コミックマーケット

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コミケ から転送)
コミックマーケット参加者の入場待機列(東京国際展示場西展示棟付近にて撮影)
コミックマーケット参加者の入場待機列(東京国際展示場西展示棟付近にて撮影)
コミックマーケット参加者の企業スペース入場待機列(東京国際展示場西展示棟屋上にて撮影)
東京国際展示場会議棟(2006年8月19日撮影)
入場待機中の朝焼け(コミックマーケット71)

コミックマーケットComic Market、通称:コミケあるいはコミケット)とはコミックマーケット準備会が主催する世界最大の同人誌即売会である。

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目次

[編集] 概要

毎年8月(通例、8月15日頃の旧盆にかかる週末)と12月(通例、12月2931日)の年2回、東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催される。開催期間は現在では主に3日間。8月に開催されるものは「夏コミ」、12月に開催されるものは「冬コミ」と呼ばれる。2008年8月現在、開催回数は定期開催だけで74回を数える。

春季にも開催されていた時期があり当時は「春コミ」と呼ばれていたが、2008年現在では「春コミ」と言えば「HARU COMIC CITY」のことを指す。これは、コミックマーケット準備会の関与しない別のイベントである。

コミックマーケットは回を重ねるごとに大規模化し、それに伴い一般にもその存在が広く知られるようになった。2007年夏に行われた「コミックマーケット72」では東京ビッグサイトを3日間借り切った状態でサークル参加者数は3万5000スペース、一般参加者数は延べ55万人にも上った。準備会がサークル参加者に提供するブース(「スペース」という単位で呼ばれる)は極端に不足しており、用意した大量の頒布物を捌く必要性から毎回2~3スペース分を準備会より与えられる一部の大手サークル(注:後述参照)への優遇など、いくつかの特例を除いては書類審査と抽選によって選ばれる。応募のおよそ50~70%程度が当選し、残りは落選という形になる。

[編集] 特徴

コミックマーケットは世界最大の同人誌即売会であり、屋内で行われるイベントとしても世界最大級である。アメリカ最大のコミックポップカルチャーコンベンションである「コミコン・インターナショナル」や[1]日本国内では「SUPER COMIC CITY」などこれに迫りつつある同人誌即売会も存在するが、コミックマーケットとの規模差は未だ大きい。コミックマーケットが他の数多くの同人誌即売会とは別格に扱われる理由は、あらゆるジャンルのサークル参加者が集う大規模即売会という点にある。

コミックマーケットには多種多様な同人愛好家達が自作の物品を展示、頒布し、交流する。漫画・アニメ・ゲーム以外の大衆音楽アイドルグループのファン同人誌、ゴスロリ服やコスプレ衣装、手作りアクセサリー、同人ハードウェア、人形作家による人形、教師看護師航空機パイロット鉄道員等の一般に知られない職業従事者の日常が描かれたもの、またペットガーデニング紅茶などの愛好家による同人誌まで現代日本の様々なサブカルチャーが一堂に集う場となっている。

マイナーなジャンルや作品を愛好する参加者達にとっては、コミックマーケットはそういった作品発表の場・作品を入手する場・参加者同士の交流の場であるとも考えられている[2]。それを主目的としていない参加者達にとっても普段出会えないような作品を探し出し、新たな楽しみを見つけられる場である。

このためサークル参加者の多くが年間スケジュールをコミックマーケット開催周期に合わせており、コミックマーケット以外では同人誌の頒布を行わないというようなサークルも多数存在する(その為、徹夜組転売屋などの問題も発生している)。1990年代後半以降では同人誌を専門に取り扱う書店の販売網拡大やインターネットの普及などにより、こうしたサークルの発行物も入手する手段が他にも増えてきており一部発行物に限って言えば会場まで足を運ばずとも入手出来る様になった。しかし、依然としてコミックマーケットは日本の同人作品の制作者とファンが一堂に会する同人イベントの頂点、同人界最大の「お祭り」として存続している。

※参加者の区分については「参加者の区分」の節を参照。

[編集] 開催ごとの流れ

おおむね、以下の流れで進行する(一部の日程は前後する)。

  1. 日程の決定。
  2. サークル参加申し込み受付開始、締切。
  3. 企業参加申し込み受付開始、締切。
  4. スタッフ参加者募集を兼ねた、「拡大準備集会」を東京で開催。通常、1開催につき3度開かれ、スタッフ参加者は2回以上参加する必要がある。また、3回目は一般・サークル参加者向けの質疑応答時間を設けていて、代表に直接質問が可能(そのため、特に「三拡」と呼ばれ重視される)。3回目の日程は、サークル参加者向けのニュースメールで告知される。
  5. サークル・企業当落確定。カタログ製本開始。
  6. 前日搬入。開催前日から、机イスなどスペースの準備を行い、初日参加のサークル搬入も受け付ける。次期サークル参加申込用紙頒布開始。
  7. コミックマーケット開催。
  8. 終了後、即日撤収。備品の片付け終了後、全体の、そしてスタッフ部署ごとの反省会を行う。全体の反省会は、代表や主立ったスタッフによる報告と、一般・サークル参加者との質疑応答などを行う。拡大準備集会と同じく、代表が直接回答する。

[編集] イベント名に関して

コミックマーケットは、「コミケット」(Comiket)あるいは「コミケ」(Comike)という略称で呼ばれることが多い。開催開始当初は「コミック=マーケット」とダブルハイフン入りで表記していた。この名付け親は、立ち上げ時のスタッフの1人であり防火管理責任者の明石良信である。このイベントの正式名称である「コミックマーケット」及びその略称・俗称である「コミケット」「コミケ」は、いずれもコミックマーケットの運営法人である有限会社コミケットが1998年商標登録している。

しかしながら商標登録前から「○○コミケ」という名称で開催されているイベントは商標権の侵害とならないため、コミックマーケット以外の同人誌即売会で「コミケ」という名称が使われることは珍しくない。この影響か、コミックマーケットを知らない東京近郊以外の地方在住者(これまで、東京/神奈川/千葉/沖縄の1都3県以外でコミックマーケットが開催された実績はない)や参加し始めたばかりの若い年代層では、他の似通った形態の同人誌即売会も一律に「コミケ」と呼ぶ傾向がある。地方では、「東京のコミケ」という意味で「東コミ」と呼ぶ場合もある。

古参参加者層では「コミケ」の普通名詞化には抵抗を感じる者も多いが同人誌即売会に関わる者達にとってコミックマーケットの影響力は大きく、「コミックマーケット=同人誌即売会の模範」とされることが多い。「漫画・アニメを主体とした同人誌の即売会」を表す一般的な名称は他に存在しないため、普通名詞化はやむを得ないという見方もある。

[編集] 開催回数の数え方

コミックマーケットでは、開催されるたびに「コミックマーケット○○」と呼び、○○に回数を入れる。略称は「C○○」。例えば2008年8月1517日に開催されたコミックマーケットは「コミックマーケット74」、略して「C74」と呼ぶ。「第74回コミックマーケット」ではない。ただし、初回は「第1回コミック=マーケット」であった。

上記の形式は、C4~5のころに固まったようである。これはコミックマーケット準備会そのものが形式的には開催1回毎に解散及び結成を繰り返し、連続した団体としての体裁を持たないというスタイルから来たものである。この様式はC72まで続けられたが、開催ごとに解散を繰り返さないC73以降も呼称としてのCXXは継続されている。

定期開催以外の「コミケットスペシャル」は独立して回数が計算され、定期開催の回数には含まれない。

[編集] 参加者の区分

コミックマーケットでは、来場者は全て「参加者」と呼ぶ。自らは同人誌の発行ないしは他の参加者達との交流等は行わず、目的のサークルが発行する頒布物を入手する為だけに訪れる来場者(いわゆる「買い専」)も含めてそう呼ぶ。これは参加者は対等であり、「お客様」は存在しないとの理念からである。参加者の主な区分は以下の通りである。

サークル参加者
同人サークルとして参加し、コミックマーケットより与えられた個々のスペース(ブース)で同人誌やグッズ等の頒布を行う参加者。
企業参加者
コミックマーケット企業スペースに参加する法人・各種団体。また、出版社・放送局など営利目的の取材も含む。
スタッフ参加者
コミックマーケット準備会のスタッフとして参加し、各種作業を行う参加者。無償のボランティアだが弁当など飲食物とカタログ、サークル参加申込書が支給される。また、サークル参加の抽選で有利になるといわれる(通常のサークル参加申し込み封筒は薄赤色だが、スタッフ参加者用は水色にして区別を付けている。通称「青封筒」)。スタッフ参加には東京で行われる事前の「拡大準備集会」に複数回参加する必要があり、また開催時は設営から撤収までの通日参加が原則となっている。
一般参加者
上記のいずれにも当てはまらない参加者。参加の事前申請・登録は不要で、入場料は無料。ただ事前登録なく入場でき、案内や注意事項の交付も行われないため通常はカタログで注意事項の告知を行う他の同人誌即売会とは異なり、運営の妨げとなる行動(徹夜組等)や会場におけるマナーの無理解(注意事項がサークル参加者のみならず全参加者に求められていることを理解しない、「金を払ってやる」的振る舞い)も一部に存在する。準備会が発行するカタログは公式サイトにアクセスしない一般参加者に対してコミックマーケットでの注意事項やルール・マナーを伝える手段でもあるため、準備会では熟読を呼び掛けている。なお、C74より、カタログから注意事項やルール・マナー部分を抜粋してサイトで無料公開を始めた。

これらの区分とは別に、以下のような形での参加もある。

委託参加者
スペース取得に落選した、あるいは居住地から遠い為に参加出来ない等の理由で他のサークル参加者などに同人誌その他の頒布を委託した者。来場していない場合もあれば、一般参加者として来場している場合もある。
コミックマーケット準備会でも過去に『同人誌委託コーナー』を設けていたこともあったが、2007年夏のC72以降、委託コーナーを設けないと発表した[3]。準備会はその理由として、以下を挙げている。
  • 3日間開催において、抽選率70%以上を確保できる状況にある
  • 抽選漏れサークルの救済という趣旨とは異なってそもそもコミケットにサークル申込を行っていないサークルが増え、コーナーの性格も変わりつつある
  • これまでの会場の使い方では現状に適合しない部分もいくつか見えており、(現在委託コーナーが置かれている)会議棟含め会場施設等の利用方法について、会場側とも調整を行いながら現在見直しを行っている
一方、中止はこれまで委託コーナーを運営してきたCPSに関する事情もあると、準備会は付け加えている。(詳細は後述『株式会社コミケプランニングサービス』を参照のこと)
コスプレ参加者
コスチューム・プレイを行う者たちを指し、開催当日の登録(有料)が必要。コミックマーケット自体への参加は、サークル参加・一般参加のいずれかに属する(コミックマーケットではコスプレは副次的なものであり、独自の参加枠が公式にあるわけではない)。なお企業参加者の中にコスプレをした企業社員やコンパニオンらもいるが、これらは参加要件の違いからコスプレ参加者には含まれない。

なお、サークル参加及びコミケットスタッフへの参加は原則義務教育修了年齢(高校生以上)に達するまで許可されない。

[編集] サークル参加

サークル参加を希望する際は、指定された期間にコミケットに対してサークル参加の申込を行う必要がある。

  • 冬コミ:夏コミ終了後おおむね3日間
  • 夏コミ:2月上旬の約1週間
    • 期間は開催回によって異なる場合があるので、詳細はコミックマーケットオフィシャルサイトを参考のこと。

申込には参加を希望する回の前の回(例:C72参加希望の場合C71)のコミックマーケットで準備会販売スペースで販売される「申込書セット」を1スペースにつき1部購入し、申込期間中に参加費の振込み及びサークル情報をまとめた「短冊」と呼ばれるものを郵送する必要がある。この期間は早くても遅くてもいけない。期間外の申込は全て書類不備としてほぼ間違いなく落選となるので注意が必要である。

郵送以外の申込方法としてオンライン申込が長い間切望されてきたが、有限会社コミケットは有限会社サークル・ドット・エムエスとWeb申込受付に関する業務委託契約を締結しコミックマーケット70(2006年夏)の申込よりオンラインによる申込受付サービスを開始している。オンラインでの申込にも郵送と同様に申込書セットが必要となり更に、郵送申し込みで必要な郵便払い込み手数料に代え、システム利用料として申込書セット以外に1000円がかかる(事実上申込手数料が倍となる)点があるが、期間延長(申込期間が約1週間、サークルカット提出と申し込み内容修正がオンライン申し込み終了後更に1週間)の利点があり主に夏コミ終了後から3日間と期間が非常に短い冬コミの申込期間が延長される点で利用者は毎回増加しているが、その数の急増による事務処理上の問題から、C75(2008年冬開催予定)の期間延長日数が圧縮された。

尚、参加を希望する回の前の回のコミケに参加出来ないサークル参加希望者の為に、申込書セットはサークル・ドット・エムエスにより通信販売も行われている。この通販は会期前及び会期後にそれぞれ行われ、基本的にオンライン申込用としている。しかし、夏の会期後のもの以外は基本的に郵送申込にも利用可能である。

サークル参加では机半分(90cm×45cm)分のスペースにパイプ椅子2脚が基本的な自スペースとして提供されるが、大手と呼ばれるサークルでは多数の一般参加者を捌く為にそれ以上のスペースが提供される場合もある。また合同誌頒布の際などに友人のサークルと隣同士に配置をしてもらう「合体参加」という申込も可能となっており、その際は合体申込を行った2サークルで机1本分の配置となる。尚、郵送申込時には専用の合体封筒の購入が必要となるがオンライン申込の際はフォーム上のみで処理が可能となっており、合体封筒を購入する必要はない。

[編集] サークル参加の抽選について

サークル参加は、申し込みサークル数に会場スペースが追いつかない状況が慢性的に続いているため、抽選が原則となっている(会場容量の限界も参照)。

広報誌「COMIKET PRESS」によると人気ジャンルは申し込みが非常に多くなるため、若干当選率が下がる。逆に申し込みが少なく特にそのジャンルで申し込んだサークルが1つだけといった場合は、当選率を高くする傾向にあるという。これは、落選によるジャンルの存亡の危機を招かないようにするための配慮である。3回以上連続で(夏だけ、冬だけの申し込みも含む)落選すると、次の申し込みでは救済措置で優先的に当選できる。ただし落選が書類不備による場合、この救済措置は受けられない。また、ジャンル「学漫」は当時代表だった米澤嘉博の指示により、軽度の書類不備でもパスするほど当選率が高いといわれている(ただし、同一校で複数の「学漫」サークルがあると一方は落選する。もっとも学生数の多い大学などで複数キャンパスを持つような場合はキャンパスごとのサークルが当選しているなど、臨機応変に対応している)。

サークル参加申込用紙は記入事項が多く、開催ごとに変更される点も多い。そして、「正確に申込用紙を記入したサークル」と「書類に不備があるサークル」を明確に区別して扱う方針のため、参加ジャンルを問わず書類不備による落選はかなりの割合を占める。しかし2000年代以降では3日間開催日程の回ならば実質の当選率はかなり上がっており、毎回書類の書き方にさえ注意すれば8割以上の当選を見込めるようになっている[4]。逆に2日間開催の時は書類不備を除いても、なお4割程度落選となる[5]

前述の通り、大手サークルなどは申し込めば致命的な書類不備などがない限りはほとんどフリーパスであると言われている。ただし、抽選免除が公にされているのはコミックマーケットの母体となった「迷宮」のみ。また免除ではなく「永久スペース提供」と表現されており、公にされたのも母体ゆえの特例と言える。しかし一般的なサークルの抽選も無作為抽出ではなく、申し込み時の内容が考慮されることが「COMIKET PRESS」などで明らかにされている。そのため、時に当選するサークルの偏りが指摘されることもある。

逆に過去に不正行為を行ったり、サークルスペースを確保したにもかかわらず参加しなかったり、参加したにもかかわらず頒布物がなかったようなサークルは以後の開催で強制的に落選させられることがある。また、過去にはコミックマーケットスペシャル開催妨害を理由として永久追放になったサークルも存在する。ただ、異論を排斥しない理念を掲げている(「コミックマーケット開催まで」参照)以上永久追放は最後の手段と位置付けられており、懲罰的に落選させられたサークルでもほとんどの場合は前述の救済措置の適用は受けるといわれている(すなわち、最低でも4回に1回は参加できることになる)。

なおジャンルが二次創作物の場合、申込が原著作物の発表(発売・放映・公開など)以前だとケースバイケースだが基本的に落選になる(例外的に、原著作者本人によるものは当選する可能性がある)。これは、たとえ事前情報が出回っていたとしても「作品を鑑賞してからこそのパロディでありファン活動ではないのか?」[6]という方針があるからである。

[編集] カタログ

前述の通りコミックマーケットには数多くのサークルが参加する為、手ぶらの状態で会場に訪れて目的のサークルを探すのは非常に困難である。この為、コミックマーケット準備会は毎回参加する各サークルの紹介とその配置の紹介を兼ねた冊子「コミックマーケットカタログ」を刊行している。カタログの印刷は、毎回共信印刷が担当している。参加するサークル及びその配置は毎回異なるので、カタログの内容も対応する回にのみ適用される。

このカタログはおおむね開催の1ヶ月ほど前から大手書店や同人ショップ、CPS(C72まで。事情は「株式会社コミケプランニングサービス」を参照)による通販などで販売される。コミックマーケットの開催期間中には会場外の待機列付近や一部会場内でもコミケットスタッフによって販売され、ここで購入することも出来る。

巻頭には、コミックマーケットへの参加に関しての諸注意事項が掲載。諸注意事項は読みやすいよう、毎回漫画形式で作成されている。そして巻末には、投稿コーナー「まんがレポート(MR)」が掲載される。この記事はコミックマーケットに実際に参加した者達から一コマ漫画形式で募集した、前回のコミックマーケットに対する意見や感想をその話題ごとにまとめたものである。まんがレポートは読み物として他の参加者達からの人気を集めていると共に、参加者のマナーの向上や問題提起、疑問の解決などに一役買っている。他、読み物としてカタログに掲載される記事には前回の開催内容を紹介する「アフターレポート」、準備会からの告知やアンケートへの返答を行う「コミケットプレス出張版」、コミケの諸事情を風刺したDr.モローによるショートコミック、コミケビギナーのためのアドバイスコーナー「Comi-Navi」などがある。

またカタログには白地図様の会場内の配置図が毎回同封されており開催会場が有明に移転してからは東京ビッグサイト東ホール用のものが2枚、同・西ホール用のものが1枚同封されている。参加者はこれに目的のサークルの場所を記したり、同行者との待ち合わせの場所を記したりするなど各々自由に利用することが出来る。

数万のサークルを紹介するカタログのページ数は1000ページ以上にも及ぶ為、本文には特製の薄い用紙(日本製紙製「ヘンリーコート R-50」)が採用されているがそれでもなおカタログ全体の厚さは数センチ、重さは数キロに達する(より厚い週刊漫画雑誌などより重いのは、サークルカットの刷り上がりが最適になるよう採用している用紙の性質による)。それゆえ会場内で持ち歩くことを考慮し、綴じ部分(いわゆる「のど」の部分)からカッターナイフ等を用いて切り分けるなどカタログを分冊する者も少なくない。このことから一時期(C48、C52)は準備会側もカタログを開催日ごとに分冊化しての発行を試みていたが、開催日に対応した冊子のうちのいずれかが売れ残るなどの問題が解決出来ず結局1冊にまとめての状態へと戻った。

C56からは従来の冊子型のカタログに加え、CD-ROM版のカタログも登場している(通称「カタROM」)。パソコンで扱えるデータということもあり、各種検索機能の他に前回あるいはそれ以前のコミックマーケット開催時に発売されたCD-ROM版カタログからCSV形式でハードディスクドライブ内に保存したチェックデータから該当回のコミックマーケットでのサークル・作家のスペース配置状態をオートチェックできる「過去のカタログ読み込み機能」などの機能が搭載されている。CD-ROM版カタログの発売は、冊子版の約1週間後となる。またC74からは公式Webサイトにて、開催前に諸注意ページを、開催後にまんがレポートを公開する試みが始まっている。

かつては会場内のゴミ箱からカタログを拾うことが可能であったが、現在はほぼ全てのゴミ箱に会場の清掃業者が常駐し、捨てられたものを分類・管理しているため会場内のゴミ箱からカタログを拾うのはほぼ不可能になっている。

[編集] カタログの背表紙

当初カタログがただ一枚の紙だった時代、及びその後の平綴じの時代には「背表紙」は存在しなかったが1980年代後半に今のような冊子になり、白い背表紙ができた。当初は「コミックマーケット×× カタログ」としか書いていなかったが、1989年冬コミ(初の幕張メッセ開催、C37)で発行されたカタログで初めて背表紙に絵が登場した。翌C38のカタログのマンガレポートにそのことに対する反響が2枚掲載されている。うち、1枚に対して編集が「カタログの背表紙の絵は永遠に続くよ」というコメントを寄せている。主に同人界で人気のあったジャンルが背表紙になっている。カタログが薄かった頃は背表紙のやや上の方とやや下のほうに交互に人物が配置されていたが今ではカタログが厚くなったため、交互に人物を配置する必要がなくなっただけでなく1作品から2人物を登場させることができるようになっている。最初期に背表紙に登場したジャンル、キャラクターは以下の通り。

[編集] 参加者の年齢層・男女比などの内訳

コミックマーケット公式の調査によると参加者の中心層は中学生(兄弟の影響)から30代ぐらいまでで、下は保護者同伴の未就学児から上は70歳代後半の参加者もいる。

一般参加者の男女比については、確たる統計がない。コミックマーケット66でコミック文化研究会(九州大学助教授杉山あかし)が準備会と共同で試験的に計測した結果では、男性がやや多いかも知れないとの結果を得たという。サークル参加者に関しては、第1回コミックマーケット開催当時から一貫して女性参加者が多い。時期によって男女の比率は大きな変動があるが、女性サークルが男性サークルを下回ったことはない。

開催会場が有明に移転して以来、日本国外からの参加者、特に非英語圏(主に中国台湾韓国フランスなど)からの参加者も増えている。参加形態も一般参加者だけでなくサークル参加者もある。一部には行列のできるサークルを主宰する者も出ている。このため準備会では「国際部」と呼ばれる外国語接遇セクションを強化、「フェロースタッフ」と呼ばれる他部署兼務の外国語対応スタッフを導入している。そのほか、場外警備を担当する部署に簡単な会話帳を配布するなど対策を講じている。

[編集] 定期開催以外のコミケット

コミケットスペシャル
1978年5月6日に行われた、定期開催以外では初のコミケット。場所は新宿・四谷公会堂。運営費の赤字を救済するために行われたイベントであったが結果として赤字を更に増大させてしまった。
コミケット IN 一橋祭
1978年11月5日に、一橋大学学園祭の一環として行われた。
さよなら晴海!!コミケットスペシャル(コミケットスペシャル2)
コミケット20周年記念として1996年3月17日に開催。晴海国際見本市会場が東京国際展示場(ビッグサイト)へと役目を引き継ぎ閉鎖されることとなったため。サークル招待制、一般参加事前申し込み制で開催。
リゾコミ in 沖縄(コミケットスペシャル3)
コミケット25周年を記念して2000年3月19日沖縄県宜野湾市で開催。開催直前に宜野湾市の教育委員会に成人向け同人誌数冊とともに怪文書が送られた。怪文書を作成したサークルは、コミックマーケットから永久追放となっている。
30周年記念 24耐(!?)コミケットスペシャル4
コミケット30周年記念として2005年3月21日に開催。設営から撤収までの全てを開催日の深夜0時から24時間以内で行ない、サークルも午前と午後で総入れ替えを行った。このイベントは成功したという見方が圧倒的。準備会側では少々の赤字を出すにとどまった。
コミケットスペシャル5
2010年3月21日に開催が予定されている。開催コンセプトを「コミケでまちおこし」とし、同人誌即売会で町おこしを行いたい自治体や観光協会に呼びかけ、開催地を公募する。[7][8]

[編集] 日本国外の類似イベント

アニメ・漫画の愛好者が集まるイベントとしては、日本国外にも以下の様なものがある。

参考リンク:世界のコスプレイベント一覧

[編集] コミックマーケット準備会とその関連企業

[編集] コミックマーケット準備会代表

  1. 原田央男 - 1975年1979年?(C1~C12?)
  2. 米澤嘉博 - 1980年2006年(C14~C70)
  3. 安田かほる筆谷芳行市川孝一 - 2006年~(C71~)

初期は「迷宮」による運営で実質的には原田、亜庭じゅん、米澤、かみしま永の4人が中心となっていた。名称も「準備委員会」であったり「準備会」であったり一定しなかった(C1では「準備委員会」)。米澤は、準備会が現在の(独立した組織としての)原形を持つ(ようになった)のは自身が代表になってからとしている(コミックマーケット準備会『コミックマーケット30'sファイル』)。原田は1979年7月2829日開催のC12を最後に、準備会の運営から離れた。

その後、米澤は約26年間の長期にわたって代表を務めたが体調不良の為、C70を最後に退任した[9]。米澤夫人の米澤英子は代表補佐でもあったが、夫の退任後も補佐に留任した。

C69までは準備会は常設の組織ではなくコミックマーケット開催のたびに結成し、終了後解散する形を取っていた。従って、日常の業務は次項の有限会社コミケットが請け負う形であった。しかし個人情報保護法の施行により、C70以降は解散する事無く継続して存在するようになった。

[編集] 有限会社コミケット

コミックマーケットはその会員(イベントの性質に見合った用語を用いるなら、同人)の集会という扱いになっている。しかし、イベント開催規模が大きくなってからは任意団体のコミックマーケット準備会では通常の事務作業とその作業場所の確保、会場借り上げの契約を行うことが出来なくなった。そこで、1985年株式会社コミケットを設立してそれを行うこととした。後に有限会社(2006年5月より特例有限会社)となり、現在に至る。社長は米澤が準備会代表と兼任していたが、彼の死去により(代表とは異なり、最後まで現職であった)米澤英子が後任となった。

業務はコミックマーケット準備会からサークル配置データの提供を受け、コミックマーケットカタログを製作。代わりに会場と契約して場所を提供している形になる。その他の業務としては中古同人誌を取り扱う古書店「コミケットサービス」の運営、同人誌以外の古書・古洋書・ミリタリーグッズを扱う販売店「B-Maniacs」の運営がある。

[編集] 株式会社コミケプランニングサービス

通称CPS。過去にはコミックマーケットカタログやカタログCD-ROM・次回申込書の通販業務を行うほか、コミックマーケットにて同人誌委託コーナーの運営もしていた。

しかし同人誌委託はC71を最後にコーナー自体が中止され(参加者の区分を参照)、通販もC72を最後にカタログ通常版は準備会の直販、CD-ROM版は株式会社クリエイション、次回申込書はサークルドットエムエスの業務にそれぞれ変更された。3代目代表の体制になってから、CPSの排除が行われたことになる。

この間の事情についてコミケット準備会とCPS、双方の公式見解[10]が出されている。また「運営組織の変遷」も参照のこと。

2008年4月に株式会社シーピーエスへの社名変更が発表された。

[編集] 共信印刷株式会社

共信印刷は、東京都文京区印刷会社。コミックマーケットのカタログ印刷を、創刊から現在に至るまで全て担当している。また、CD-ROM版カタログについては販売とサポートも請け負っている。同人誌印刷会社としても大手である。

[編集] 歴史

コミックマーケットの歴史は、同時に開催場所移転の歴史でもある。以下でそれを追ってゆく。

[編集] コミックマーケット開催まで

1970年代に入りSF小説や映画などに積極的に興味を示す人々が出現、同時に表現の場としての同人誌が制作されるようになった。そこで、時代の潮流として大型の同人誌即売会の開催が求められた。そんな中で出現したのがコミックマーケットである。

コミックマーケットを立ち上げるまでに至った主なきっかけの一つは、SF大会を模して開催された「日本漫画大会」や流行の端境期に直面していた旧来の漫画への反発といったものだった。また「日本漫画大会」を批判したある前回参加者が参加を拒否された事件があったことから、「迷宮」はこれを告発するとともにコミックマーケットでは批判者を排斥しない理念が形作られることになった。そして「日本漫画大会」や「マンガフェスティバル」などではイベントの一つであった同人誌即売会を独立させ、「ファンのファンによるファンのためのイベント」を目標にした。

[編集] 日本消防会館会議室

C1(第1回)のコミックマーケットは1975年12月21日、漫画批評集団「迷宮」主催の下、東京・虎の門の日本消防会館会議室において参加サークル32(ただし委託・展示サークルがほぼ半数)、参加者約700名で開催された。開催前日には合宿も行われ、アニメソングが高歌放吟されたというSF大会の影響の濃いものだったらしい。また参加サークルの半分近くを学漫(学校内クラブ活動としての漫画研究会)が占め、萩尾望都作品を中心とした少女漫画ファンクラブがそれに次いだ。主催者によると、入場者の9割余を「中・高校生の少女まんがファンを中心とした女子」(『コミックマーケット30'sファイル』より)が占めたという。

このC1以降、春・夏・冬の学校の休みに合わせて年3回のコミックマーケット開催が定着する。なお、「迷宮」とコミックマーケットはその後分離した。しかし、現在でも「迷宮」はサークル参加での永久スペース取得権を有している。帳簿上コミックマーケット準備会は「迷宮」からの借金が残ったままになっており、その代償という形を取っているという。

この会場は第1回のみである。

[編集] 板橋産業連合会館から都内各産業会館

1976年にはC2からC4の春・夏・冬コミが板橋産業連合会館で開催される。この頃はまだ参加サークルは100に満たない状態だったが、1977年(C5)に大田区産業会館に移った頃から入場待ちの行列ができるようになっていく。途中、四谷公会堂と東京都立産業会館・台東館を1度ずつ使用したものの結局1979年いっぱいまで同館の使用は続き、同館最後の開催となったC13では参加サークル300弱、参加者約4,000人とコミックマーケットは確実に大きくなっていった。また参加サークルにおける学漫の占める割合は低下し、オリジナルの創作系が増えていった。また、『宇宙戦艦ヤマト』などアニメのファンサークルの参加も目立ちだした。特に『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』のブームと非常に初期の現在で言う「おたく」が出現したことは、コミックマーケットを牽引する大きな原動力となった。

この時期を最後に「迷宮」は運営から手を引き、コミックマーケットは組織として独り立ちしたようである。「迷宮」は1980年、創作漫画専門の同人誌即売会「まんが・ミニ・マーケット」をコミックマーケットの補完として開催した。これはコミックマーケットの規模拡大で売り手と買い手、作者と読者、さらにはファン同士の交流が薄れ始めたため適正規模の即売会を別に設けようとしたためという。また頒布物における二次創作物の割合が高まったため、純粋なオリジナル創作だけの場を設けるべきではないかという話もあったという。1981年MGM(Manga Gallery & Market)と改称、2006年現在も存続している。

[編集] 川崎市民プラザから横浜産貿ホール

1980年から1981年にかけて川崎市民プラザで4回開催されたコミックマーケットは参加サークル350~400、参加者約7,000人規模で推移するがすぐに会場が手狭になった。横浜産貿ホールを2日間使用したC18ではついに参加サークルが500、参加者が1万人を上回った。この時期『うる星やつら』のファンサークルが激増し、当時のロリコンブームと相まって男性参加者が本格的に進出。現在の男性向創作分野の基礎が作られる(換言すれば、この時期まではコミックマーケットといえば女性参加者が主体であった)。漫画家・吾妻ひでおらの「シベール」の行列が館外に作られ、今の壁サークルの走りとなったのもこの時期である。

[編集] 晴海(1期)

1981年冬のC19は、当初川崎市民プラザで開催される予定であった。しかし、そこに主催者の内部分裂騒動が発生し「反主流派」(「クーデター派」「コミケ改革派」などと自称した)は先手を打って会場を押さえてしまった。「反主流派」の行動の動機については、規模拡大に伴い規制強化が必要と認識したからとも既に同人界に影響力を持ち始めていたコミケットの名声に目が眩み乗っ取りを謀ったなどの諸説がある。また声優を呼んだり、アニメの上映会を開いたりできないかとする意見が当時からあったがコミケットの趣旨にはそぐわないと却下された経緯もあったという(ただし後者は後年、企業ブースとしてコミックマーケットでも実現する)。こうして、コミケット準備会は望まぬままに東京・晴海にあった東京国際見本市会場(通称:晴海)の使用に踏み切った[11]

以後、コミックマーケットの会場は6年間にわたって晴海に落ち着く。その間、参加サークル、参加者数共に増大を続け1983年冬のC22において参加サークルは1,000を超え、第1期晴海時代の最後の開催であるC30には3,900サークル、約35,000人が参加するに至る。また、この間に1983年を最後に春コミが廃止された[12]。この間、1985年頃から『キャプテン翼』(『C翼』と略された)が女性サークルに絶大な人気を呼び商業作品を題材に男性キャラクター同士の同性愛を表現した同人誌を制作・頒布するいわゆる「やおい」サークルが増加。若い女性参加者を大きく増やすこととなった。1983年よりスタッフに加わった岩田次夫は、『キャプテン翼』ブームが少女漫画再生の鍵になると見てやおいサークルを激賞。『キャプテン翼』そのものは少年漫画であり、にもかかわらず女性がほとんどを占めたことが同人サークルの特異性である。ブームから外れた時期になるが、1992年のC43での公表データによると『C翼』サークル代表者は男性6、女性1083で、女性比率は99%を超えている。少年漫画(特に「週刊少年ジャンプ」作品)サークルが女性中心の傾向は現在でも変わっておらず、むしろ出版社側も利用する動きがある。

また、岩田はサークル情報などの事務管理のコンピュータ化を企画・実行し急激な作業量の膨張に対応した。これには、参加可能なサークル数を増やすことで人材発掘・育成を進めようという意図もあったという。岩田はスタッフの第一線を退いた後も「イワえもん」の愛称で親しまれ、同人誌評論などの活動で同人界に影響力を持ち続けた。岩田は2004年に逝去したが、現在でもカタログや参加申込書にはイワえもんが欠かさず登場する。

[編集] 東京流通センター

商業イベントとの競合により晴海会場の確保が不可能になったため、1986年冬のC31から1987年冬のC33まで平和島にある東京流通センター(TRC)を使用した。会場面積の減少を補うため2日間開催を実施。この間4,400サークル、4~6万の参加者を獲得した。また、ジャンル別にサークルを割り振るジャンルコードが導入された。

[編集] 晴海(2期)

TRCでの2日開催でも人員を収容しきれなくなったコミックマーケットは、翌1988年のC34より晴海に戻ることになった。この時期に至って事務管理のコンピュータ化が確立し、第34回では倍以上の9,200サークルを参加させることができた。この間も会場確保は困難を極めた。1988年冬の予定だったC35開催に至ってはついに会場を確保できず、翌1989年3月に行われた(これが、通常開催では最後の「春コミ」)。また、1989年夏のC36ではサークル数1万、参加者数は10万人の大台に乗った。

折しもC36の直前、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件被疑者として宮﨑勤が逮捕された(2008年6月に死刑執行)。被疑者の趣味・嗜好はマスコミにとっては打って付けと言えるほどにステレオタイプな「おたく」であり、コミックマーケットにもサークル参加予定であったことからマスコミの「おたく」バッシングの一環としてコミックマーケットにもマスコミからの取材の手が及んだ。ワイドショー番組で、レポーターの東海林のり子がコミックマーケット参加者を指して「ここに10万人の宮﨑勤容疑者がいます!」と中傷した事は有名である[13]。しかし、皮肉にもこの事件がコミックマーケットの一般への知名度を大きく高めることになった。

[編集] 幕張メッセ

急激な膨張はとどまるところを知らず、ついには晴海の全館2日使用でさえ収容能力の限界を露呈する程に巨大化したコミックマーケットは1989年冬のC37より、当時日本国内屈指の巨大イベント会場であった千葉県幕張メッセに会場を移した。

翌冬のC39には参加者25万人を数えるに至り、コミケットはこのまま幕張に落ち着くかに見えた。しかし、次のC40開催の直前に猥褻図画摘発問題と幕張メッセ側からの申し出により突然使用不能となってしまう。幕張メッセ側は警備上の問題などを理由として挙げたが、事実上コミケットが幕張メッセから厄介払いを受け追い出されたと捉えている者が当時の状況を知る者には多い。

後に「コミケ幕張追放事件」などと呼ばれる事になったこの出来事が、現在までのコミケットの歴史の中では最大の存続の危機であったと見ている者は多い。当時を知る参加者の多くがいまだに幕張メッセに対して極めてネガティブなイメージと強烈な不信感を抱いており、これについては現在もほとんど払拭されていない。この出来事を実際に体験していない参加者には他のアニメ・ゲーム関連の大規模イベントが幕張メッセで多数開催されている事もあって、このようなイメージは比較的少ない。また公式には、準備会として幕張メッセへの積極的な批判も避けている。

なお、経済構造の変化やビッグサイトとの競合による幕張メッセでの大型イベント開催の減少などといった後年の要因などもあり、2016年夏季オリンピックの開催地が東京に決定した場合や東京都の表現規制の変化などにより東京ビッグサイトが使用不能となった際には、幕張メッセがコミケットの受け入れ先として名乗りを上げるのではないか、施設規模的に移転可能な施設は幕張メッセのみではないか、などといった見方が存在するものの、幕張メッセ・コミケット主催者双方による公式な発表や声明などは無い。だが、上記の「幕張追放」のネガティブなイメージはいまだに残っており、特にこの出来事を参加者・サークルとして実際に経験した者に限れば幕張メッセに対していまだ強い拒否感情を持っている層が見られ、ことに幕張メッセでのコミケット開催に限れば否定的な意見が根強く存在し続けている。

[編集] 晴海(3期)

晴海に別れを告げる看板(C49)

以上のような経緯を経て、コミックマーケットは1991年夏のC40より1995年のC49まで晴海(東京国際見本市会場)で開催された。そのため、コミックマーケットは三度晴海に移転したということになる。しかし猥雑図画に対する自主規制の強化は避けられず、見本誌チェックによる規制を導入した。

参加者の膨張はやまず、1992年夏のC42では入場待ちの長蛇の列に折からの猛暑が加わり数百人が熱中症で救護室に運ばれる騒ぎになった(いわゆる「ジェノサイドコミケ」)。また1995年夏のC48は、開催20周年記念として初の3日間開催を行った。

この時期のコミックマーケットにおいて特筆すべきは『美少女戦士セーラームーン』の存在である。同作品は男女両性の読者へ幅広くアピールしたため女性作家による男性向け創作が大幅に増えることとなり、この傾向は以後の『新世紀エヴァンゲリオン』のブームへと続いていった。

また、この時期には1980年代末期の『聖闘士星矢』とその成功を受けて製作された『鎧伝サムライトルーパー』などのいわゆる美少年アニメが若い女性のアニメファンの間でブームとなっていた。これは同人界にも大きな波及を見せ、この時期に大量の同人誌が製作されコミケ内のジャンルとしても成立する程になった。しかしその多くが「やおい」と呼ばれる男性同性愛の性描写を多かれ少なかれ含むもので、少年向けアニメの二次創作物としては内容面で非常に問題があるとされた事から、それ以降のアニメ制作プロダクションやアニメ関連企業の二次創作に対する姿勢について大きな影響を与える事にもなった。

そして東京国際見本市会場の閉鎖のため、1995年冬のC49をもって晴海での定期開催を終了。翌1996年春の「さよなら晴海!! コミケットスペシャル」をもって晴海での開催は終了した。

[編集] 有明

1996年夏のC50から、コミケは同年完成した東京ビッグサイト(有明)での開催となる。C50の開催はビッグサイトの会場の一部で行われたが同時開催の他のイベントからの強烈な苦情(主な苦情は参加者が放つ激烈な悪臭に関するものが多かった。ついで騒音など)が来たことから、次のC51では早くもビッグサイト全館貸し切りでの開催となった。1997年夏のC52以降、夏コミは3日間開催が定着、参加サークルは3万を超えるまでに至っている。冬コミについても会場の都合により1999年のC57で3日間開催を実施、以降C63・C65・C71・C73と3日間開催が行われている。C71・73は、大晦日を含む3日間で開催された。

有明の初期、1990年代後半は『新世紀エヴァンゲリオン』のブームがコミックマーケットを席巻した。『美少女戦士セーラームーン』や各種対戦型格闘ゲームに続く同人誌バブルともいえるこのブームで、コミックマーケットはいっそうの活況を呈した。一方でSFというジャンルの存在感がさらに薄れ、「萌え」を打ち出した90年代後半型オタク向けの同人誌が急激に増加した。このことは、マスコミを中心としてコミックマーケットへの偏見(「「コミケ」とは「萌え」すなわちエロ同人誌の即売会である」など)を助長している面もある。

2000年代前半に至ると同人ソフト『月姫』や『ひぐらしのなく頃に』、『東方Project』などの登場により同人ソフトを元にした同人誌という「同人の同人」とも呼ばれる自己パロディ現象(ただし前述の作品は同人でもいわゆるオリジナル作品であり、そのパロディ等が出ることは矛盾も重複もしていない)が生じた。これもコミックマーケットの巨大化の一つの現れといえるだろう。また、『月姫』については製作サークルTYPE-MOONが商業メーカーへの転換に成功している。また、同作品を題材とした渡辺製作所(現・フランスパン)製作の対戦格闘ゲーム『MELTY BLOOD』のアーケードゲーム進出、音系同人に関してもSound Horizon片霧烈火らがメジャーへの道を辿るなど漫画以外の表現方法についても同人活動をプロへの登竜門とする流れが生まれつつある。

2000年代後半になると、ジャンルの超多様化(従来の同人活動の概念を逸脱する、オリジナルアクセサリーなどのサークルも出現)が発生している。2006年冬のC71では、現役の声優である堀江由衣自らがパーソナリティを務めるラジオ番組の企画で設立したバンド・黒薔薇保存会の作品を後述する企業ブース内で販売した実績があり、日本国内のあらゆる「表現」を呑み込んで今もなお成長している。

有明移転後のコミックマーケットで特筆すべき点は会場の一部フロアを企業向けにスペースを設置し、これを開放したこと(C51より)である。会場建物の構造の問題からサークルスペースとして使えない西地区4階フロアを、コミックマーケット準備会が企業に販売・プロモーション市場調査の場として提供するようになったのである。このことに対し当初は「コミックマーケットの提唱する「アマチュア作家たちの表現の場」という理念に反する」と参加者たちから批判の声が相次いでいたが、これは同人の元ネタにされる作品の著作権を保持する企業に限って言うならばコミックマーケットに直参させ巻き込むことによって参加者たちの同人活動を黙認させるという意図で行っていると推測されていた。実施から時が経つと企業スペースも慣習化したため、当初ほど批判の声は聞かれなくなっている。そのため、企業スペースで販売・配布される限定商品を目当てに来場しアマチュア作家たちの同人誌には目もくれない「企業専」と呼ばれる来場者たちも出てきている程である。企業側でも、コミックマーケットが貸し出すこのスペースは高い販売効果が望めるプロモーションの場として注目されていると言われている。その結果、2000年代に入ると同人サークルなどと同様に抽選によって落選する企業まで出る状態である。

[編集] 祭・自由な表現の場として

1990年代に入ると技術革新により各種同人作品の制作が容易となったことなどから、コミックマーケット参加者は急激に増加した。東京秋葉原・大阪日本橋を中心として日本全国に同人誌専門店などが増え、インターネットなどを通じてより手軽に同人誌が入手できるようになった現在(中には、コミックマーケット開催前に同人誌専門店で販売されるケースもある)でも依然として日本全国の同人作品の制作者とファンが一堂に会する同人イベントの頂点、同人界最大の「お祭り」として存続している。

また、2005年に制作・放送された『電車男』などのドラマや秋葉原やメイド喫茶などが注目された関連で社会的に広く認知されるイベントになった。開催日の前後にはコミックマーケットがテレビ番組などで特集されたりすることも増えている。

その一方で参加者の驚異的とも言える増大によるイベント巨大化、企業との関係、さらには法令による「有害図書」規制やコスプレ表現にまつわる規制と表現(とりわけ性的表現)の自由との兼ね合い、イベントにおける多大な頒布・売買行為の税務上処理、そして原著作権の主張に対する二次著作物文化のあり方問題などいくつかの課題も内包している。

ともあれコミックマーケットは開始以来、会場におけるルールを守る限り参加者の自由が最大限尊重される巨大な「表現の自由」の場としての価値を守り、維持し続けてきた。当初からの理念を踏まえた上でこれまでの蓄積を生かし、新たに投げかけられる課題やコミック・同人文化の時代的変化に対処して今後もそのあゆみを続けていくことが求められるという意見もある。

[編集] コミックマーケットが抱える問題

混雑する場内(C62)

詳細はコミックマーケットが抱える問題を参照

[編集] コミックマーケットと職業作家、商業誌の関係

コミックマーケットは、元々はアマチュア作家たちの為の同人誌即売会であった。その主旨は現在でも建前としては変わっていない。しかしアマチュア作家がコミックマーケットへの参加を続ける中で、商業誌の編集部に見出されてプロデビューを果たしたり、職業漫画家となった者が個人でコミケットに参加して執筆誌を頒布したり、さらには商業誌での活動が無いながらも大部数の同人誌の発行と完売を為し制作費の回収はもとより自身とスタッフの生活費などまで稼ぎだす、すなわち同人作家を職業とする者が現れたりといった現象が規模が大きくなるに連れ一般化してきた。これらの要素によりアマチュアとプロとの境は年を追う度に曖昧なものとなって行き、この流れは商業漫画界全般にも波及している。

コミケットの初期には柴門ふみいしいひさいち高橋留美子などがアマチュア作家として参加しており、アマチュアからプロへという流れが存在していた。しかしそれ以降のあさりよしとお高河ゆんCLAMPなど現代のオタク文化を代表する作家たちは、職業作家としてデビューしつつも同人作家としての活動も続けるようになる。この一方で、ロリコンブームの際に吾妻ひでおによる同人誌が出たのを走りとして、職業作家(その中には元職業作家と呼ぶべき人たちも含まれる)が二次創作の同人作品を制作したり商業出版では様々な事情により出す事が難しいが自分が表現したい内容の同人誌を出すという、いわば逆コースも見られプロとアマチュアの境界はコミックマーケットという場において混沌としているのが現状である。

さらに下ると、商業誌でデビューして知名度を稼ぎつつもむしろコミケットや同人ショップでの同人誌の販売に本業の比重を置く者も増えていく。端的に言えば、テレビ出演をプロモーションの場と割り切り、収入の大半をディナーショーなどで確保している一部の芸能人や歌手と同じビジネスモデルである。実際、コミケットなどの大規模同人誌即売会向けの同人誌の制作の時期には同人誌の制作を優先し、商業出版の仕事を事実上受けない漫画家がいる。また2000年代より、商業誌について回る表現の制約や規制を嫌い商業作家としての活動はゲームソフトの原画や雑誌などのイラストカットやライトノベルの挿絵を描く程度で、あとはインターネットのホームページなどで活発な宣伝活動を行い、同人誌やグッズの販売だけで活動費や生活費を捻出するスタイルを選ぶ者さえ現れている。これらを指す「プロ同人作家」という言葉も存在し、これを自称する者も現れている。

一方、テレビゲームアダルトゲームなどの他業種でまずプロとしてデビューし知名度を得た後に商業出版に転じ、さらにこの「プロ同人作家」へと転じた者もいるが、これらの一部については以前の業界よりも遥かに日程管理や表現の制限が厳しい商業出版の世界への順応ができず、結果としてこの形態になったという者も見られる。

月刊コミック電撃大王」をはじめとする角川書店グループの青少年層やオタク層をターゲットとした漫画雑誌の様に、同人関連の市場から漫画家を多く発掘・勧誘している雑誌や、やはり同人市場で収入の大きな割合を稼いでいる漫画家が珍しくない成人向け漫画ジャンルの雑誌では、コミケットでの頒布用同人誌の準備時期に原稿提出の締切期限が設定される号において、連載のページ数が減ったり休載になったりといった事態も多々見られている。さらに読み切り作品の多い雑誌などでは、作家の確保がついにできず、本来ならば作品を1本入れる事も可能な誌面量を、臨時の企画記事や過去の掲載作品、過去の新人賞の下位入選作品などといった、本来ならば掲載予定とは考えにくい様なものでページを埋め、どうにか取り繕っている状況も見られる。読者でも同人イベントに興味を持たない層の中には、これら状況を指して「コミケ休載号」などと揶揄する向きもある。また、休載まではいかないものの連載作品の作画品質が軒並み低下してしまう雑誌も珍しいものではない。いずれにせよ、特定の時期に集中的に発生するだけに原因がはっきりとしている。そのため、同人活動に興味の無い読者層から「プロの作家が素人活動の為にプロとしての仕事をなおざりにしている。また編集部もそれを容認している」と作家のみならず、編集部までもが厳しい批判を浴びる事態が起こっている。

いずれにせよ、特に「プロ同人作家」にとっては、コミケットが現状と同様かそれ以上に隆盛を続け、これの波及効果によって同人界および同人関連産業全体の経済もまた活性化し続ける事が、もはや作家活動や生活自体の為に事実上必要不可欠なものとなっている。

[編集] その他

  • フジテレビ系列局で放送されたテレビドラマ『電車男』の第6回放送で、このコミックマーケットが題材として取り上げられた。ここでは「コミックキングダム」という架空の同人誌即売会として登場したが、現実のコミケとはかけ離れた設定であった(もっともこれはどんなドラマのどんな分野にもある「話を面白く見せる為、あえて現実離れした展開にした」という事も考えられる)。この放送回は折りしもC68の前日であった。ロケは、多数のエキストラ(本物のオタクも参加)を集めて東京ビッグサイトと幕張メッセで行われた。
  • コミックマーケットの館内放送は長年、米澤英子がほぼ1人で担当しており、その象徴の一つであった。しかし、C67の際にアナウンス中にトラブルが発生(喉を痛めてしまい発声できなくなった)。C68では放送要員増員を図り、予備要員の人間が交代で放送に当たった。コミックマーケット初の試みとして、C68の1日目の放送に男性が起用された。
  • 会期中の各日9時45分、12時30分、15時45分にはそれぞれ不審物の発見等を目的とした一斉点検放送が行われる。この放送では毎回冒頭の数秒間で井上陽水の『夢の中へ』が流されており、単に「探し物」以上の意味でもイベント内容に通用する歌詞であることからこの曲を事