インリン・オブ・ジョイトイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

インリン から転送)
インリン・オブ・ジョイトイ
プロフィール
愛称 インリン
生年月日 1976年2月15日
現年齢 32歳
出身地 台湾台北市
血液型 B型
公称サイズ(2007年4月時点)
身長 / 体重 163 cm / 51 kg
BMI 19.2(普通体重)
スリーサイズ 86 - 65 - 86 cm
ブラのサイズ E
股下 / 身長比 80 cm / 49.1 %
靴のサイズ 25 cm
活動
デビュー 1995年
ジャンル タレント
他の活動 グラビアアイドル歌手女優
モデル: テンプレート - カテゴリ


インリン・オブ・ジョイトイYinling of Joytoy, 垠凌, 1976年2月15日[1] - )は、台湾台北市出身[2]で、現在は主に日本において活動するタレントグラビアアイドル歌手女優。歌手としてはビクターエンタテインメント所属。

目次

[編集] 人物・経歴

  • 本名は顔 垠凌(イェン・インリン, Yan Yinling)。実家は写真館を経営していた。
  • 10歳の時、日本に移住する。桜美林短期大学出身。
  • 自称「エロテロリスト」。セミヌードであるが、写真集等での過激な衣装やM字開脚が話題となる。着衣でのM字開脚も有名[3]
  • ジョイトイ」とはКуратанов(クラタノフ: 写真家・作詞作曲家)とインリンが結成したユニットの名前である。つまり、インリン・オブ・ジョイトイとは「ジョイトイプロジェクトの一員であるインリン」という意味。ユニットとしては、独自の世界観を有し、写真・映像や音楽による表現活動を展開する。
  • 性格はドSである[4]
  • 普段よく聴く音楽は、Kiroroである[5]
  • 俳優の金城武とは子供の頃同じマンションに住んでいて幼馴染。
  • 2007年頃から年下の男性と交際中[6]。オープンな交際を続けており、色々なメディアで恋人について語る姿が見られる。
  • 2008年9月27日かねてより交際中のハッスルの元社員・藤原勇人[7]と入籍。

[編集] タレント活動

[編集] 『愛のエプロン』でのエピソード

  • 料理は大の苦手で、出演している「愛のエプロン」では常に順位が低く最下位も多いが、その割にはワーストエプロン大賞を取ったことは一回もない。
  • 同番組内では危険な料理を作る事が多く、いつまで経っても料理が上達しないと紹介されたこともあった。
[例]
  • 魚介料理で内臓を取ることを全く知らなかった為、見た目が「グロテスク」である。
  • 番組内で自分が作ったカニクリームコロッケを自分で食べてエチケットタイムになった(= 吐き出した)ことがある。
  • 和田アキ子がインリンの料理を食べて声を枯らしたこともある。
  • 酢豚を作った時には、審査員を全員エチケットタイム行きにしたこともあった。
  • その上で何がいけなかったのかを全く理解していないため、また同じようなことをしてしまう。
  • ただ、「見た目はグロテスクだが味は悪くない」というものを作ったことも数回あった。
  • プライベートで炊飯器の使い方を知らず、壊してしまったこともあるという。その為、エロテロリストをもじって、「食テロリスト」と呼ばれたこともある。
  • しかし2006年6月28日放送の愛エプ杯争奪SPの予選で作った海鮮あんかけ炒飯では料理女王杉本彩(86点)と2点差の84点といった上エプクラスの評価を受け、司会の磯野貴理をはじめとするメンバーを感動させた。本人曰く「お母さんが炒飯を作る姿をいつも見ていた」とのこと。しかし他のメンバーが次々と高得点を出した為、結局予選落ちとなってしまったが総合第5位にランクインするまでとなった。
  • 2007年1月17日の放送では自宅のキッチンと冷蔵庫が番組内のVTRで初めて公開された、本人曰く「番組内で「料理が下手」だと散々言われ続けてきたので、みんなを見返してやりたいと言う気持ちで最近は料理を頑張っている。」と語っていた。また番組宛てに来たインリンのファンである小学生の女の子からの手紙が紹介され、それを聞いたインリンはとても感激したと言う。
  • 2007年3月21日のチャンピオンズリーグ予選敗者復活戦では、海鮮あんかけチャーハンでジャッジマンをうならせる出来も見せる。しかも、その前にカニクリームコロッケを作った安藤和津の90点、麻木久仁子の96点、海鮮あんかけチャーハンを作った夏樹陽子の91点を超える98点を叩き出した。これによりほぼチャンピオンズリーグ出場を手中に収めたかと思ったが、最後に料理を披露した青田典子の海鮮あんかけチャーハンが99点を獲得、まれに見る大逆転の連続に終止符が打たれ、またも1位獲得はならず悔し涙を見せる。しかし、ジャッジマンたちからは大健闘を称えられスタンディングオベーションを受けた。服部幸応がもらい泣きするほど感動的な場面であったが、その後、自身のレギュラー番組出演のためスケジュールが合わなくなったのか、以降同番組への出演が途絶えていた(同年7月4日放送のSP「天下分け目の3本勝負!」において、応援の形ながら復帰する)。
  • また最近では「インリンより不味いのは恥である」というのが番組で定説になっていて長瀬智也TOKIOのメンバー)が自身の作った料理が「インリンより不味い」という評価を下されて凹みリーダーの城島茂から料理指導を受けたという逸話もある。
  • 2008年1月23日の昔は料理が下手だった芸能人大会では、約10ヶ月ぶりにキッチンに立ち、ミートソーススパゲッティを作り、ジャッジマンに高評価を受け、93点を叩き出し、2位の小倉優子の68点に25点もの差をつけて初優勝した。
  • さらに自身のブログでは、自分で作ったチンジャオロースの写真を載せたり、最近の得意料理が中華で、マーボー豆腐が一番得意だと言っているが、愛エプでのトラウマか、何度もレシピを見て作らないと不安で食べられないと言っている。

[編集] その他

[編集] プロレス活動

プロレス『ハッスル』の地上波放送で進行役を務めたことが縁で、2004年12月の『ハッスル・ハウス クリスマススペシャル』(12月24日、後楽園ホール)より、悪役集団「高田モンスター軍」のナンバー2であり、同時に高田アマゾネス軍(モンスター軍の女子部門)のトップであるインリン様として登場。入場テーマ曲はモーリス・ラヴェルの『ボレロ』。

[編集] インリン様

インリン様はM字ビターンM字開脚による洗脳)のスキルはきわめて高いものの、プロレス的意味における格闘技のスキルが無いために、「体の一部」としての使用が許可されている。『ハッスル7』(2005年2月11日、愛知県体育館)で、6人タッグマッチながら小川直也との異色の対決が実現、デビュー戦にして小川からM字固めでピンフォールを奪って勝利した。同年7月の『ハッスル11』(7月15日、大阪府立体育会館)では川田利明ともタッグマッチで戦い、こちらはM字固めを回転エビ固めで返されピンフォールを奪われたものの、直前に投げ放った「体の一部である鞭がロープにかかっていた」として奇跡的なロープブレイク・無効試合の裁定が下っている。その後、『ハッスル・マニア2005』(11月3日、横浜アリーナ)ではHGとの6人タッグマッチが組まれた。結果はHGがインリン様をHG三角絞めで失神させフォール勝ちし、「インリン様」は黄泉の国に旅立った。

それから暫く姿を消していたインリン様は、『ハッスル・ハウス クリスマススペシャル 涙のラストM字ビターン』(2005年12月25日、後楽園ホール)にて「この世界で使えるM字パワーが底をついた」と引退を宣言、ロープにムチを掛けると『さよならの向こう側』に乗せて山口百恵のようにリングを去っていった。なお、この大会でインリン様が最後の力を振り絞って産み落とした卵であるイン卵様から孵化した生命体が、日本のプロレス界を根こそぎ壊滅させるだろうと高田総統は断言した。

プロレスラーとしてのインリンは「インリン様」というキャラクターを演じきり、なおかつ出場した3試合全てで大会のメインイベントを務めたかと思えば、同時にM字開脚によって「暇で(異性に)もてない」プロレスファンを洗脳するという、WWEに於けるディーヴァの役割を担っていたと言える(ちなみに彼女がリングサイドで他の試合を優雅な椅子に座り観戦する事を「インリン様がご覧になる試合」、略してイン覧試合という)。そのキャラクターの徹底ぶりや、屈強なプロレスラーを向こうに回しての大立ち回りという話題性、そして僅か一年という短い期間で電撃的な引退という印象的な活動をして、単なる色物としてではなく、れっきとしたプロレスラー「インリン様」として評価するファンも少なくない。 だが、受け身の一つも取れず、レスラーとはとても言えたものではないので、多くの観客は茶番として嘲笑している。身体を張ったレスリングが何一つ出来ず、本物のレスラーと同等の舞台に上がることが、本物のレスラーに対する侮辱として方々から批判を浴びている。

東京スポーツ新聞社主催「2005年度プロレス大賞」にて「プロレス話題賞」受賞。

[編集] ニューリン様

その後、興行や会見で披露される度に鶏卵大~1メートル超にまで成長を続けた(通常、卵は産み落とされてから大きくなる事はない)イン卵様だが、『ハッスル16』(2006年4月20日、大阪府立体育会館)のメインイベントにおいて孵化、インリンはイン卵様から生まれたニューリン様としてハッスルのリングに再登場。生後5分強?にして母の敵であるHGから勝利を奪った。またこの試合は(インリン様から通算して)自身初のシングルマッチであり、鋭いミドルキックを放ったり器用に丸め込んだりと、より戦闘的で凶暴なキャラクターに生まれ変わったという設定を表現するためにトレーニングを積んできた様子がうかがえる。

ニューリン様は母であるインリン様と比較して粗暴なキャラクターという設定であり、より攻撃的なファイトスタイルや下品な言葉遣いが特徴。コスチュームもピンヒールから動きやすいブーツに、また卵生であるが故、鳥類の羽をモチーフにした意匠が伺える。しかし粗暴なキャラは対外アピール向きではないとの判断からか、記者会見やイベント等には母であるインリン様が登場する場合が多い。

なおニューリン様はイン卵様の中に居た頃に、外部から何らかの衝撃を受けた影響で額に傷を負っており、その傷を隠すために顔半分を覆うマスクを着用している。その傷はモンスター軍が勝利する度に癒えていくという設定である。

『ハッスル18』(7月9日、パシフィコ横浜 国立大ホール)のメインイベントで高田総統に反旗を翻しモンスター軍を離脱。その原因は、額の傷が高田総統によるものだと知ったためである。その後『ハッスル・ハウス17』(7月11日、後楽園ホール)でHGの呼び掛けに応えてハッスル軍に入団、ハッスルポーズとM字開脚を披露した。

『ハッスル・マニア2006』(11月23日、横浜アリーナ)では、6人タッグマッチでカイヤを撃破するも、高田総統の化身ザ・エスペランサーのレーザービターンを受け右胸が爆発、意識不明の重体のうえ乳輪を失ってしまった。

[編集] 再びインリン様

2007年2月16日に都内で行われたハッスルの記者会見において、突如インリン様が復活。この直前に高田総統がハッスルを買収したことから、インリン様は「総統がハッスルを支配する以上、私がお手伝いするのは当然」と語り、3月に行われる『ハッスル・ハウス22』(3月15日、後楽園ホール)及び『ハッスル21』(3月18日、愛知県体育館)への参戦を発表した。なお、この際ニューリン様について「現在あるところに監禁されており、心変わりするまで外には出さない」とも語られた。(参考:[2]

[編集] 新たなイン卵様・プロレス引退

2007年6月17日、『ハッスル・エイド2007』(さいたまスーパーアリーナ)においてグレート・ムタとの初対決が実現(インリン様&TAJIRI vs ムタ&RG)。魔界の住人相手に果敢に攻め込むも、M字固めを切り返された直後にM字パワーの源である股間へ毒霧を噴射され、ショックで失神KO。担架で運ばれる緊急事態となる(試合そのものはTAJIRIが3カウントを奪われて決着)。

その後7月11日の『ハッスル・ハウス26』に来場、深刻なダメージは無い事をアピールしM字ビターンを披露しようとしたが、リング上で突然つわりに襲われ病院へ直行。検査の結果「ご懐卵」である事が判明する。前回のニューリン様が遺伝子上の父親を持たない、いわばインリン様の完全なクローンであったのに対し、今回の新・イン卵様は稀代の大ヒール、グレート・ムタの遺伝子をも引き継いでいるという形でいわゆる「カブキ一族」としては初の女性形となるものと予想されていたが、8月18日の『ハッスル25』で生まれたのはに酷似したモンスター・ボノであり、インリンの化身ではなかった。

2008年5月24日、ハッスルを引退し、同時にプロレス活動休止。タレント・芸能活動に専念することになった。

[編集] 立ち位置・政治的発言など

所属事務所、並びにジョイトイは反保守の立場をとっている。フジサンケイグループフジテレビ産経新聞社など)を、歴史教科書問題により軍国主義的と主張し、仕事のオファーは原則的に受けず、またその言動は以前からネット上で話題になっていたが、ブログ開設によりインリン本人もブログで同様の考え方で発言している[8]。また、反戦反米、および親中の立場から発言をおこなう事も多い。

チベット問題や天安門事件といった、中国の人権問題に関しては一貫して沈黙を保っており、反日米保守勢力発言と強いコントラストを放っている。


  • 2005年、国際的に活躍する中国系芸術家18人の1人に、アカデミー賞・グラミー賞受賞のタン・ドゥンらとともに選ばれ、台湾金門島にて反戦と反差別のためのパフォーマンスを行う。期間中、金門トーチカ芸術館・18の個展にインリン自身によるオブジェと記録映像作品が展示された。
  • 2006年3月18日イラク戦争開戦3周年(2006年3月20日)を控え、東京・日比谷野外音楽堂を結集場所として行なわれたデモ「ワールド・ピース・ナウ」にメッセージを寄せ、米国大統領ブッシュの戦争政策とそれに追従する日本政府を批判している。
  • 2006年6月23日、テレビ番組『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。NTV系)』にて小泉総理靖国神社参拝問題に関して不支持を表明し、「東アジアは日本のこの行動に対して好ましく思っていない」と靖国参拝に対し否定的な発言を行った。
  • 掟ポルシェと、イベント(有)申し訳ナイトで共演した際、「今から登場するオマンコはそんじょそこらのオマンコとは違う!」とインリンを紹介した掟ポルシェの言葉に対し(もちろん掟の発言はイベントにおけるMC上のジョークであり、客席も沸いていたのだが)、インリンは「下品な表現は明らかなセクシャルハラスメントであり女性に対する侮辱である!」と激怒し、掟はインリン公式ホームページの掲示板で謝罪文を書かされた(現在は削除済み)[9]。イベント当日のインリンのパフォーマンスは、自身のバンド「JOYTOY」を従えて「赤いビキニの紅衛兵姿[要出典]で反戦反差別メッセージ色の強いオリジナル曲を歌う」ものであった。
  • BUBKA紙上にて「日本軍のコスプレが似合う女優」としてインリンを取り上げた辛酸なめ子に、「人民解放軍ならよい!」と猛烈に抗議。辛酸なめ子はインリン公式ホームページの掲示板で謝罪文を書かされた(現在は削除済み)[要出典]
  • クイック・ジャパン52号に掲載されたインリンと菊地成孔とのデート企画での後記で、菊地がインリンに向けて「アメリカは嫌いだが、プレイメイトは素晴らしいと思っている」というインリンの矛盾を興味深く感じている」と発言したところ、インリンは自身の公式ホームページの掲示板で「アメリカ的性愛表現とアメリカの政策はまったく別。私の発言内容に矛盾はなく、菊地の発言は侮辱」と猛反論。菊地がインリン掲示板で反論の書き込みを行ったため、ネットバトルの様相を呈し、菊地サイドから「webでの論争は不毛。公開論争を行わないか?」との提示があったものの、インリンは拒絶。最終的に菊地がインリン公式ホームページの掲示板で形式的に謝罪させられ、論争は収束した。
  • CD付属のDVDなどで、文化大革命下の中国で虐殺を働いた紅衛兵もどきのコスプレを披露している(もちろんジョイトイの表現は映像作品の一部でのパロディであり、文革を批判しているのだが)。
  • 2008年に沖縄で起きた「アメリカ海兵隊員による中学生少女暴行事件」について「そもそもアメリカ海兵隊員なんて、犯罪者か犯罪履歴のある人間の集まり」などと自身のブログの中で駐日アメリカ軍を猛烈に批判した。

[編集] 出演番組

NHK総合

テレビ朝日

BS朝日

TBS

日本テレビ

フジテレビ

テレビ東京

地方局制作

など

[編集] 舞台

  • あり得ない島へ
  • LDK vol.3

[編集] 映画

[編集] 出版物

[編集] CM

[編集] 写真集

  • 焔の時代の物語
  • 月刊インリン・オブ・ジョイトイ
  • 造反有理
  • 臨床実験
  • 上海黄浦路20号
  • 最終闘争
  • ミールのM
  • Woo Rin Yan
  • インカーネーション
  • ショータイム
  • 垠凌侵略
  • 正義の味方
  • M革命
  • インリンメガトンボックス(ネット写真集インリンメガトンボックス[3])(小学館

[編集] DVD

  • ニカグダ
  • 月刊インリン・オブ・ジョイトイ 血ト汗ト汁(監督:望月六郎
  • 紅色奴隷
  • 闘争開始
  • 非武装地帯
  • 月刊インリン・オブ・ジョイトイ II

[編集] 漫画

  • GUNDRAGON Σ(寺沢武一作のCG、写真を組み合わせて作画された漫画。インリンはヒロインを演じている。)

[編集] CD

特記なきは「JOYTOY」名義。

[編集] マキシシングル

  • 堕落のбашня(バーシニャ)(2005年11月30日)
  • Are U Wake Up (Sham-Poo TV mix) / SUPER★BEST TRANCE V(2006年4月5日)

[編集] アルバム

  • 愚民の恋(2003年12月25日)
  • 愛ゎまぼろし(2005年12月16日)

[編集] その他

  • Be My Lover!! / DJ KAORI feat.Yinling of JOYTOY with DOBERMAN INC.(2004年12月16日)
  • Are U Wake Up ? / Yinling of JOYTOY vs. Takeshi Kongochi / SUPER★BEST TRANCE THE BEST AVCD-17784-5(2005年12月7日)
  • Can't Undo This !! 2006 / Sham-Poo feat. Yinling of JOYTOY / SUPER★BEST TRANCE VI AVCD-17978/B(2006年7月26日)
  • One More Time (4 Skips vs. Floorbreaker Club mix) / Daft Punk / SUPER★BEST TRANCE VII AVCD-23127 (2007年1月17日)
  • 中国語ジャ-ナル

[編集] PV

  • 餓鬼レンジャー『MONKEY 4』(出演当時、内容が過激と判断されたため、マクドナルドでの放送が途中で中止になった。)
  • JOYTOY『堕落のバーシニャ』

[編集] ライヴ

  • JOYTOY ライヴツアー2005~2006(全国クラブ等約50回)

[編集] 脚注

  1. ^ 営業用として公式には生年月日を1978年2月15日としている。
  2. ^ 所属事務所は「中国人」と表記している。
  3. ^ 最近、テレビ番組で体が硬く、実は苦労していることを告白した。
  4. ^ 2007年7月22日の本人ブログより。
  5. ^明石家さんちゃんねる』より。
  6. ^ http://ameblo.jp/yinlingofjoytoy/entry-10085413602.html
  7. ^ http://fujiwarahayato.blog.players.tv/
  8. ^ インリン・オブ・ジョイトイの日記を参照。
  9. ^ このエピソードは、掟の組んでいる音楽ユニット・ロマンポルシェ。のライヴMCなどで時折ネタとして聞くことが出来る。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

他の言語