愛知県立岡崎高等学校
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| 過去の名称 | 愛知縣第二尋常中學校 愛知縣第二中學校 愛知縣立第二中學校 愛知縣岡崎中學校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 愛知県 |
| 学区 | 三河第1群Aグループ |
| 設立年月日 | 1896年4月17日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 定時制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 23189E |
| 所在地 | 〒444-0864 |
| 愛知県岡崎市明大寺町伝馬1 | |
| 電話番号 | 0564-51-0202 |
| FAX番号 | 0564-55-9422 |
| 外部リンク | 公式サイト |
愛知県立岡崎高等学校(あいちけんりつおかざきこうとうがっこう)は、愛知県岡崎市に所在する県立高等学校。
目次 |
[編集] 概要
全国有数の公立進学校であり[1]、西三河の最有力校。尾張の旭丘高校と対比される。通称は岡高(おかこう)。最寄駅は岡崎市の中心部に近い名鉄名古屋本線東岡崎駅であるが、高校は市街とは反対方向の丘の上にあり、周囲は住宅街である。
行事では、アラカルト式修学旅行、ダンスとマスコットが呼び物の体育大会に特徴がある。1年次は、芸術科目の選択(音楽、美術、書道)によってクラス分けが行われ、2年次から文型か理型かの選択でクラス分けが行われる。文型、理型の生徒数はほぼ同じであるが、やや理型の人気が高い(文型・理型という表記はこの学校特有の表記である)。学期内の学習内容に沿った中間試験、期末試験のほか、実力養成考査(1・2年)、実力考査(3年)も行われる[2]。
2002年度から2004年度まで3年間、文部科学省より、スーパーサイエンスハイスクールに指定された。2005年度からは2年間の終了経過措置に入り、2006年度をもって指定は終了したが、2007年度から再び5年間の新規指定を受けた。
同窓会には、岡崎高校同窓会のほか、首都圏在住者向けの「首都圏段戸会」と関西地区の「矢作会」がある。定時制の同窓会は「そてつ会」である。
[編集] 校歌
作詞は石井直三郎、作曲は小林禮。歌は同じメロディで4番まである。1番は愛知県最高峰(とされているが、実際の最高峰は茶臼山である)の段戸山と一級河川・矢作川に恵まれたこの地方の美しさを称え、2番はこの地で生まれた徳川家康の遺した誇りを謳い、3番は家康の遺訓として知られる「人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし」を受け、遠い道であっても我慢し、助け合いながら先に進むように励まし、4番では、高い理想を持って進むようにという内容である。それぞれの詞は前の言葉を受けて連なり、家康も具体的に名は出さずに「かの英雄」と表現したり、岡崎高校の名も登場しないなど、全体的に控えめな表現を用いている。しかしそこには、高校名を出さずとも本校の卒業生であることが伝わるよう、地域の代表として本校が広く知られるほどに卒業後に各分野で活躍して欲しいという願いが込められている。
[編集] 応援歌
沢山の歌があるが、1990年頃には既に『われら若駒』くらいしか歌われなくなっていた。
- われら若駒
- 作詞:久野 保佑、補作:日比野 義弘、作曲:近藤惠子(コーラス部顧問)
- 岡崎高校生徒を若駒、若鮎、若鷹に喩えた歌。
[編集] 制服
制服は男女ともブレザーである(かつて男子は学生服であった)。女子の冬服は落ち着いた紺色の一般的なものだが、夏服に指定されている通称「裃(かみしも)」はX字が特徴的なデザインとなる。男子は学年毎にネクタイの色が異なり、1年はえんじ、2年はベージュ、3年は紺である。また、男子の制服を詰め襟からブレザーに移行する際に、当時の校長が、若さゆえに明るい色を、と青色を選択したために、「名鉄の切符切り」と揶揄されることがあった。
[編集] 沿革
[編集] 略歴
一中として知られた旭丘高校に続き、1896年に愛知県第二尋常中学校として始まった。かつて体育の授業で被っていた帽子の二本線は二中を表したものの名残と言われる(注:この帽子は現在着用されていない)。
1948年に学制改革によって愛知県立岡崎高等学校となった。1973年に学校群制度により岡崎北高校と入学者を分けた。
戦前・戦後を通じて、大学進学実績では東三河地方の伝統進学校である時習館高校にはっきりと差をつけられていたが、学校群制度下の1980年代前半から両校の進学実績が上昇し県内屈指の進学実績を挙げるようになった。この要因・背景として、1981年に岡崎国立共同研究機構(現自然科学研究機構)が設立され研究者の子弟が多く通うようになったことなどが挙げられる。[要出典]
[編集] 年表
- 1896年 愛知県第二尋常中学校として設立
- 1899年 愛知県第二中学校と改称
- 1901年 愛知県立第二中学校と改称
- 1922年 愛知県岡崎中学校に改称
- 1929年 愛知県岡崎中学校校歌制定(現校歌)
- 1948年 学制改革により愛知県立岡崎高等学校となる
- 1957年 創立60周年記念式典挙行
- 1963年 フォークダンス禁止令が下され、争議となる。のちに教育委員会から禁止は行きすぎと助言を受け撤回。(この事件は、朝日ニュースNo.932「もめたフォークダンス」として放送されている。[参照])
- 1966年 創立70周年記念式典挙行、講堂兼体育館竣工
- 1973年 学校群制度により岡崎北高校と入学者を分けるようになる
- 1976年 創立80周年記念式典挙行
- 1986年 創立90周年記念式典挙行、校歌碑及び尾崎士郎記念碑設置
- 1989年 複合選抜により学校群制度が終わる
- 1996年 創立100周年記念式典挙行
- 2006年 創立110周年記念式典挙行(卒業生でもあるトヨタ自動車・渡辺捷昭社長が講演を行う)
- 2002年 スーパーサイエンスハイスクールに指定(指定期間は3年間)
- 2007年 スーパーサイエンスハイスクールに再び指定(指定期間は5年間)
[編集] 交通
[編集] 学校行事
[編集] 全日制
- 新入生歓迎会(4月)
- 球技大会(5月)
- 1年オリエンテーション合宿(5月)
- 3年遠足(5月)
- 2年修学旅行(5月)
- 行き先は岡山・広島,萩・津和野,会津若松から選択する。
- 芸術鑑賞会(7月)
- 1,2年水泳大会(7月)
- 文化祭(9月)
- 体育大会(9月)
- 百人一首大会(1月)
- 予餞会(2月)
- 卒業生を送り出すための会である。
- 卒業証書授与式(3月)
- 1,2年スポーツ大会(3月)
[編集] 定時制
- 遠足(5月)
- 生活体験発表会(6月)
- 球技大会(7月)
- 修学旅行(9月)
- 3年生が対象、行き先は毎年異なる。
- 体育大会(9月)
- 文化祭(11月)
- 百人一首大会(1月)
- 卒業証書授与式(3月)
[編集] 体育大会
全日制では1年2年3年が組ごとに協力して1チームを作り、チーム単位で競争を行う。定時制でも、夕方から夜にかけて体育大会が行われる。以下は全日制についての記述である。
生徒は全員がマスコット班と踊り班とに分かれ、3年生が1、2年を指揮する形で各チームが1つのマスコットを作成し、踊りを披露する。
マスコット作成は、近くから竹を切り出すところから始まり、段ボール箱の収集、骨組作成、骨組への新聞紙貼り付け、模造紙の色塗り、模造紙貼り付けという形で進む。夕方から夜にかけて連日作成作業を行うものの、当日までに間に合わず本番当日も競技を行いながら作業することもある。作成されたマスコットは運動場を囲む形で並べられる。
踊りは、音楽にあわせて数十人が一斉に動く体操団体やシンクロ団体のような競技であり、運動場の中心で行われる。踊りの衣装は女子を中心に作成される。
[編集] アラカルト式修学旅行
1990年頃の修学旅行は、旅行時期が2年夏、1年冬に分かれ、5つの行き先から選択できた。
病気や所用などで参加できなかった生徒は下の学年の東京文化コースに同行するという救済策もあった。 その後、冬のコースが無くなり、2005年頃は
の3つとなった。
なお、アラカルト式という名称が実際に用いられることはほとんどない。
[編集] 生徒会活動・部活動
[編集] 部活動
部活動では、掛け持ちで複数の部に参加することができる。特に応援部、書道部などは特定の時期だけ活動するので掛け持ちが主である。世界的に活躍するコーラス部を筆頭に、全国大会に出場経験のある部活動が数多く存在する。
- 運動部
- 野球、ソフトテニス、卓球、バレーボール、バスケットボール、ラグビー、ハンドボール、陸上、体操、水泳、柔道、剣道、弓道、登山、サッカー、女子ソフトボール
- 文化部
- 弁論、文芸、SSH(理化・生物)、天文、数学、英語、美術 、書道、家庭、茶道、華道、写真、コーラス、演劇、JRC、鉄道研究、囲碁、語学、新聞、放送、吹奏楽、応援、スーパーサイエンス
- 同好会・準同好会
- チェス、将棋、ジャグリング
- その他生徒会非公認団体
- デュエル、ダンス
[編集] コーラス部
コーラス部は通称「岡コ」と呼ばれ、毎年コンクールで好成績を残し全国的に有名である。オペラ歌手としても活動を続ける近藤惠子が1968年に赴任して以来40年近く顧問として指導を続けており、定年を迎えた後も再任用された。コーラス部の卒業生を中心に組織される岡崎混声合唱団の正指揮者も務めている。小泉メールマガジンにも掲載され、世界大会での秘話が全国に知られることとなった。2006年には、NHKハイビジョンふるさと発の番組で特集された。 また、予餞会の際にはミュージカルを披露する。
- World Choir Games(旧名 世界合唱オリンピック)
- 1999年全日本合唱コンクールにて混声1位になったことから、2000年の第1回大会への出場権が得られた。この大会では、1曲目終了と同時に拍手と歓声が沸き、4曲終了時にはスタンディングオベーションによる拍手が鳴り止まなかったと伝えられている。以来5大会連続で本選から出場しており、唯一の5大会連続金賞団体である。かつては世界合唱オリンピックと呼ばれていたが、第4回大会(中国・厦門)の際、北京オリンピックと混同するとの理由で、オリンピックという名が正式名称から消えた。
- 第1回(2000年)オーストリア・リンツ - 金賞・部門最優秀
- 演奏曲目:さくら、lo mi son giovienetta、さみしいと思ってしまう、Magic Songs
- 第2回(2002年)韓国・釜山 - 金賞・部門最優秀
- 演奏曲目:木曽節、Ecco mormorar l'onde、春愁三首、ソーラン節
- 第3回(2004年)ドイツ・ブレーメン - 金賞
- 演奏曲目:願い -少女のプラカード-、Sanctus、唱歌III、追分節考
- 第4回(2006年)中国・厦門 - 金賞
- 演奏曲目:さくら、Quel angellin che canta、日向木挽唄、Leonard Dreams of His Flying Machine
- 第5回(2008年)オーストリア・グラーツ - 金賞・部門最優秀
- 演奏曲目:五木の子守歌・おてもやん、With a lily in your hand、「廃墟から」より第1章 絶え間なく流れてゆく、狩俣ぬくいちゃ
- NHK全国学校音楽コンクール
- 平成19年現在、10年連続15回の全国大会出場を果たしている。現在の制度になってから、銀賞2回、銅賞4回受賞。
- 第75回(平成20年度) - 銅賞
- 課題曲:青春譜 自由曲:五木の子守唄、おてもやん
- 第74回(平成19年度) - 銅賞
- 課題曲:言葉にすれば 自由曲:「廃墟から」より第3章 葬送のウムイ
- 第73回(平成18年度) - 銅賞
- 課題曲:ある真夜中に 自由曲:日向木挽唄
- 第72回(平成17年度) - 銀賞
- 課題曲:風になりたい 自由曲:あい
- 第71回(平成16年度) - 銅賞
- 課題曲:新しい人に 自由曲:空に小鳥がいなくなった日
- 全日本合唱コンクール
- 4年連続の全国大会出場を果たす。平成19年度は2年連続の金賞,そして過去最高タイの2位。
- 第60回(平成19年度) - 金賞
- 課題曲:鼻 自由曲:「廃墟から」無伴奏混声合唱のためにより 第一章 絶え間なく流れてゆく
- 第59回(平成18年度) - 金賞
- 課題曲:とむらいのあとは 自由曲:Leonardo Dreams of His Flying Machine
- 第58回(平成17年度) - 銀賞
- 課題曲:あやつり人形劇場 自由曲:i Thank You God for most this amazing day
- 第57回(平成16年度) - 銀賞
- 課題曲:樹氷と風と 自由曲:願い、私が歌う理由
[編集] スーパーサイエンス部
スーパーサイエンスハイスクール指定に伴い、平成14年度設立された部活。夏期休業中には大学の研究室を訪ね、短期集中で研究を行うこともある。化学班、物理班、生物班が活動を行っており、研究は数々の賞を受賞している。
ちなみに、生物班は『Newton』から取材を受け、2006年7月号(創刊300号&25周年記念号)に記事が掲載された。
[編集] 著名な卒業生
- 川村貞四郎(中9回) - 山形県知事・内務省官僚、大日本インキ社長 / のち東京・日本中学へ
- 尾崎士郎(中17回) - 作家、小説『人生劇場』著者
- 近藤康男(中19回) - 農業経済学、東京大学名誉教授
- 大隅健一郎(中23回) - 商法学、文化勲章、元最高裁判事、京都大学名誉教授
- 木村資生(中43回) - 生物学、文化勲章、国立遺伝研名誉教授
- 近藤貞雄(中44回) - 野球選手、野球殿堂入り、元中日監督・大洋監督・日本ハム監督
- 内田修(中49回) - ジャズ評論家、医師
- 大瀧仁志(高3回) - 錯体化学、紫綬褒章、東京工業大学名誉教授
- 杉浦正健(高5回) - 衆議院議員、元法務大臣
- 冨田勲(高7回) - 作曲家、日本アカデミー賞最優秀音楽賞
- 外村仁(高8回) - 元野村證券投資信託委託(現野村アセットマネジメント)社長、元野村證券副社長
- 黒田直樹(高11回) - 元住友商事代表取締役副社長、元通産省資源エネルギー庁長官
- 岩月一詞(高12回) - 元トヨタ自動車副社長、元トヨタアドミニスタ会長
- 浦野烋興(高12回) - 元科学技術庁長官
- 戸松秀典(高12回) - 憲法学、学習院大学法科大学院長、元法制審議会委員
- 渡辺捷昭(高12回) - トヨタ自動車社長
- 天野彰(高14回) - 建築家、通産省産業構造審議委員、厚生労働省大規模災害救助研究会委員
- 大山達雄(高16回) - オペレーションズ・リサーチ研究、政策研究大学院大学副学長
- 門野史明(高16回) - 元東海総合研究所代表取締役副社長
- 伊藤信行(高19回) - 薬学、日本薬学会賞、京都大学大学院薬学研究科教授
- 近藤孝男(高19回) - 生物学者、朝日賞、名古屋大学大学院理学研究科教授
- 福山透(高19回) - 有機化学、東京大学大学院薬学系研究科教授
- 伊与田正彦(高19回) - 有機合成化学、首都大学東京大学院理工学研究科教授
- 内山田邦夫(高21回) - 元警視監、元関東管区警察局長、元広島県警察本部長
- 大水博(高21回) - 田辺製薬医薬化学研究所所長
- 加藤新太郎(高21回) - 水戸地方裁判所長、元新潟地方裁判所長
- 加藤孝久(高24回) - 機械工学、東京大学大学院工学系研究科教授
- 牧正敏(高24回) - 生物学、日本生化学会奨励賞、名古屋大学大学院生命農学研究科教授
- 佐口和郎(高25回) - 労働経済学、東京大学大学院経済学研究科教授、社会保障審議会委員
- 福山寛(高25回) - 物理学、東京大学大学院理学系研究科教授
- 杉浦ひとみ(高27回) - 弁護士
- 麻場一徳(高31回) - スポ-ツ科学、都留文科大学教授
- 土井真樹(高31回) - 衆議院議員、公認会計士
- 佐々木俊尚(高32回) - ジャーナリスト
- 井上由美子(高34回) - フリーアナウンサー
- 青山和浩(高34回) - 生産システム工学、東京大学大学院工学系研究科教授
- 内藤正光(高34回) - 参議院議員
- 吉村博幸(高35回) - 光工学、千葉大学大学院工学研究科准教授
- 長坂省(高36回) - 弁護士、TMI総合法律事務所パートナー
- 山本隆司(高36回) - 行政法学、東京大学大学院法学政治学研究科教授
- 杉浦淳吉(高40回) - 社会心理学、愛知教育大学准教授
- 川井清彦(高42回) - 光工学、大阪大学産業科学研究所准教授
- 國廣昇(高42回) - 情報工学、SCIS論文賞、東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授
- 岩月直樹(高44回) - 国際法、立教大学法学部准教授
- 小島義博(高47回) - 弁護士、森・濱田松本法律事務所アソシエイト
- 山本匠晃(高51回) - TBSアナウンサー
- 小笠原三九郎 - 元商工大臣・農林大臣・大蔵大臣・通商産業大臣
- 今泉忠義 - 国語学、國學院大学名誉教授
- 佐藤武夫-プロ野球選手
- 永田隆次-プロ野球選手
- 服部受弘 - プロ野球選手
- 植田隼美-プロ野球選手
- 杉山悟 - プロ野球選手
- 近藤禎三-プロ野球選手
- 木村博-プロ野球選手
- 早川真次-プロ野球選手
- 小沢重光-プロ野球選手
- 石川克彦 - プロ野球選手
- 井上登-プロ野球選手
- 柳瀬文夫-プロ野球選手
- 河井学-プロ野球選手
- 本田威志-プロ野球選手
- 藤田亨 - 放送作家
- 久野源蔵 - 元三好町町長
- 酒井鎬次 - 陸軍中将
[編集] 脚注/出典
- ^ 「生徒の活力を引き出し一人ひとりの学力を向上させる 愛知県立岡崎高校」 VIEW21[高校版]2004.9。
- ^ 「授業第一主義 愛知県立岡崎高校」 VIEW21[高校版]2004.9。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 井沢夏穂「個性生み出す二つのモデル 実直の三河 自由の尾張」『高校グラフィティー 愛知・中』 読売新聞、2008年2月25日宮崎版13面。


