肥後克広

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肥後 克広
生年月日: 1963年3月15日
出身地: 沖縄県那覇市
トリオ名: ダチョウ倶楽部
事務所: 太田プロダクション
活動時期: 1980年代~

肥後 克広(ひご かつひろ、1963年3月15日 - )は日本のお笑いトリオ·ダチョウ倶楽部のリーダー。沖縄県那覇市出身。血液型はAB型。星座はうお座。愛称は「肥後ちゃん」又はリーダー」・志村けんからは「かっちゃん」。 所属事務所太田プロダクション沖縄県立那覇工業高等学校卒業。

目次

[編集] 来歴

那覇市に三人兄弟の末子(上は姉2人)として出生。肥後自身はお笑いタレントとしての立場上多くは語らないが生家は経済的に苦しかった上、肥後の実父が病気で早世するなど少年時代は母と二人の姉ともども苦労が多かった。子供の頃にセミを取って焼いて食べたエピソードは有名。

商業デザイナーとして就職・活動するもお笑い修行のため辞職、ダチョウ倶楽部結成以前からコント赤信号の活動に参加したり、映画にチョイ役で出演していた。南部虎弾の脱退でメンバー最年少にもかかわらずリーダーとなったが、ネタやものまねを最終的にまとめるのは彼の役目であり、彼らのギャグのように「背の高さだけでリーダーをやっている」わけではない。

DREAMS COME TRUE中村正人に容姿が似ており、肥後と中村はお互いこれをネタにしている。DREAMS COME TRUEの原案・主演映画「アマレット」(主人公は「容姿が吉田美和と中村正人にそっくりなフォークコンビ」で、吉田と中村が演じている)では肥後が「ドリカムの中村正人」を演じているが、これは中村の希望によるものだった。

私生活では元コメディアンだった夫人とブレイク前に結婚、上島竜兵の婚約直前に妻と一男一女があることを発表し話題となった(その後もう一人女児を授かり現在は三児の父)。また沖縄で健在の実母(一般人)もたびたびバラエティー番組に登場し話題をまいた。

[編集] 天然ボケ伝説

  • グループのリーダーと言うことで見過ごされがちだが、実はダチョウ倶楽部屈指の天然ボケで、数々の迷言を残している。
    • ノーベル賞をノーベル大賞。
    • 朝青龍は出身地が「モンゴル」だが「朝青龍って何ゴル人だっけ?」(「モンゴル以外何があると言うのか」有吉談)
    • ミッション・インポッシブルを「ミッション何とかポッシブル」(「一番覚えやすい所なのに」宮迫談)
    • 上島にドッキリを仕掛けている最中、別室で監視している寺門や他の出演者の呼びかけにそのまま答える。など
  • このような伝説があるため、「アメトーーク」の第5回プレゼン大会で有吉弘行が「肥後という男」をプレゼンし、そこで上記の迷言を暴露した。そして、2008年7月3日の「アメトーーク」でついに実現し、今まで見せたことのない肥後の天然ぶりが暴露された。
    • オフェンスの反対はショート。(オフェンスも守る人と勘違いしていた。)
    • イチローを知っておらず、初対面にして「大きくなったね」といった(たまたま会ったところが居酒屋でその店の店長の息子かと思った。)。ちなみにイチローは「お陰様で」と大人の対応をしたらしい。
    • 松井秀喜のポジションがガヤ(正確には本人は外野と言いたかった。しかも、レギュラーではない)
    • KY(空気が読めない)をTK。また、それについて説明している最中には「チーケー」といった。
    • フィギアスケートをフィギーヤー。
    • 竜平会での飲み会でじゃれ合いにも関わらず上島を本気で殴ってしまう。
    • 後輩(土田)からおみやげとして頼まれたブラジルのサッカーのユニホームに何故か格闘家のノゲイラのサインがしてあった。
    • ジーコは現役時代、何の選手だ」と本気で後輩に聞いた。

[編集] エピソード

  • 「所印の車はえらい」という番組でアメ車ビュイックパークアベニューを150万円で購入するが、TBS「ツカミはOK!」初回にて本人が知らない間に唐草模様のオープンカーに改造された挙句スタントカーに突っ込まれ爆破されてしまった。その後カマロ、ステップワゴンを購入。
  • 母親には可愛がられており、学生服の背中を当時いじめられていた生徒にタバコの火で焦がされた時も優しく諭した。しかし、高校の進路相談で自動車学校への進学を薦め教師を呆れさせたこともある(上京後は、心配をかけさせないためTVに出演するようになるまであまり連絡を取っていなかった)。
  • 娘がアンジャッシュのファンで「いつも計算されたコントに感心しています。それに比べてうちの父は同じコメディアンなのに、熱いお風呂にはいったりしてばかりで情けないです。」とファンレターを送り、名字が「肥後」だったことから「娘さんですか?」と確認され、「俺はいつも計算されたリアクションをやってるんだ!」と娘を諭す(『とんねるずのみなさんのおかげでした』内食わず嫌い王決定戦内で語る)。
  • 自衛隊パブが出店し始めた頃から、よく店に出入りしていた事をメンバーの上島寺門バラエティー番組で暴露され、苦りきった肥後の表情が画面に写し出された事がある。
  • 森本レオのモノマネで本人と一緒にCMに出演した際、モノマネの癖がありすぎて、監督が森本レオ本人に対し「(肥後さんみたいに)もっとレオさんらしくしてください」と発言したという逸話がある。
  • 温厚そうな外見とは裏腹に意外と短気な部分があるようである。
    • その怒り方は土田晃之曰く「インテリヤクザのキレ方」で、相手の目をじっと見つめ声のトーンを落とし怒るというもので、相方である上島を幾度となく泣かせている。
  • スーパージョッキーのTHEガンバルマンのコーナーで氷上プロレスをした際、滑って氷に頭をぶつけて頭部を切る大怪我を負ってしまう。だが病院に寺門は来ず、上島が付き添った事に不信感を感じるが、後日その時のVTRを確認すると、実は上島が滑って転んだ際に肥後の足を払って転んだという事実を知り、上島が付き添った理由を覚った。

[編集] ものまねレパートリー

  • 森本レオ - 中学時代からの持ちネタ。ものまね番組で本人の前で披露して以来、十八番となる。のち森本とはコマーシャルでも共演している。
  • 名古屋章 - 決め台詞は「なななな、おい!」。最後は頭をぶたれ脳卒中を起こして倒れる仕草をするのが御約束だった。のち本人死去で封印となった。
  • 久米宏 - 決め台詞は「すいません、真中瞳が気になって何も聞いてませんでした。ヒッヒッヒッヒッ」。2001年にはニュースステーションに久米の物まねで出演し、本人との共演を果たしたこともある。
  • 高田明ジャパネットたかた代表取締役社長) - ソニーから発売されているテレビ「ベガ」の紹介の真似。
  • ジャンボ鶴田 - 名古屋章と同様、本人死去で封印。しかし2007年6月10日全日本プロレス『武藤祭』で久々に披露した。
  • 福井敏雄 - やはり本人死去で封印。
  • 具志堅用高
  • 中村正人 - 外見も似ているが、中村からは「(物まねが)似すぎていて洒落にならない」と述べるなど公認されている。先述のようにドリカムの自主製作映画『アマレット』では肥後が中村を演じている。

…など。

[編集] 出演

[編集] 過去

[編集] 書籍

  • 「なんくるないサー!オッカーと僕とアメリカだった沖縄と」(晋遊舎発行)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク