野村義男
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野村 義男(のむら よしお、1964年10月26日 - )は、日本のギタリスト、音楽プロデューサー、元アイドル、タレント。東京都中野区出身。 血液型・A型。 身長・178cm。 愛称はヨッちゃん。(当初の愛称はヨシだった。)また、後輩からは「ヨッちゃんさん」と呼ばれることがある。
- ギタリストとしてはCharを師匠に持つ。明治大学付属中野高校定時制卒業。同級生には野々村真、近藤真彦。
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[編集] 所属事務所
ジャニーズ事務所 → ジャニーズ出版 → 個人事務所「コンポジラ」
[編集] ジャニーズ時代の参加ユニット
[編集] その他の参加ユニット
- 野村義男BAND
- 三喜屋・野村モーター'S BAND
- 1988年結成。結成当初のバンド名は、ただの「三喜屋・野村モーター'S」だった。小泉今日子のバックバンドとしてスタート。バンド名を命名したのも小泉。 「最強アマチュアバンド」をキャッチフレーズとし、オリジナル曲を一切持たない「完全コピーバンド」というのがコンセプトで、実際に1970年代の洋楽ばかりをコピーしている。メンバーには、渡辺英樹、元・「JUDY AND MARY」の五十嵐公太、元・「PINK SAPPHIRE」のTAKAが居る。また脱退したドラムには小澤亜子も居た。
- 三野姫 (「みのひめ」。1992年結成。渡辺英樹とのアコースティックデュオ。)
- BOYO-BOZO
- LOVE LOVE ALL STARS (1996年から参加。)
- JARGON (メンバーは、ドラムが村上“ポンタ”秀一、ベースが水野正敏。)
- 浜崎あゆみのバックバンド
- 1998年から現在に至るまで活動している浜崎のバックバンド。バンドメンバーの中で野村は最も浜崎と仲が良い事で知られている。最初はテレビ出演時のみのバックバンドだったが、1999年の「secret live」からコンサートでもバックを担当するようになった。メンバーは、キーボード:宮崎裕介・清水俊也、ドラム:江口信夫、ベース:エンリケ(元・BARBEE BOYS)、コーラス:濱田“peco”美和子・山崎"プリンセス”洋子、ギター:野村義男。以前キーボード担当だった小林信吾は、現在コンサートの音楽監修としてリーダー的な存在であるが、近年でもピアノなどを担当することもある。
- FUNK ROCKET
- RIDER CHIPS
- The Chargebacks
- U_WAVE (宇都宮隆プロデュースのバンド。)
- GUILD9 (世良公則とのバンド)
- 音屋吉右衛門(おとやきちえもん) (世良公則とのアコースティックユニット)
- 2006年春結成。世良公則とふたりだけでアコースティック演奏を行うライヴユニットで、演奏の合間に爆笑トークがふんだんに盛り込まれるのが特徴。野村自身が歌うシーンも定例的に用意されている。2008年1月に『ヤッターマンの歌』でCDデビューするが、作曲者の山本正之が所属事務所のホームページにて公開した(現在は削除)製作スタッフへの苦言の中に「デモテープ」(簡素なアレンジを指したもの)との表記もあり、ヤッターマン視聴者からの批判が集中した。その一方でそういった話題性が追い風となったのか、CD発売に先かげて開始された着うたやiTunes Storeなどの配信系販売ルートでのダウンロード数は3万曲以上を記録し、オリコンシングルCDランキング週間チャートにも第38位に初登場。配信開始1ヶ月、CD発売10日前後の時点で通算5万枚のセールスを記録するスマッシュヒットシングルとなった(BARKS記事)。
[編集] 来歴
- 姉の影響で小学校5年時からフォークギターを始める。
- 1977年2月、代々木公園にあったゴーカート乗り場で遊んでいた時に、川崎麻世を連れて歩いていたジャニー喜多川にスカウトされて、ジャニーズ事務所に入る。
- 同年、ジャニーズJr.の古川清隆らと「ジャニーズ少年団」というグループを結成。『小さなスーパーマン ガンバロン』の主題歌をリリース。
- 1979年、TBS『3年B組金八先生』に出演して一気にブレイク。以後、田原俊彦、近藤真彦らとともに「たのきんトリオ」として活躍する。
- 1983年6月に『待たせてSorry』でソロレコードデビュー。
- 同年、バンドグループ「The Good-Bye」を結成。TBS『ザ・ベストテン』にて、20位以内にランキングした為、「今週のスポットライト」に初登場。近藤真彦からは「これが最初で最後の出演」と言われてしまい、事実、その後一度もランキングされなかったというエピソードがある。一方、日本テレビ『ザ・トップテン』では、『YOU惑MAY惑』のこの曲がトップテン内にランクインされた他、ラジオ番組等でもランキングされていた。尚、1983年の各音楽賞レースでは最優秀新人賞を受賞している。この頃からギターが大好きで、どこへ行くにも、トーク番組出演時もギターを持っていた。
- 1990年、The Good-Bye活動休止後、ジャニーズ事務所を退社し、系列子会社「ジャニーズ出版」に移籍。後に個人事務所「コンポジラ」を開設した。
- その後、ギタリストに転向、作曲・編曲・プロデューサーなども務める。他方、純然たる音楽抜きでのタレントとしての活動はほとんど見られなくなった。 まず、1992年にはジョニー吉長のソロツアーに参加。1996年には、かつての盟友・近藤真彦のバンドリーダーを務め、夏・冬のツアー、紅白等に出演した。1996年からはフジテレビ系音楽バラエティー番組『LOVE LOVEあいしてる』にギタリストとしてレギュラー出演したほか、1998年からは浜崎あゆみのバックバンドでギタリストを務めている。 また2000年からは「chee's」というグループのバックにも付いた。 2001年からは世良公則とも不定期に活動している(バンド「GUILD9」及びアコースティックユニット「音屋吉衛門」にて)。更に2003年からはThe Good-Byeとしての活動も不定期に再開し、2003年、2007年にはツアーも敢行した。デビュー25周年となる2008年もライヴ活動を中心とした音楽活動を行う事が既に表明されている。
- 1992年発表のアルバム『440Hz with <Band of joy>』のジャケットで共演した元人気AV女優の野坂なつみと1995年に結婚。2005年11月1日、第二子(女児)誕生。夫人が元AV女優と云う事で、マスコミから興味本位で取材されるが、夫人の過去をしっかり受け止め、その対応の良さから好印象で迎えられた。なお交際発覚当時、マスコミへ「たのきんトリオの中で最初に結婚する事になるでしょう」とコメントを出していたが、1994年に田原俊彦、近藤真彦が結婚したため、結局最後に結婚する形となった。
- 1996年に、たのきんトリオで同じメンバーであった近藤真彦が「ミッドナイト・シャッフル」を発売した際、バックバンドの一員としてギタリストとして参加、同曲で近藤が紅白歌合戦に出場した際も共演した。またKinki Kidsが司会の「LOVE LOVE あいしてる」内のバンドではほぼレギュラー扱いで出演していた。
- 1996年の暮れに登場しブームになったコンセプト「アニメタル」、更には「メタルフォーク」といったネーミングを発案・命名したのは野村である。 尚、このプロジェクトに関る際は「ダンダン野村」という名義で活動していた。
- ヴァイオリニストの高嶋ちさ子からの紹介にて、2006年1月23日、フジテレビ『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに、12年ぶり・4回目の出演をした。
[編集] 人物・エピソード
- 1986年、音楽雑誌「ロッキンf」誌にて当時ANTHEMのギタリストだった福田洋也との対談がきっかけで、聴いている音楽が似ていることから意気投合。以後、親交を深めることになり、お互いのコンサート会場の楽屋訪問に足を運ぶ機会が多くなった。(1999年にカーマイン・アピスがリリースした「GUITAR ZEUS」にて福田と共に共演している。)
- 1980年代後半、毎日放送で放送された『4時ですよーだ』や、読売テレビの『ざまぁKANKAN!』など、関西ローカル番組のハガキネタで「うちのテレビ、10チャン8チャン6チャン映るのに、ヨッちゃん映らへん」といったネタや、「コンビニエンスストアやファーストフード店などでバイトしているのを目撃した」、「光GENJIのローラースケート磨きをやっている」といった都市伝説(本人はキッパリと否定)が語られたり、同じく毎日放送の深夜番組『働けダウンタウン』に出演した際に、新聞のテレビ欄で「働け 野村義男」と短縮されて表記された事が、面白おかしく語られたりもした。
- 福田洋也と共に、「和製エドワード・ヴァン・ヘイレン」と言われることが多い。
- 相当のギターマニアであり、電話越しに簡単なスペックを言えば年代、いくら位かを教えてくれたというエピソードがある。
[編集] 主な出演作品
[編集] テレビドラマ
- 3年B組金八先生 (1979年、TBS)梶浦裕二役
- ただいま放課後 (1980年、フジテレビ)杉原忠雄役
- お化けのサンバ (1980年、東京12チャンネル)
- 峠の群像 (1982年、NHK・大河ドラマ)矢頭右衛門七役
- ボクの音楽武者修行 (1982年、テレビ朝日)小沢征爾役
- セーラー服通り (1986年、TBS)羽鳥遼二役
- ハロー!グッバイ(1989年、日本テレビ)第13話
- 世にも奇妙な物語 『廃校七番目の不思議』 (1991年、フジテレビ)
[編集] バラエティ番組
- ロック鳴缶 (1991年、日本テレビ)
- LOVE LOVEあいしてる (1996年 - 、フジテレビ)
- トレ・ボン (1997年、テレビ朝日)
- 天才てれびくん (1997年、NHK教育)
- とんねるずの生でダラダラいかせて!! (1997年、日本テレビ)
- ROCKET (1997年10月 - 1998年9月、名古屋テレビ)本上まなみと共に司会をしていた音楽トーク番組
- ふぞろいの天使達 (1998年、フジテレビ)
- Music Performer's TV (1999年、スカイパーフェクTV!・271ch)パーソナリティー
- digimart TV (2000年、スカイパーフェクTV!・271ch)パーソナリティー
- KING OF INDIES~侍デリカテッセン (後に「KING OF INDIES~侍食堂」)(2000年 - 、CBCテレビ)司会
- クイズ赤恥、青恥 (2002年、テレビ東京)
[編集] 映画
- 東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ
- 仮面ライダー剣 MISSING ACE (2004年)
[編集] ラジオ
- 野村義男 ヨッちゃんの青春ド真ん中 (文化放送、『吉田照美のてるてるワイド』内)
- 野村義男のオールナイトニッポン (ニッポン放送、水曜・第1部)
- ヨッちゃん・志穂のレブコスーパーサンデー (若林志穂との番組、文化放送)
- ヨッちゃんのサンデーパラダイス (文化放送)
- 野村義男の若葉女子高……?? (文化放送)
- 野村義男のフィーリングナイト (ABCラジオ、1990年5月26日が最終回)
- 野村義男のNOW HITS! BEST20 (FM新潟)
- Staturday Hot Request (NHK-FM大阪、1996年)
- フレッシュ・ミュージシャン (有線放送、2001年 - )
- スーパーミュージック 野村義男のワンダフルマイウェイ (SBSラジオ他、2004年 - )
[編集] CM
1998年以前
1999年
- 三菱自動車 「ディンゴ」(ナレーション)
- 味の素 「クノール北海道ポタージュ」(ナレーション)
2000年
- ワコール 「ナチュラルアップブラ」(CMソング作曲)
- 三菱自動車 「ワゴン」(CMソング作曲)
2001年
- Apple computer 「Power Book G4(チタン)」(ナレーション)
- Apple computer 「iDVD」(ナレーション)
- カゴメ 「トマトジュース」(ナレーション)
- クレアラシル (ナレーション)
- HONDA (ラジオCM)
2003年
- HONDA 「オデッセイ」(TVCMナレーション)
2004年
- TAKARA 「We Love Guitar」(イメージキャラクター)
- サントリー 「マグナムドライ」(TVCMナレーション)
- JT (TVCMナレーション)
- 資生堂 「スーパーマイルドシャンプー」(TVCMナレーション)
[編集] ミュージカル
[編集] WEB
- 野村ギター商会 (通称・野ギ商会。野村が司会を務めるギターセッション&トーク番組。)
[編集] 雑誌連載
- 「GO!GO!GUITAR」 (ヤマハ、1999年11月号 - )
[編集] ディスコグラフィー
[編集] 「野村義男」名義作品
シングル
- 1993 「TOKYO」 (スターランド)
アルバム
- 1983.6 「待たせてSorry」 (ビクター)
- 1992.7.25 「440Hz with 〈Band of Joy〉」 (創美企画)
- 1993.11.21 「1993」 (スターランド)
- 1995.3.10 「ELECTRIC GYPSY」 (PEG/コンポジラ)
- 1995.5.10 「ELECTRIC GYPSY II」 (PEG/コンポジラ)
- 1995.11.26 「LIVE at live」 (PEG/コンポジラ)
- 1996.8.12 「Still Wood」 (PEG/コンポジラ)
- 1996.11.26 「Ukulele for Christmas」 (PEG/コンポジラ)
- 1997.5.17 「RARE TRACKS」 (PEG/コンポジラ)
[編集] 「JARGON」名義作品
アルバム
- 1999.7.23 「JARGON」 (SubConscious/コンポジラ)
[編集] 「三喜屋・野村モーター'S BAND」名義作品
アルバム
- 「WORKS」 (フルカバーアルバム)
- 「ROOTS」 (同上)
[編集] 「三野姫」名義作品
- 2006.7.9 「個人で楽しむ~お茶の間三野姫」(トーク集CD。他に「泳ぐナイフ」、「Romanticが止まらない」の2曲収録。)
[編集] 「RIDER CHIPS」名義作品
シングル
- 2000.11.30 「レッツゴー!!ライダーキック~2000 ver.~」 (c/w「Power Child」)
- 2001.8.18 「DEEP BREATH」 (c/w「Sitting On Dynamite」&「Touch」)
- 2002.6.19 「果てしない炎の中へ」 (限定版のc/w「Fire Bird」、通常版のc/w「Gravitation」)
- 2003.1.29 「We gotta fight」 (c/w「Hard knock life」)
- 2003.7.24 「The people with no name」 (限定版のc/w「All eyes on me」、通常版のc/w「鞄」)
- 2004.1.21 「仮面ライダーのうた」(c/w「The Last Card」)
- 2004.9.28 「ELEMENTS」 (c/w「熱風Rider」)
- 2006.4.05 「FULL FORCE」 (c/w「Bang!Bang!Revolution」)
- 2006.11.1 「LORD OF THE SPEED」 (c/w「LORD OF THE SPEED・Re-Mix」)
アルバム
- 2001.2.21 「Masked Rider LIVE2000」 (LIVE盤)
- 2004.4.21 「Masked Rider LIVE2004~仮面ライダー・ザ・ベストヒッツ~」 (LIVE盤)
- 2005.3.16 「おとな買い」
- 2006.1.25 「まじめまして。」
DVD/ビデオ
- 2001.4.21 「Masked Rider LIVE2000」 (ビデオ)
- 2004.4.21 「Masked Rider LIVE2004」 (DVD)
- 2006.6.21 「おとなかい?Tour2005」 (DVD)
[編集] 「Funk Rocket」名義作品
アルバム
- 2001.3.31 「Turbulence-1」
- 2001.3.31 「Turbulence-2」
- 2002.10.28 「Turbulence-3」
[編集] 「BOAT / 野村義男」名義作品
7インチアナログ
- 2000.4.3 「BOAT vs 野村義男」
[編集] その他の参加作品
- 男闘呼組の『誠 ほれたぜ』(作詞:野村義男&荒木とよひさ、作曲:曽我泰久)(1985年)
- 少年隊の『日本よいとこ摩訶不思議』の作詞・作曲 (1985年12月12日)
- 水谷麻里のアルバム『なかよし』 (1986年)
- 『愛こがれる50's』(作詞:野村義男、作曲:曽我泰久、編曲:小林信吾)
- 『I Still Love You』 (作詞:野村義男、編曲:小林信吾)
- 小泉今日子の『キスを止めないで』の作曲 (1987年10月21日)
- 小暮伝衛門のアルバム『好色萬声男』(1990年)
- 少年忍者の『FAIRY TALE いまむかし』の作詞・作曲
- 楠桂原作の『ぶちかまし眠り姫』のイメージCDアルバム (1992年2月21日)
- 見良津健雄&おたっしゃCLUBのCDアルバム『幸福の雅楽』 (1992年3月25日)
- この中で野村は『スーパーギターファイティング』という曲を発表。
- 『心のプロレス~輝ける美麗の格闘戦士達へ捧ぐ』 (1993年12月15日)
- 『レオの太陽~レオ北村へ捧ぐ』という曲を作曲。
- 18禁ラブストーリーアドベンチャーゲーム『星空☆ぷらねっと』のサウンドトラックCD-ROM (2000年12月8日)
- ribbon『メリハリで愛して』(作詞:山本秀行、作曲・編曲:野村義男)
他多数…
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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