | 6 | 6 | 6 |
| 1997年10月31日-11月02日 | ISUチャンピオンシリーズ スパルカッセンカップ | - | 8 | 7 | 7 |
[編集] ジュニア
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| SP | ファニーガール + トースト・オブ・ザ・タウン(Funny Girl + Toast of the Town) |
| FS | ミス・サイゴン(Miss Saigon by C.M.Schoenberg) |
| 開催日 | 大会名 | クラス | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1997年02月05日 | 第17回 全国中学校スケート・アイスホッケー大会 | 女子A | 1 |
| 1997年01月13日-01月15日 | 第65回全日本フィギュアスケート選手権 | シニア | 2 |
| 1996年12月05日-12月08日 | ISUチャンピオンシリーズ NHK杯 | シニア | 7 |
| 1996年11月24日-12月01日 | 世界ジュニアフィギュアスケート選手権 | ジュニア | 8 |
| 1996年11月03日 | 全日本フィギュアスケートジュニア選手権 | ジュニア | 1 |
| 1996年10月13日 | 東日本フィギュアスケートジュニア選手権 | ジュニア | 4 |
| 1996年10月 | アジア選手権 | シニア | 1 |
| 1996年09月29日 | 東北・北海道フィギュアスケート選手権 | ジュニア | 3 |
| 1996年08月03日-05日 | 第11回 ダイエーDLLカップ大会 | 選手権クラス | 2 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| FS | パリの喜び(Gaite Parisienne by J.Offenbach) |
| EX | ルッキング・スルー・ジ・アイズ・オブ・ラブ(Looking Through the Eyes of Love by Melissa Manchester) |
| 開催日 | 大会名 | クラス | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1996年02月04日 | 第16回 全国中学校スケート・アイスホッケー大会 | 女子A | 1 |
| 1995年11月24日-12月01日 | 世界ジュニアフィギュアスケート選手権 | ジュニア | 7 |
| 1995年11月03日 | 全日本フィギュアスケートジュニア選手権 | ジュニア | 1 |
| 1995年10月02日 | 第12回 東日本フィギュアスケートジュニア選手権 | ジュニア | 1 |
| 1995年08月29日-09月1日 | ネーベルホルン杯 | シニア | 1 |
| 1995年08月31日-09月03日 | 第10回 ダイエーDLLカップ大会 | 選手権クラス | 2 |
| プログラム | 曲名 |
|---|---|
| FS | パリの喜び(Gaite Parisienne by J.Offenbach) |
| 開催日 | 大会名 | クラス | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1995年02月08日 | 第15回 全国中学校スケート・アイスホッケー大会 | 女子A | 1 |
| 1994年12月03日 | 第16回 東北中学校スケート競技大会 | 女子A | 1 |
| 1994年12月02日 | 第43回 宮城県中学校総合体育大会 | 女子A | 1 |
| 1994年11月29日-12月04日 | 世界ジュニアフィギュアスケート選手権 | ジュニア | 8 |
| 1994年10月02日 | 全日本フィギュアスケートジュニア選手権 | ジュニア | 1 |
| 1994年08月31日-09月03日 | ネーベルホルン杯 | シニア | 2 |
[編集] ノービス
| 開催日 | 大会名 | クラス | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1994年03月27日 | トリグラフトロフィー | ノービス女子 | 1 |
| 1994年03月13日 | 第23回 北日本フィギュアスケート選手権 | ジュニア選手権女子 | 2 |
| 1994年03月05日 | 第14回 宮城県フィギュアスケート選手権 | 選手権女子 | 1 |
| 1994年02月11日 | 第6回 宮城県小学生フィギュア競技大会 | Aクラス女子 | 1 |
| 1994年01月08日 | 平成5年度 宮城県民体育大会 | 小学校高学年女子 | 1 |
| 1993年10月03日 | 1993東北・北海道フィギュアスケート選手権 | ジュニア女子 | 1 |
| 1993年08月09日-11日 | 第8回 ダイエーDLLカップ大会 | 選手権A | 4 |
| 1993年03月31日 | 第22回 北日本フィギュアスケート選手権 | ジュニア選手権女子 | 1 |
| 1993年03月14日 | 第13回 宮城県フィギュアスケート選手権 | 選手権女子 | 2 |
| 1993年02月21日 | 1993年 uhb杯フリースケーティング大会 | シニア女子 | 1 |
| 1993年01月10日 | 平成4年度 宮城県民体育大会 | 小学校高学年女子 | 1 |
| 1992年08月03日-05日 | 第7回 ダイエーDLLカップ大会 | プレシジョンジュニア | 1 |
| 1992年08月03日-05日 | 第7回 ダイエーDLLカップ大会 | 女子AAクラス | 1 |
| 1992年04月01日 | 第21回 北日本フィギュアフリースケーティング選手権 | 選手権女子 | 3 |
| 1992年03月08日 | 第12回 宮城県フィギュアスケート選手権 | 選手権女子 | 2 |
| 1992年02月23日 | 1992年 uhb杯フリースケーティング大会 | シニア女子 | 2 |
| 1992年01月11日 | 平成3年度 宮城県民体育大会 | 小学校高学年女子 | 1 |
| 1991年08月05日-07日 | 第6回 ダイエーDLLカップ大会 | プレシジョン | 1 |
| 1991年08月05日-07日 | 第6回 ダイエーDLLカップ大会 | ジュニアBクラス | 2 |
| 1991年04月14日 | 第10回 スターランド杯 | Bクラス女子 | 1 |
| 1991年03月30日 | 第20回 北日本フィギュアフリースケーティング選手権 | ジュニアA女子 | 1 |
| 1991年02月17日 | 1991年 uhb杯フリースケーティング大会 | ジュニア女子A | 1 |
| 1991年02月10日 | 第3回 宮城県小学生フリー大会 | Aクラス女子 | 1 |
| 1991年01月13日 | 平成2年度 宮城県民体育大会 | 小学校低学年女子 | 1 |
| 1990年08月 | 第5回 ダイエーDLLカップ大会 | Dクラス女子 | 2 |
| 1990年04月05日 | 第19回 北日本フィギュアフリースケーティング選手権 | ジュニアB女子 | 1 |
| 1990年03月03日 | 第10回 宮城県フィギュアスケート選手権 | Bクラス女子 | 1 |
| 1990年02月17日 | 第2回 宮城県小学生フリー大会 | Bクラス女子 | 1 |
| 1990年01月07日 | 平成1年度 宮城県民体育大会 | 小学校低学年女子 | 1 |
| 1989年08月 | 第4回 ダイエーDLLカップ大会 | Fbクラス女子 | 2 |
| 1989年03月04日 | 第9回 宮城県フィギュアスケート選手権 | ジュニアB女子 | 4 |
| 1989年02月18日 | 第1回 宮城県小学生フリー大会 | Cクラス女子 | 1 |
| 1989年01月07日 | 昭和63年度 宮城県民体育大会 | 小学校低学年女子 | 2 |
[編集] エピソード
- 父・晃市は秋田県男鹿市出身であり、“日本人唯一の金メダルを獲得し、市民を大いに感動させ、勇気づけた”として男鹿市は荒川に対し「特別表彰」を行っている。
- フィギュアスケートでは費用が莫大に掛かるが、荒川静香の両親は一般的なサラリーマン家庭であった為、母親が衣装を手作りするなど、両親の支えがあった。このエピソードはテレビ朝日系列のグレートマザー物語「荒川静香の母~願いを込めた1000個のビーズ~」(2004年6月13日放送)[2]と「荒川静香の母~二人三脚で掴んだ金メダル~」(2006年2月26日放送)[3]が詳しい。
- 尊敬するスケーターはクリスティー・ヤマグチと佐藤有香。なお、佐藤有香は1998-1999年シーズンの振り付けも担当している。
- 愛犬家であり、2匹のカニヘンダックスフントを飼っている。それぞれ「ティラミス」「アロマ」という名で、「ティラミス」の名の由来は、2005-2006年シーズンのエキシビション曲だったケルティック・ウーマンの「You Raise Me Up(私を元気付けて)」のイタリア語訳「Tirami su」から。このイタリア語をもとに、荒川のエッセイ集のタイトル「Tira mi su」が付けられた(イタリア語ではTiraとmiの間にスペースはない)。「アロマ」の名の由来は「静香」の「香」から。
- 1992年に8歳から12歳までの有望な選手を全国から集め世界と戦える選手を育てることを目的にスタートした「全国有望新人発掘合宿(野辺山合宿)」1期生である。
- 学生時代は日焼けに憧れて試みたが、水着の痕が白く残ってしまい、大学時代の試合でコーチに「下着着けて出てくるな。」と怒られた経験がある。ト